56 内親王の病気
ユウカに、これまでの魔調整学園の体制を話す。
ユウカの身体は小刻みに震えて、そしてか細く「怖い」と囁いた。
「サクラさん。なんて危険な場所だったの。私たちはそんな場所で長いこと生活していたんだわ……大変! 今年も五人入学するそうよ。これからどうなるか分からないところへ子ども達が行かされてしまう」
そうなのだ。私もそこを一番危惧している。どうにかユウカに伝えてもらえればと考えたが、ユウカの立場では無理なことが分かった。
もっと、立場がある人に接触しないとだめかもしれない。
「ユウカ。内親王様の病は何かしら」
「内親王様は今年八歳になられるのだけれど、生まれたときからお身体が弱くて。今は立ち上がれなくなってしまわれたそうなの」
私の治癒は病気も治せた。怪我も、再生もできた。でも生まれつきのものを治せるだろうか?
やはり、メイリーンに直接会って聞いた方がいいかもしれない。
「分かったわ。すぐにポルトン国へ行って聞いてくる。ただ、力になれるかどうかは未定よ。メイリーンは忙しくて来てくれないと思うから」
「そうね、国家を束ねるお仕事をしているのですもの」
パパの仕事は、今では私がいなくても回るようになっていた。
有能な使用人を何人も雇ったのだ。
経理から外回りまで、実績のある人がたくさんいて、そのほとんどが、士族や一部の華族の顔見知りだった。
今、マミヤ商会は、華族や士族の御用達になっていた。
大きな声では言えないが、その使用人の半分は白鷺財閥の系列会社からだった。
どういうわけか、ミネさんからの話を聞いて移ってきてしまったようだ。
給料も同じくらいか、下手をすれば低いかもしれないのに。
白鷺では、どこか息が詰まる雰囲気でもあったのかもしれない。
ミネさんの新作ドレス、八枚剥ぎのフレアスカートに丈の短いジャケット。そして襟と袖に豪華なレースをあしらったブラウス。
スカートはくるぶし丈で、ショートブーツを合わせた。
胸元にはカメオのブローチを付けた。
今回またエイリックが持たせてくれたのだ。高価な翡翠のカメオだ。
「いったいどれほどの値段がしたのか。聞くのが怖くなるわ」
ネット付きの婦人帽を被り、転移の間の扉の前で順番を待つ。
今の時期は交流が盛んなようで、結構待たなければならなかった。
本来、マスターの鑑札を差し出せば、順番は飛ばせるのだけど、今回は私用なので、自費で転移をする。
転移の間の扉が開き、男性五人が出てきた。
彼らは大きな荷物を抱えて私の前を通り過ぎていく。最後の一人は何も持たず、高価そうな紳士服を着てステッキを振りながら、こちらに歩き寄ってきた。
そしてチラリと私を見て、また見る。
要するに二度見された。
「君は、もしかして、マミヤ商会のサクラ殿……ではないか?」
「はい。そうですが、あなたは?」
「私は白鷺財閥仕入部門のコウヘイ・白鷺だ。以後よろしく」
手を差し出されたので軽く右手を差し出すと、力一杯握りかえされブンブンと握手された。
そしてチラリと私の服装を見て「ふん」と、馬鹿にしたような鼻息を漏して去って行った。
彼が去った後には、鼻につくオーデコロンの匂いがいつまでも残っていた。
また、転移の間の扉が開き、出てきたのは外国の方だった。
彼女はレイシス国の言葉でこう言って、鼻をしかめながら歩き去った。
『なんて臭いなの! 安物のオーデコロン』
***
ポルトン国の転移の間を抜けた。
「メイリーンは会ってくれるかしら」
取り敢えず、すぐ傍にある商人ギルドに挨拶をしてからだ。
ギルドに併設された宿が空いていれば、そこに予約も入れておかなければならないだろう。
この支店のギルド長に挨拶し、手紙を書いて王宮に届けてもらう。
「しばらくかかると思うから、宿を取りたいのだけれど、空いていますか?」
「ああ、今は一杯かもしれません。しかし何とかしましょう」
マスターの鑑札は、こういうときにとっても役に立つのだ。
しばらくかかるだろうと思っていたが、すぐに王宮から迎えの馬車が来た。
丁重に扱われて、馬車に乗り込んだ。
「サクラ様。ようこそお出で下さいました。メイリーン聖女は大変なお喜びでして」
王宮に着くと、案内の者が苦笑しながら朗らかに迎え入れてくれた。
