第1話 ~お嬢様は女怪盗~
私の名はレン。巷では”白剣のレン”なんて呼ばれたりしているが、しがない剣士の女だ。
何を隠そう私は現代日本から異世界転生を果たした転生者である。今世での両親は不明。ある日ポツンと森の中に存在していた。木の股からでも生まれてきたのだろう。
前世の私については特に語る必要もないだろう。ゲームと漫画が好きなごく普通の大学生だった。ちなみに男だ。といっても、もう女の身体で女として生きて長い。男だった感覚などほとんど忘れてしまったので、あまり気にしなくても構わない。
さて、生まれ変わった私だが、かなり美人だと思う。腰まである長い黒髪はキラキラと輝いており、キリッとした目には碧色の瞳が内包されていて、肌は透き通るように白い。おまけに長身で胸も大きめなのでスタイルが抜群によく、声だって鈴を鳴らすような心地良い音だと思う。私はこの身体をめちゃくちゃ気に入っている。
そしてこの世界の私だが、前述の通り剣士である。転生して20年程、私は剣を振ることに時間をささげてきた。何せこの身体は筋力、柔軟性、俊敏性に優れていて剣士としてとてつもない才能があったのだ。鍛錬を積めば積むほどみるみる上達していく剣の腕、楽しすぎてドハマりしてしまった。
それに加えて、前世の漫画知識を参考に独自の魔法技術を編み出したり、剣の修行の息抜きにシチューやお菓子作りなどの料理をしてみたり、前世の漫画やゲームのシナリオをパクって本を書いて割と売れてしまったり、ちょっと調子に乗りすぎて黒歴史を作ってしまったり……
一言で言うと、めちゃくちゃ異世界を満喫した。
で、そんな私が今何をしているかというと、縁あってとある貴族の令嬢の侍女をしている。メイドというやつだ。頭にブリムを付けて紺色と白のエプロンの正統派メイド服を着た私もめちゃくちゃ可愛いぞ。お嬢様を守るために愛用の剣を腰に差しているところもチャームポイントだ。あんまり可愛い可愛い言うとナルシストだと思われそうで嫌だが、本当なんだから仕方ない。
私が仕えているのはシア・フォースシールお嬢様。この国、エスカリオ王国に仕える四大貴族の一つ、フォースシール家の次女である。亡くなられた彼女の母であるミリア様の紹介でお嬢様の侍女になった私は、それこそお嬢様が幼少の頃からお世話をしている。主人であると同時に、娘のような存在だ。
シアお嬢様は、ミリア様とフォースシール家の当主様との間の複雑な事情で屋敷内の立場が悪いのだが、それは追々話すとしよう。
自己紹介はこれくらいにして、シアお嬢様お付きのメイド、レンは、最近悩み事がある。その悩みというのがお嬢様に関することなのだが…
「お嬢様、最近夜になりますとお嬢様のお部屋が静かすぎると思うのですが、大丈夫でしょうか? 当方はとても心配です。」
「うぇっ!? だ、大丈夫よ。最近は…ちょっと早めに寝るようにしてるのっ! ほら、美容のためにそうした方がいいって前レンが教えてくれたじゃない」
「…そうですか」
最近、週3日程の頻度でお嬢様の部屋が異常に静かになる。しかも中からしっかり鍵までかけて部屋に誰も入れないようにする徹底ぶり。
あまりにも心配だったので、”白剣のレン”時代に身に付けたピッキングで鍵を開けて中に入ってみたことがある。部屋の窓が開け放たれ、カーテンがはためいているだけで誰もいなかった。かと言って泥棒が入った形跡もない。お嬢様は朝には何事もなかったかのように屋敷に戻っている。
気になった私はさらに調べてみた。するとお嬢様の部屋からポロポロと色々なものが出てくる。
物理攻撃や魔術攻撃に耐性を持たせる術式が組み込まれた、黒いレオタード型のボディスーツ、オペラグローブ、ニーソ。身体強化の術式が組み込まれたブーツに、飛行魔法の術式が組み込まれた赤いスカーフ。煙玉や接近戦用の小型ナイフといった貴族のご令嬢の持ち物としてはあまりにも不自然な武器。身分を明かさない仮面パーティで使用するような目元を隠す紺色のマスク。
極めつけに、最近新聞で度々目にするようになった女盗賊『怪盗ミーナ』の名前。間違いない……。
うちのお嬢様、夜な夜な怪盗をやっている!
