22 不意打ちの微笑み
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ファーゼスに抱き込まれてから一時間が過ぎた頃、ぎゅうぎゅうと拘束されていた腕の力が弱まる。
頬に擦り寄せられていた顔が肩口に移動し、静かな低い声が耳をかすめた。
「このまま、話していいか………?」
腕の力は弱めても離したくはないのか、抱き込まれた状態で用件を話していいかと尋ねられる。
少し窮屈だが断るほどのことでも無く、返事の代わりに首を縦に振る。それを合図に、ファーゼスはレシアーノの髪に触れながら話し始めた。
「フィリモ国から出たことがある王子が、一人だけいる…。だから今度…、話を聞きに行かないか?」
「フィリモ国からパルム国に行ったことがある人がいるのですか!?」
「パルム国に行ったことがあるかは分からない…。だが、フィリモ国の結界の外に、出たことがある」
「それは、何番目の王子様ですか?」
「第一王子だ」
「月の半分以上を自室で過ごされてる第一王子様がですか?王宮からも出られないはずでは…?」
「お前………、なぜそれを知って…?」
「第一王子様のことを少しだけ聞いたことがありまして…」
「そうか……。結界の外に出て大怪我をしたんだ。…それから、お前が知ってる通り、魔力が暴走するようになって王宮から出られなくなった…」
「結界の外の魔物に襲われたということですか!?」
「恐らく……。この国で一番魔力が強い兄上が大怪我をして帰ってきた。それに国が恐れ……、誰も結界の外に出られなくなった」
「そんな……。魔物が出る危険地帯は、そこまで危険な場所なのですね」
「ああ………。だから………、魔力が無いお前が無傷でフィリモ国に来たのが不思議だ」
「そ、そうですよねっ…。不思議でちょっと不気味です」
疑問や不安が入り混じり、俯きながらファーゼスに相槌をうっていた。それに気が付いたファーゼスの顔が動き、視線が合う。紫色の瞳に捉えられたまま、頬に大きな骨ばった手が添えられ愛おしそうに撫でられる。
それから、静かな優しい声が耳に届いてきた。
「そんな顔をするな…。俺は……、お前に会えて嬉しい」
不意打ちにふわりと微笑まれてドキッと胸が高鳴る。
(いつも無愛想なのにっ……!心臓に悪い!)
真っ赤な顔で睨むと、満足そうな顔で見返された。
「俺が赤くさせるのは……、気分がいいな……」
「ファーゼス様っ!揶揄わないで下さい!」
「………揶揄ってはいない」
「そろそろ、この腕は離してください!」
「…………嫌か?」
「嫌ではないですけど……」
「………そうか」
無愛想な顔に戻ったファーゼスは、レシアーノを抱き込んだまま髪の毛をくるくると指で遊び始めた。結局、腕を解いてくれる気は無いようだ。
諦めて窓から外を見やると、日は高く昇っていた。いつの間にか朝から昼になっていた。
昼食にするにはまだお腹が減っていない。それならば、ロランドールに会いに図書館へ行こうと思い立つ。
「ファーゼス様、今から王宮の図書館に行きませんか?」
「……構わない。……さっきの件は、第一王子の体調が良いときに、お前を兄上の部屋に連れて行く…。いいか?」
「はい、大丈夫です!心しておきます!………魔王みたいな人だったし…」
「……………最後、何て言った?」
「ななな何でもないですっ!!」
「?…………そうか」
「と、図書館へ行きましょう!」
ファーゼスの腕の中から、もぞもぞと動いて拘束から逃れると、ソファーから立ち上がる。
後ろを振り返らずに歩き出すと、後ろから着いてくる足跡がした。
***
図書館に入ると、ロランドールがニッコリといつもの色のない笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日もゼス兄と一緒なんだね〜」