「サクラ! やっと訪ねて来てくれた。待ちくたびれたのよ。話したいことや相談したいことが沢山あるの。ゆっくりしていけるのでしょう?」
「そうね、二日くらいは大丈夫。でも急いで助けたい子どもがいるの。私も相談に乗ってほしくて来たの。メイリーン……さま」
メイリーンの公務はすべて後回しにされ、彼女の私室に引っ張られていく。
扉を閉めて、くるりと振り返ったメイリーンは、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「どうしたの、メイリーン」
「だって、皆が聖女聖女っていうものだから、気を張ってしょうがなかったの。サクラに会えてなんだかほっとしてしまって……」
メイリーンの愚痴は延々と続いた。
自分で選んだことだから、今さらなんだけど、と彼女は前置きしてそれでも腹が立つというのだ。
今まで権力争いをしていた貴族たちは、今ではすべてメイリーンに頼り切りになってしまったのだという。
なにをするにも裁決を仰ぎたがる。元王である彼女の父親でさえそうなのだという。
彼らだけでは何も決められない。情けなくなる、と言って肩を落とした。
「なぜそんなことになったのかな……心当たりはあるの。メイリーン」
「ええ、私がやることなすことすべて上手くいきすぎたの。魔の問題もそうだけど。あの泉の精霊たちが、原因ではないかと考えている」
そんなことがあるのだろうか。
この国の精霊の魔物は小さな人型だった。
「幸運を運ぶ? その様なことがあるのかしら」
《ありそうだね。なんか読んだことがあるよ。昔のおとぎ話で、お節介な妖精のお話》
「まあ、ポンタ、可愛いわ、こっちへ来て」
メイリーンはポンタを抱きかかえて頬ずりをしている。
私は、ポンタの言葉を聞き、もしかしたら本当にそうなのかも、と思った。
「ねえ、メイリーン、あなた、泉の精霊に気に入られすぎたのね。彼らにお願いしてみたら?」
「なにを?」
「あの怠慢な貴族たちに働いて欲しいって。このままだと疲れて倒れてしまいそうって言えば?」
《あの精霊は、人の生気ば喰う魔物だったじゃ。それが、まだ残ってらんでねが?》
朱雀が恐ろしいことを言う。
「嘘でしょう……」
メイリーンが愕然としてしまった。
「私の浄化が完全でなかった。そういうことかしら。朱雀さん」
《んだ。もういっぺん、浄化ばさねば、まいねベな》
次の日、問題の岩の間に染み出す小さな泉に来た。
そこには三十を超える小さな人型の精霊の魔物がいた。
――以前と違い、あの精霊たちは、穏やかに見えるけど……。
小さな精霊たちはメイリーンを見つけると、我先にと近寄り纏わり付いてきた。
メイリーンは困った顔をして居る。
彼らをどうしたらいいのか迷っているようだった。
「朱雀、浄化を掛ければいいんだよね」
《んだ。まだ穢れが残っているじゃ。かまりっこしねが?》
そう言われて見入れば、何となく酸っぱいような臭いがする。
「メイリーン早くやって。やっぱり穢れが残っているって」
彼女は、気持ちを集中し始めたようだ。メイリーンのからだが光り出したのだ。
目に痛い光だった。「メイリーンまだ成長しきっていないな」と私は感じた。
私の場合と比べればまだ彼女は浄化を使う機会が少なかったようだ。
多分、公務が多すぎて、力を使い切ることができなかったのだ。
精霊たちが慌てて逃げようとしたがその内輝きだした。
メイリーンはまだ浄化し続けている。しばらくすると気を失って倒れてしまった。
――ここまでね。
私はメイリーンに変わって浄化を続ける。
精霊たちは静かに眠りについた。
――もういいかしら……。
《あどは、わさ、まがへろ》
そう言うと朱雀は、口から浄火の火を噴く。
小さな泉は、みるみる、益々小さくなって、後には澄んだ虹色の魔が少量残された。
《これば、もっていげ。メイリーンが、喜ぶはんで》
朱雀が言うには、この泉からは原液の魔が絶えず湧き出しているそうだ。
だから、定期的に浄火をしなければまた同じようなことになるという。
「え、浄化をすれば使える魔になると言うの、朱雀!」
《んだ、みずちの湖でも、みだべ。みずちはいつも浄化してる。あれは、水と光の神獣だはんで




