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リセ:ット  作者: 矢部夏 泡太


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8:00 序章【ダークサイト】

8:00


画面の中で、男が死のうとしていた。


薄暗い六畳ほどの部屋だった。畳は古く、壁は黄色くくすんでいる。生活感はあるのに、人の気配だけが抜け落ちたような部屋だった。


天井から垂れたロープ。


その下に立つ、中年の男。


動画のタイトルには、こう書かれていた。


『死からの逃れ方』


ダークサイトに投稿されている動画を


美咲はスマートフォンでじっと見つめていた。


ダークサイトにはさまざまな

死に関する動画が投稿されている。


隣では、彼氏の勇気があくびをしている。


「なんだよ、これ」


勇気は退屈そうに鼻で笑った。


「ただのおっさんの首吊りじゃん」


画面の中の男は、

こちらに何かを訴えるような目をしていた。


その目が、美咲には少しだけ気になった。


恐怖ではない。


諦めでもない。


まるで、誰かを待っているような目だった。


けれど、それを言葉にする前に、

勇気はスマートフォンをベッドの上に放り投げた。


「ちっ。つまんねぇ。大学行く準備するわ」


勇気は立ち上がり、洗面所へ向かった。


美咲は、しばらく画面を見つめたままだった。


動画はまだ続いている。


男の足が宙に浮く。


ロープが軋む。


男の身体が小さく揺れる。


ただそれだけの映像。


自殺の動画なんて、今までいくつも見てきた。


飛び降り。


列車事故。


首吊り。


服毒。


どれも画面越しなら、どこか遠い世界の出来事に見えた。


死は、美咲にとって救いのようなものだった。


生きていることの重さから解放される、最後の出口。


けれど、この動画だけは何かが違った。


胸の奥に、小さな棘が刺さったような違和感が残る。


「美咲ー、遅れるぞ」


洗面所から勇気の声がした。


「うん、今行く」


美咲は動画を途中で閉じた。


その瞬間、画面の中で男の身体が

一度だけ大きく揺れた気がした。


9:00


大学へ向かう道は、いつもと同じだった。


朝の空気は少し冷たく、

アスファルトには昨日の雨の匂いが残っている。


美咲と勇気は自転車を並べて走っていた。


前方には通学中の学生が何人かいる。


コンビニの前ではサラリーマンが煙草を吸っている。


どこにでもある、いつもの朝。


「はぁ」


勇気が大きくため息をついた。


「また学校かよ」


「ほんと、それ」


美咲も小さく笑った。


笑ったつもりだった。


けれど、自分の声は思ったより乾いていた。


生きることに意味なんてあるのだろうか。


大学へ行って、講義を受けて、単位を取って、

就職して、働いて、老いて、死ぬ。


その流れのどこに、自分が生きている理由があるのか。


美咲には分からなかった。


その時だった。


右側から、耳を裂くようなクラクションが鳴った。


振り向くより早く、視界いっぱいに

大型トラックの白い車体が迫っていた。


「あ」


勇気の声が聞こえた。


次の瞬間、美咲の身体は宙に浮いた。


音が消えた。


衝撃は、一瞬ではなかった。


身体の内側から何かが潰れる感覚。


骨が砕ける音。


肺から空気が抜ける感覚。


息ができない。


痛い。


痛い。


痛い。


死ぬ。


そう思った瞬間、世界が暗くなった。

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