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黒姫の奴隷勇者  作者: 分福茶釜
黒の王女と屋敷
4/21

雑魚と勇者 前編

『わさび』

 人は食べ物の味を、甘味や苦味、酸味と言った味覚で感じ取っているが、わさびの鼻につんとくる辛さは痛覚で感じ取っているのだとか……

「…………はぁ」


 この屋敷に来て何度目になるだろう。俺は与えられた自室のベットに横になって溜息を吐いた。

 この屋敷の主である自称俺のご主人は魔王の娘だし、魔王に匹敵するくらいの殺気を放つ正体不明の使用人はいるし……けた外れの力を持つ魔物がこの屋敷のまわりにやってくるし……俺はまだこの屋敷に来て数日と経っていないはずなのだが、当たり前のように扱き使われているし、なぜこの屋敷につれてこられたのか説明は無いし……


「…………はぁ~」


「溜息など吐いてどうした?」


「どわ!?」


 突然、声を掛けられ、素っ頓狂な声を上げながら跳び起きた俺。ドアの近くに自称俺のご主人様である、おじょうさんが立っていた。いつものように黒ずくめの格好である。


「な……なに?」


「貴様、アリナマナ湖を知っておるか?」


 マリナマナ湖……旧エルナブル公国領の最西端に位置する巨大な湖である。


「知っているけど……それが?」


「うむ、そこに雑魚がでたそうだ」


「雑魚?」


「魔物だ」


 魔物が出たってことか……一応この王女の治めてる土地で危険な魔物が出たとなると……


「魔物退治?……」


「すぐに出る。準備しろ」


 ……魔王の娘が魔物退治って…………調子狂うな。




***




 とりあえず、軽く準備して屋敷の玄関に向かうと、エミリアが様々な武器を運んでいる。とても女の人が一人で運べそうにない物もあるのだが……


「ん、来たか」


 俺の姿を見て王女はあまり興味もなさそうに呟いた。服はいつもの普段着のまま……危なくないのか?


「てかさ、何この武器の数々は……」


 どっさりと玄関前に積まれた武器の山を指差す。すげえな……


「何で雑魚相手にこんな武器が必要なんだ?」


「何を言っている? 雑魚だから必要なのではないか」


「?」


「?」


 何か噛み合っていない気もするが……気にしたら負けだ。


「そう言えば、私の下僕ともあろうものが丸腰では満足に主も守れぬな……」


 武器を眺めていた俺を見て、王女は顎に手を置きながらぽつりとつぶやいた。


「おい待て……誰が誰の下僕だって」


「……確か、倉庫に名のある鍛冶屋が打ったという刀があったな」


「おいこら、無視か!!」



 ………………



 彼女はエミリアを呼びつけて、その刀を持ってこさせた。エミリアの手に握られていたのは薄汚い片刃の剣。はっきり言ってとてもじゃないが名のある鍛冶屋が打った物には見えない。彼女は無言で俺にその刀を押し付けるとくるりと踵を返す。


「なにこれ?」


「……さ、いくぞ」


「おい、せめてこれが何なのか説明してくれっ!!」


 俺の疑問を静かに流して、彼女は馬車に乗り込み、エミリアは荷物を積み込んでいく。

 俺は手渡された薄汚い刀を見つめて溜息を吐いた。どうすりゃいいんだよ……




***




 ガタガタと揺れる馬車、エミリアは御者を務めている。そして王女は馬車の窓から移り行く景色を眺めている。俺はと言うと手渡された刀を見て、やっぱり溜息を吐いていた。

 こんなに細い剣じゃ、戦いの最中、根元からぽっきり折れてしまいそうである。やっぱり頼れるのは自分の魔法だけか。魔物退治で魔王の娘がどうなろうと知ったことではないが、自分の身を守るにはやはり武器の一つや二つ身につけておきたいところである。

 まぁ、魔物退治の話は置いといてだ……ずっと気になっているのは魔王の娘に簡単に攻撃を仕掛けてくる魔物達の存在だ。勝手に仲間内で自滅してくれるならありがたいことこの上ないが少し気になる。


「…………なぁ」


「なんだ?」


「前もおんなじようなこと聞いたんだけどさ……なんで魔物が魔王の娘の土地にやってくるんだ?魔王って魔物を支配してるんだろ? だったらぞの娘を襲うようなことするのか?」