「……………危ないからな」
ファーゼスは無表情でしれっと答えて、一番端の席に腰掛けた。
ファーゼスに続き向かい側の椅子に座ると、ロランドールも読みかけの本を手に、レシアーノの隣の椅子に座った。
「こんにちは、ロランドール様。何を読んでいたのですか?」
「あー、これ〜?美女と魔王って本だよ」
「ま、魔王!?」
「えっ?どうしたのー?そんなに大きな声を出して」
「い、いえ!何でもないです!」
『魔王』と聞いただけで頭の中に第一王子の姿が浮かび、過剰な反応をしてしまった。
慌てて平常心を装うと、ロランドールは気にする素振りは無く話題を振ってきた。
「そういえばさ〜、レシィちゃんはどうやってフィリモ国に来たの?そのうち帰っちゃうんだよね?」
「……………え?」
あっけらかんとした顔で凄いことを聞かれ、間抜けな声が無意識に口から出ていた。
向かい側に座っているファーゼスも、耳がピクッと動く。
「だってさ〜、不思議じゃない?ボクもフィリモ国の外に出られるなら出てみたいなーって!ね〜、人間の国ってどんなところ?」
「それが、わたしもどうやってフィリモ国に来たのか分からないんです…。帰るにも、魔物と戦えるだけの力もないですし、それに結界も………」
「あ〜……、ミア兄が帰してくれないのか…。ボクはレシィちゃんがこの国に居てくれるなら、それはそれで良いけど、突然来たみたいだし帰りたいでしょ?」
「帰りたい気持ちはありますけど……」
「それに、レシィちゃんは人間に好きな人いるでしょ」
「…………え!?」
また何食わぬ顔で爆弾発言を投下され、レシアーノは驚きに変な声が出た。
向かい側のファーゼスはピクピクッとさっきより耳が動き、眉間の皺が深くなる。
ご機嫌斜めになったファーゼスの空気を読み取って、無難に話を終わらせようと慌てる。
「そ、そんなことないですよ!?」
「だって、そのネックレスに付いてる指輪、誰かに貰ったんでしょ?ボク何かで読んだんだよ〜。人間は愛する人に指輪を贈るんだって」
「こ、これは拾ったんです!」
「拾った?どうして拾い物をそんなに大事に身につけてるのー?」
「この指輪に付いてる宝石が、わたしの髪の色に似てたからです………」
「え〜!それだけー?………なんだ〜、ボクの推理はいい線いってると思ったんだけどなー」
ロランドールはレシアーノの返答に納得し『つまんないの〜』と言いながら、手元の本を開き始めた。
一言も話に加わってこなかったファーゼスから、話が終わった後も強い視線を感じていた。気になって向かい側にちらりと視線を送ると、ばちりと視線が合う。
不機嫌な顔をしていると思いきや、僅かに瞳が揺らいでいて不安そうな表情をしていた。そんな表情のファーゼスは見たことがなく、咄嗟に視線を逸らす。
二人の間に湿った空気が流れる中、入り口から見知った声が飛んできた。
「レシアーノ、戻ったよ」
「ただいま戻りました。ファーゼス、ロランドールも変わりないですか?」
リブラミアとギルミックが姿を現した。リブラミアは一直線にレシアーノのところまで歩き、後ろから抱きしめる。ギルミックは兄弟に声をかけると、ファーゼスの二つ隣の席に座った。
「ミア兄、ギル兄、おかえりなさい!」
「兄上…………、無事でしたか?」
「リブラミア様、ギルミック様、お帰りなさいませ。今日は早かったのですね」
「レシアーノに会いたくて、帰ってきてしまったよ」
「リブラミア兄様、嘘つかないで下さい」
「嘘ではない。これも本音だ」
「………なにか、あったのか?」
兄達の様子からファーゼスが疑問を投げかけると、二人は真剣な顔に変わる。
それから、顔を見合わせてリブラミアが口を開いた。
「魔物の瘴気を辿って出所を探ったら、王宮に通じていた」
その一言で王子たちの表情が変わった。




