雑魚と勇者 後編
「グゴオオオオオオオ!!」
え?ちょ、待て……この雰囲気、魔物どころか怪物である。
「この嘘つき王女ー!!なぁにが雑魚だーーー!!!」
「何を言っている? あれが雑魚ではないか」
「おいおいおい!!あれのどこが雑魚なんだよ。とんでもないツワモノじゃねーかっ!!」
「グゴオオオッ!!」
あぶねっ!! 巨大な魚は陸にいる俺達に向かって突進してくる。もはや魚とか関係ない……
「エミリア!!」
王女の声にエミリアは素早く準備していた武器を使い始める。手早く火をつけて巨大な大砲を雑魚?に打ち込んだ。
ドゴォン!!
「グギイイイイ!!」
「大砲なんて持ってきてたのかよ!?」
「当たり前だ。雑魚が相手だぞ?」
ようやくここで理解した。つまり彼女の言っている雑魚とは固有名詞なのだ。力の強さの評価ではない。つまりこの魚の名前は……雑魚。
「ふざけんなぁ!!! まぎらわしいわぁあああっ!!」
大砲から繰り出される砲弾を何度も受けている巨大な魚に向かって怒鳴る。しかし、エミリアが次々と砲弾を打ち込むため当の雑魚には聞こえていない様子。
「ギェエエエエッ!!」
と、突然砲弾に翻弄されていたと思われた雑魚が奇声をあげて口から水を吐く。その水は滝のように勢いが強く、大砲は押し流されてしまった。
エミリアは素早くその攻撃を避けると近くにあった別の武器を使用する。エミリアが装置を起動させると同時に、その装置から無数の矢が放たれ全てが雑魚の体に突き刺さる。
「グゴオオオッ!!ギャオオオ!!」
「エミリア一人でもだいじょぶなんじゃないの?」
「いや、今は押しておるが……長期に及べばこちら側が不利になる。やはり人数は多いに越したことは無い」
「……そんなに雑魚って強いのかよ!?」
「知らぬか? 雑魚の怒りで街一つ、下手をすれば国一つが滅びると言われるほどだ」
「……マジで!?」
「グオオオッ!!」
それまでもだえ苦しんでいるかのように見えた雑魚は、体をひねると巨大な尻尾で無数の矢を吐き散らす装置を粉砕した。
エミリアはそれを確認すると今度は別の武器を動かす。どうやら次は投石機の様だ。勢いよく投げだされた石が雑魚に直撃する。
「す、すごいな……」
「貴様仮にも勇者と呼ばれる男だったのだろう? ならばここで呆けていてよいのか?」
「あそこの中に入って行けと? ……へたすりゃ俺死んじゃうよ?」
ドカンドカンと爆発音を響かせながら戦うエミリアと雑魚の間に俺が入って行けるわけがないだろう。この戦いもはや規模が戦争である。
「グオオオオッ!!」
「っ!!」
しばらく競り合っていたエミリアと雑魚だったが巨大な体での攻撃で、武器もろともエミリアはかなり遠くへと吹っ飛ばされてしまった。このままではまずい。
「我に宿りし、怒りの雷よ、敵に聖なる鉄槌を与えん―――光撃」
「グゴオオオッ!!」
よし……苦しんでいるところを見るとこいつにも魔法は効くらしいな。
「おい、王女さまよぉ!!何か武器は無いのか!?」
「武器なら貴様に渡しているだろう?」
「このぼろ刀のことか!? こんなのどうやって使えっていうんだよ!?」
のたうちまわる雑魚の攻撃を避けながら俺は王女に叫ぶがあまり良い答えはもらえない。
「まずいな、エミリアが用意してた武器も壊されちまったし……」
「グゴオオッ!!」
「あぶねっ!!」
何も打開策が見つからぬまま、雑魚の攻撃をかわす。このままだと本気でマズイ。ちらりと王女の方に視線を向けると、こちらをじっと見ている彼女の姿が目に入った。……見てないで助けろよ……いや助けなくてもいいから少しは攻撃とかしてほしい。
「ったく……仕方ねえ」
俺は腰に付けた片刃のぼろ刀を鞘から取り出して、雑魚に向かう。どうやって斬りつけようかと思っていたが、口を開けて迫ってきている雑魚に俺は言葉を失った。
先程までかなり離れていたと思っていた雑魚がすぐ目の前まで迫ってきていたのだ。
やばい、死ぬ――――――!?
「グギャアアアアアアア!!」
しかし、俺の目の前まで迫っていた雑魚は突如苦悶の声を上げて倒れてしまった。よく見ると頭に一本の黒い矢が刺さっている。……まさか!?
「ふふ、手を焼かせる下僕だ」
案の定、弓を持った彼女が俺の視線の先に立っている。
「まだ雑魚を倒したわけではない……今のうちに止めを刺すのだ」
彼女の言葉に文句を言いたくなるのを抑えて、静かに答える。
「ああ、分かってるよ」
俺は手に持った剣で巨大な雑魚を切り裂いた。
***
ぴちょぴちょぴちょ
静かな朝、小鳥の鳴き声が響く屋敷。
「ふむ、マリナマナ湖近くの村長から感謝状が届いたぞ」
紅茶を飲みながら、興味もなさそうに俺に感謝状を手渡す王女。
「それはいいんだけどさ……俺の武器ってこのまま?」
俺の手には根元からぽっきりと折れた片刃の剣が握られている。結局この剣で雑魚を倒すことには成功した。しかもその切れ味の良さ……さすが、錆びても名のある鍛冶屋の作品だと感心もした。……しかし、しかしだ、そのあとにぽっきりと根元から折れてしまったのだ。これで俺はまた丸腰に逆戻りである。
「…………ふむ、今日の紅茶の味は上出来だ、エミリア。誉めてやろう」
「ありがとうございます」
「あ、おいっ!! 無視か!?いつものように得意の無視か!?」
ぴちぴちぴちと、屋敷では今日も小鳥が鳴いている。
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