6
まったりと説明モードです。
わたしが現在住んでいる村はとても小さい。
どれくらい小さいかと言うと、人口なんと35人。しかも年齢50歳以上の人がその半分を占める。
元々は25年ほど前に国境近くに村を点々と築いて、その間の道を整備してお隣の国との物資のやり取りを活発にしようって計画だったらしいんだけど、ほどなくお隣の国の情勢が悪化し商人たちが商売を自粛した結果、物資運搬の拠点になるはずだった村は発展を遂げる前に活気を失った。
寂れていく村で家族を養うのは厳しいものがある。男たちは村を出て町で働き口を探すこととなった。
もちろん町にもそんなに働き口はない。もっと遠くの町へ出るしかなくなった人たちは自分の家族を連れて村を離れることになった。
そうして人口が激減し、村に残った人たちはなんとか自給自足の生活を送っていた。
狩りなり農業なり、そこで生まれ育った子供たちは親の後を継ぐしかない。長男はまだしも、次男三男となると当然仕事が無い。若い男たちの姿は村の中から消えていった。
そうなると今度は女の子も困ることになる。結婚相手が居ない。中には村を出て行く男と将来を約束していて一緒に着いて行く人もいたけれど、その他は町へ働きに出てそこで結婚することが多かったようだ。
そして、たまに帰郷する人たちの町での暮らしぶりを聞いて親の跡を継ぐはずの長男までもが村を飛び出す始末。
増えることのない村の人口は減少の一途を辿り、全盛期の4分の1にも満たない現在の人口になってしまった。と、以上は村のおじいちゃんおばあちゃんがお茶を飲みながら語ってくれたこの村の歴史と言うには物悲しい経緯だ。
そんな廃れた村に好き好んで移住してくる奇特な人なんて居ない。アルドはその奇特な人だったようで、5年ほど前に突然フラっと村にやってきてそのまま住み着いたのだそうだ。
わたしが村にやって来るまではアルドが一番若い男で、足腰の弱くなった村のおじいちゃんおばあちゃんの為に狩りをしたり畑を耕したりしていた。今でもそれは変わらず、アルドは肉体労働に励んでいる。
わたしも世話になっている身だし、村の為に何か貢献出来ないかと日々頑張っている、つもりだ。
「サウワは細っこいのぅ~」
籠一杯のマメの皮をせっせと剥いているわたしの手を見つめながら、サルメお爺さんがニコニコと話しかけてくる。そのお隣には同じくニコニコとわたしがさっき煎れたお茶を啜るサーシャお婆さんが座っている。
「いやぁ、ははは...あんまりお役に立てず申し訳ないです。」
最初のうちはアルドと同じように薪割りとかを手伝っていたんだけれど、腕や肩を中心とした全身筋肉痛に襲われまともに動けない日々が続いた。そしてアルドに「お前みたいなヤツに力仕事は無理だ」とバッサリと斬られ、それ以降は主に野菜の水遣りや収穫、それと食事を作る作業のお手伝いをさせてもらっている。
「そんなことは無いぞ。若いもんが村にいてくれるっちゅーだけで元気がもらえるわい。」
確かに、この村の人口はただでさえ少ない上に高年齢層に偏っている。
アルドがこの村にやってくるまで30歳以下の男は居なかったというから、そこに10代(仮)のわたしが加わればまるで孫のような扱いで、大して役立っていないのに可愛がられるという、有り難い状況だ。
「あとは、赤ん坊が生まれてくれればもっと活気づくんじゃがなぁ。」
赤ん坊、かぁ。数日前に見た夢を思い出して思わず小さく溜息をつく。
本当に、なんであんな夢を見たのか。確かに、常に心のどこかでサイラスや村の皆のことを考えているけれど、まさかあれがわたしが深層心理で望んでいることなのだろうか。
―――いやいやいや。そんなはずはない、と即座にその考えを否定する。
わたしがこの異世界で望んでいるのは、何にも侵されることのない平和かつ平凡な生活である。
それが叶うのなら、ボッチ人生すら厭わない。そう固く決意してサイラスの村を飛び出したのだ。
サルメお爺さんの言葉に相槌を打つことなく思考に耽っていたわたしに、サーシャお婆さんが可愛らしく首を傾げた。
「サウワちゃんとユリアさんならお似合いなのにねぇ。」
「...それ、絶対アルドの前では言わないでくださいね。」
恐ろしいことを仰るサーシャお婆さんに顔を引きつらせながらわたしは残りの豆に手を伸ばした。
当然だが、こんな小さな村では日用品は手に入らない。
近くの町へ買いに行けばいいのだけれど、徒歩丸1日かかるのでお年寄りには辛い。
なので、月に1度行商の人がやってくる。何か欲しいものがあれば次に持って来てと頼めばいいのだ。
村へやってくる行商さんは実に良心的で、運搬費用を値段に上乗せすることなく町で売っているのと同じ値段で売ってくれる。恐らくこの村にかつて住んでいた人がそういうふうに取り計らってくれているのだと思われる。
行商さんは大体2人で馬に荷物をぶら下げてやってくる。村では栽培していない小麦などを大量注文した場合は小さな馬車を引いてくる。行商さんは恰幅の良いおじさんと、20代半ばと思われる青年だ。
青年の服装は清潔感のある飾り気のないもので、アルドほどではないものの程よく筋肉のついた素晴らしい(変な意味で見たことはないから!)身体である。容姿もそんなに悪くない。爽やかな笑顔が好印象だと、村のお年寄りから可愛がられている。
わたしは、この好青年のお目当てはユリアさんだと怪しんでいる。
「ユリアさん。頼まれてたもの持ってきましたよ。」
「いつもありがとう。ちょうどお茶を煎れたところなのでよかったら...」
一体何を運んできたのかと好奇心が疼き好青年の手元をちらりと見ると、何冊かの本を持っているのが見えた。タイトルは見えなかったけれどよほどの活字好きでないと読破できないのではないかというほど分厚い本だ。ユリアさんは読書好きなのだろう。
今のところユリアさんと好青年の仲が進展した様子は見当たらないが、お茶に誘って家の中に招き入れるくらいだから2人が親密になるのは時間の問題かと思われる。
アルドよ、もう少し焦って本腰入れてユリアさんを口説き落としにかからないと掻っ攫われてしまうぞ、と心の中で警告してやると、わたしの視線に気付いたアルドが少し首を傾げた後に大声を張り上げた。
「おぉい、サウワ!!この毛布ノアさんとこに届けてやってくれねぇか!ひ弱なお前でもこんくらいなら運べんだろ!」
一言多いけど、アルドっていいヤツなんだよな。
わたしはあの好青年よりも断然アルドを推すんだけど、ユリアさんってどんな男の人が好みなんだろう。
今度機会があったら聞いてみよう。