 俺の質問に、少し考えるそぶりを見せ、彼女は口を開いた。


「詳しくは話せぬが……魔物と言うのはお前達人間が思っているほど統制の利くものではない。……我が父、現魔王も多くの魔物を支配下に置いているとは言え、その数は魔物全体の十分の一にも満たぬのだ。それに、支配下に置いている者達もいつ裏切るか分からん。そういう点では人間の王族がうらやましいな……」


「ふうん、でも人間の王族だって良いもんじゃないぞ?」


 国一つ治めるのも満足にできないのに他の国に戦争ふっかける王族もいれば、信頼していた家臣に裏切られる王族もいる。


「ふふ、そうか。 だが、人間の王族には真の忠誠を誓う者が一人や二人はいるものだろう?」


「まぁ……全くいないとは言わないけどさ……魔王だってそうだろう?」


 彼女はそれには答えずに、小さく笑みをこぼすと窓の外に視線を向ける。


「そろそろ目的地だ。心の準備でもしておくがよい」


 






 彼女の言葉通り、目的地に着いたのか馬車は小道の端によって止まる。


「お嬢様、アリナマナ湖に到着いたしました」


「そうか。ならばすぐに準備に取り掛かるのだ」


「かしこまりました」


 エミリアは深く一礼すると、積み荷から重々しい武器の数々を運び出していく。にしても、あの細い腕で重々しい武器を運べるのには感服するしかない。俺でもあの武器の数々を運ぶのは無理だ。


 しばらくして俺達は湖に出る。海に見紛うばかりの大きさだ。聞いた話だと、この湖では船が盛んに漁をしているらしい。しかし、今のアリナマナ湖は船はおろか人の気配が全くしない。西の空に沈んでいく太陽の光で湖は眩しいほどにきらめいているばかりだ。


「なぁ、本当にこの湖に魔物がいるのか? そうは見えないけど……」


 俺のつぶやきにそれまで黙々と武器やら何やらを出していたエミリアがこちらに口を開く。


「夜行性ですので、それまではおとなしいのでございます」


「てかさ……何でこんなに武器持ってきたんだ?」


「雑魚を退治するために決まっておろうが」


「いやいや、雑魚ならさ、普通に魔法で良いじゃんよ、何でこんなにかさばる武器持って来たのさ……」


「?」


「あー、もう……好きにやれよ、どうせ雑魚なんだろ?」


 俺の言いたいことがどうもうまく伝わらないらしく首をかしげる王女に、苛立ちながら投げやりにそう言えば、王女は意外だとばかりに目を見開く。


「貴様、雑魚を知っておるのか?」


「いや……知ってるも何も、雑魚は雑魚でしょ?」


「ふむ、では戦ったことは?」


「はぁ!? 雑魚とってことか? そんなの俺が魔王討伐を始めた最初の頃から戦ってるよ、雑魚いくら倒したところで意味は無いけどな」


 意味が分からん……しかし俺の言葉に彼女は何か思う所があるのか腕を組んで湖に目を向けると、ぽつりとつぶやいた。


「期待しているぞ」


 いや、期待されても困るけど……まぁ、魔物を消すのは俺の望むところであるから本気でやるかな。




***




 エミリアが巨大な武器を湖の近くに配置し、自らの手にはいくつもの武器を手にした完全武装で湖を見つめている。俺はというとすでに日が沈んだ空を王女の近くに座って眺めていた。今のところまったく魔物らしきものが出てくる気配はない。


「おい、本当に魔物いるのか?」


「ふむ、確かめているか?」


「え?」


 俺の言葉に彼女は小さく口だけで笑うと、近くに転がっていた小石を池に投げ込む。


 ぽちゃりっ

 小石は小気味いい音を立てて水へと入った。しかししばらくしても、湖には何も変化はない。


「やっぱり何もいないじゃないか」


「ふふん、よく見てみろ」


 彼女の指さす方を見つめると湖の黒い影が動いたように見えた。ん?……見間違えか?

 しかし、俺が目をこする暇も与えず湖の水が突如盛り上がって、辺りに水をぶちまける。


「なっ!!いきなりなんだ!?」


 突然のことで何が起こったのか分からない俺に、近くにいた王女が小さな声で俺にその原因を教えてくれる。


「……雑魚だ」


「は?」


「グゴオオオオオオ!!」


 聞き返そうとする俺の声をさえぎって、巨大な咆哮が辺りに響く。慌ててその声のした方を見ると、巨大な口を持った魚が、湖からこちらを睨みつけていた。


 只今、全身筋肉痛の作者です。

 お読みくださりありがとうございます。

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