第十話
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「二人だけで何を話してたの?」
不気味に笑うリブラミアに、会話を聞かれていたのかと一抹の不安を覚えた。
隣に座るファーゼスは無表情だったが、リブラミアの行動を静かに見守っていた。
彼も少なからず警戒している様子だ。
リブラミアはレシアーノの前まで一直線に歩いてくると、手首を引かれ、ソファーから立ち上がらされた。
それから向かい側のソファーにドカッと音を立てて座ると、膝の上にレシアーノを乗せて抱き込んだ。
向かい側となったファーゼスを睨み、不機嫌な声が投げられた。
「ファーゼス、答えろ」
「………………………」
「言えないことを話してたのか?レシアーノを口説いてたのか?」
「………口説いては、いないな」
「そんなに近づいてたのにか?……ねぇ、レシアーノ。貴方を一番愛しているのは私だからね」
質問に答えないファーゼスに問い詰めるのを諦めて、腕の中に標的を変えた。
いきなり飛んできた発言に、困った顔でリブラミアを見る。
「あの…?リブラミア様は何を気にされてるのですか?」
「何をって、貴方を他の男に取られないかを心配しています」
「それだけですか?」
「それだけ…?ファーゼスは口説く以外も何かしたのか!?」
「い、いえ…なにも!ファーゼス様も来られたばかりで、話もろくにしてません」
「なんだ。それなら、いいですが」
そう言うと、リブラミアを纏っていた薄暗い空気が和らいだ。
その空気を感じ取った二人は、ほっと息を吐く。
不機嫌さが消え普段通りの顔に戻ったリブラミアが、そう言えばと話題を振ってきた。
「貴方と初めて会った時、『迷子になった』と言ってたけど、どこに行こうとしてたんだい?あの日は何をしてたの?」
「あの日は…、朝から家出をしてまして、目的地は特になかったのですが、両親に見つからない場所に逃げたくて…」
「家出?家族にひどい扱いでも受けていたのかっ…?」
「違いますっ!両親は優しいです…。だけど、あの日は一週間後に婚約者と会う約束になってまして、それでーーー」
「「婚約者だと!?」」
話を遮るように兄弟のハモった声が響き渡る。
至近距離から薄暗さを宿した瞳に、向かい側から動揺した瞳に見られていた。
纏う空気が暗くなったリブラミアと、珍しく食い気味なファーゼスに、慌てて誤解を解こうと口を開く。
「あ、あの!婚約者と言っても一度もお会いしたことなくて、婚約破棄させたくて家出をしたんですっ!」
「レシアーノ、どうしてそんな嘘をつくの?『婚約者』なんだよね?その男とこの口で、同意の口付けをしたんだよね?騙されないよ」
真っ暗な色に染まった瞳が、レシアーノを冷たい視線で見下ろす。
恐怖心から体がビクッと反応した。
それでも、震えた唇で必死に言葉を続けた。
「人間は口付けは必要ないんですっ…。親同士の取り決めだけで決まりました…。だから、口付けどころか、言葉を交わしたこともないです。会ったことも、名前すら知らない人です。それなのに突然会うことになって、破談にしたくて家出を………」
「そう…か……。人間は精霊と違うのだったな。すまない。会わなければ破談になるの?」
「恐らくは…。母から婚約者は、財力があり優しくて聡明な人だと聞いています。わたしじゃなくても幾らでも婚約や結婚が出来る人です。だからきっと、行方不明になったわたしは今頃、婚約破棄になってるはずです」
「今は人間の婚約者は、いないってことでいいんだね?」
「その、はずです………」
「はぁ………。よかった……」
レシアーノを見ていた冷たい視線が溶けていく。
ぎゅっと優しく包み込まれると、小声で『よかった、よかった』と聞こえてきた。
幾らか落ち着きを取り戻した彼に安心していると、向かい側から疑問を投げかけられた。
「その相手……、条件は良い。なぜ……、断った?」
「えっ?」
「他に好きな奴が、いたのか…?」
向かい側からの鋭い視線が、顔より少し下のレシアーノの胸元に向けられていた。
好きな人………。
わたしの初恋は十歳の時に出逢った男性だった。
黒髪で赤色の瞳の『ロイ』と名乗った彼は、心優しい人だった。
彼は突然わたしの目の前に現れて、突然姿を消した。
突然姿を消す前日に、生まれて初めてのキスをした。
彼から『愛している』と言われて舞い上がっていたわたしは、翌日にショックで寝込んだ。
甘酸っぱいとは言えない、そんな初恋だった。
彼は今どこにいるのかも分からない。
彼から去ったのだから、きっとわたしは気まぐれの遊び相手だったのだろうと今なら思える。
それなのに彼を忘れられずに、婚約を破棄しようとしていた。
誰とも結婚しなければ、もう一度彼が会いにきてくれるかもしれないと、そんな期待を抱いていた。
わたし、馬鹿だな……。
未練がましい自分に呆れていると、ふいに耳に声が届いた。
「おい、大丈夫か?……顔色、悪いぞ」
「あっ…、ごめんなさい!ぼーっとしてしまって。それより、ご質問はなんでしたっけ?」
「…………いや、いい。取り敢えず、休め」
「え!?大丈夫ですよ?」
「……休め。……兄上も、離してやれ」
「嫌だ。レシアーノはこのまま私が寝かせる。ファーゼスは先に出て行け」
「………わかった。兄上、休ませてやってくれ」
「言われなくてもそうするよ。レシアーノ、このままベッドに運ぶから私の首に掴まっていてね?」
「えっ?わっ、あのっ!」
お姫様抱っこでベッドまで運ばれ、優しく下ろされると、丁寧に掛け布団を被せられた。
「レシアーノ、無理はしてはいけないよ。今日はゆっくり休んでね」
「あの…、大丈夫なんですけど……」
「顔色が悪いよ?いいから、寝なさい。私はここに居るけどお構いなく」
「い、いや…、すごく気になるんですけど…?」
「具合悪い人には何もしないよ?」
「そ、それは勿論ですけどっ!」
「ああ、口付けはしてしまうかもしれないけど……」
「え!?何もしないって今言ったばかりです!」
「貴方が好きだからしょうがない」
「いや、だからっ!そんな甘いセリフ言ってこないでくださいっ!」
「おや、顔色が赤くなってきたね?」
「もうっ!誰のせいですか!!」
「ふふっ……、話せる元気があるなら安心だね。ほら、もう休んで」
「うっ………、わかりましたよ……」
リブラミア様に寝かしつけられ、手を握られていた。
心臓が暴れ出して落ち着かない。
握られた手を見ると『どうしたの?どこか痛い?』と心配する声がかかる。
想像以上に心配されてしまったようで、寝る以外の選択肢が残されていなかった。
うるさい心臓の音だけが聞こえる部屋で目を瞑り、大人しく眠ることにした。
***
夢を見ていた。ロイと最後に会った日の夢を。
『愛している』と言って、抱きしめてくれた日の夢を。
愛おしそうにわたしの名前を呼んで、キスをしてくれた彼の夢を。
『ロイ……、会いたい』
ギシッ………
夢の中で呟いた言葉は、彼に届くことは無く返事は返ってこない。
これはやはり夢だ。
それなのに、やけにリアルなキスの感触がした。
夢の中では彼から優しいキスを贈られているのに、唇には激しい感触がしていた。