さすがにこれだけ証拠が出てくれば誰だってわかる。まあシアお嬢様は仮にも犯罪行為を愉悦のためにするような方ではないから何かしら理由があるのだと思う。
だけどお嬢様は、自分が怪盗ミーナであることを私に隠そうとしている。いやバレバレですってお嬢様。こちとら何年貴女の侍女やってきたと思ってるんですか。
お嬢様の身に危険が及ばないように側でお守りしたいのだが、お嬢様本人が頑なに事情を話してくれないのでそれができない。仕方ないので私はお嬢様の怪盗コスチュームに発信機を取り付けた。簡単な雷魔法を組み込んだ小さなボタンで、微弱な電波を絶えず発信してそれを私のブリムの耳部分の受信機が受け取り、お嬢様の位置情報を常に把握する。編み出した独自魔術を応用して製作した代物だ。
それからお嬢様の活動を陰ながら見守る日々が始まった。時たまお嬢様にいじわるな質問をするなど、私最近のお嬢様を怪しんでますよムーブをかましてからかったりもした。必死に正体を隠そうとあわあわと慌てるお嬢様はとても可愛らしかった。良い言い訳が思いつかず、涙目になってしまった時には胸がキュンキュンした。後でちょっとやりすぎたかなと反省もしたけど。
そんな日々を過ごしながら、発信機でいつでもお嬢様の位置を把握し、剣の準備をし、時折現場でピンチになっているお嬢様をこっそり助けたりしながら有事の際に備えていた。
そしてお嬢様のサポートを始めてから2週間半後、その”有事”は早くもやってきた。
いつものように屋敷で仕事をしながら発信機でお嬢様の位置を把握していると、活動を終えて真っ直ぐ屋敷に帰ってきているはずのお嬢様の反応が不自然に止まった。その後ルートを外れて街の郊外へ移動していく。敵に待ち伏せか何かをされてどこかへ誘拐されているようだ。
すぐさま仕事を放り出して剣を構え、玄関へ走る。
「レ、レンさん……!」
「…アイリ。」
その途中、お嬢様の友達兼奴隷の猫の獣人、アイリと会った。茶色いボブカットの髪に同色のネコミミを持った可愛らしい女の子だ。お嬢様が昔、奴隷商で酷い扱いを受けていた彼女を見つけて購入し、それ以来お嬢様の良き友人、家族として屋敷に住んでいる。
アイリはひどく狼狽していた。目に涙を浮かべて落ち着きがなく、パニックに陥っている。この様子を見るに、アイリもお嬢様の怪盗活動に協力していたのだろう。そして今何らかの方法でお嬢様の危機を知り、どうしていいか分からず混乱していると。
「あ、あのっ…! お嬢様がっ! お嬢様が誰かに捕まって……っ! 通信機の音声が急に途絶えてっ…! こ、怖い男の人の声がたくさんしてっ…! あっ…これはお嬢様の意思じゃなくて全部私の責任で……! ど、どうしたらいいかっ…! はやくしないとっ…お嬢様がっ……!」
私のメイド服を掴み、泣きながら必死に助けを求めるアイリ。状況の説明とお嬢様が怪盗をしていたことを自分の責任だということを焦燥と恐怖のなか必死に伝える。それは文章にもなっていない断片的なものだったが、しっかりと伝わった。
私はしゃがんで、ギュッと狼狽えるアイリを抱きしめた。
「大丈夫ですアイリ。当方は全部知っていましたから」
「え……? レン…さん…?」
「お嬢様が危ないことも把握しています。大丈夫、絶対助けますから。だからアイリは、お嬢様のお部屋で安心して待っていてください。大丈夫、すぐに帰ってきますよ。」
「うぅ…うぅぅっ……! ぐすっ!」
「大丈夫、大丈夫。よく頑張ってくれましたね、偉いですよ。アイリ」
「う、うわぁぁぁんっ!!」
アイリは私の胸の中で思いきり泣き出してしまった。そんなアイリの頭を、ポンポンと優しく撫でる。
数十秒程そうしているとアイリは離れた。お嬢様に危険が迫っている今、一刻の猶予もないことを分かっているのだろう。その顔はまだ涙に濡れているが、混乱していた先程とは違って落ち着いた顔をしていた。
「…お嬢様を、お願いします。レンさん」
「ええ、もちろんです。当方はシアお嬢様の侍女ですから。」
アイリに見送られ、私は夜の街へ駆け出した。