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黒姫の奴隷勇者  作者: 分福茶釜
黒の王女と屋敷
3/21

豪雨と勇者

 ザアアアアアアアア……


 バケツをひっくり返したような勢いで、大粒の雨が地面にたたきつけられている。辺りは薄暗くいったい今が朝なのか夜なのかさえもわからない。

 ぴかりと一瞬辺りが明るくなり、ドドンッと巨大な音が鳴る。雷だ。こんな天気の荒れた日には家にこもるのが一番。現に窓からうっすらと見える民家は皆明かりも漏れないほど、窓から何まで閉め切っている。そうこんな日は普通は家にいる。それに店も閉まっているはずだ。

 しかし……このお嬢様にはそんな常識は通用しない。


 目が覚めた俺が、広間に来た時のことである。広間には紅茶を飲む魔王の娘とその使用人エミリアがいた。


「遅いな。一体何をしていた……」


 やってきた俺には視線も向けず、紅茶を飲みながら聞いてくる王女様。若干腹立つ。


「いや……なにをって……眠ってましたけど?」


 それ以外に俺がこの屋敷ですることなんて―――こいつに扱き使われる以外―――ない。


「ふむ、ならば……マッチを買ってくるのだ」


「はぁ!?」


 ちょっと待て、なぜこの流れから突然マッチを買いに行けと命令されなければいけないのだろうか?外を見てみろ……出た瞬間に全身水浸しもいいところである。


「買い置きをしておいたマッチが本日の雨で湿気ってしまい、使えないのでございます」


 エミリアがそれっぽい理由を言ってくるけど、この雨の中だったら俺がマッチを買って戻ってくる間にマッチが湿気って意味ないんじゃ!?


「てか、何でマッチが必要なんだよ?」


「本日はこのように暗いので、ランプをつけようと思ったのですが……どうやら油が切れてしまっているようで、蝋燭を使うことにしたのでございます」


「それでマッチってわけか……だったら魔法で火をだしゃあいいじゃねーかよ。何なら俺が出してやろうか?」


 エミリアの言葉に俺は首をかしげながら提案を出す。しかし俺の提案は、紅茶を飲んでいたはずの彼女によって却下される。


「無駄だ。私の持つこの蝋燭は、魔法で熾した火には反応しないようにできている」


「何でそんな面倒な蝋燭しか持ってねえんだよ!? フツーの蝋燭は?普通の!!」


「ない」


 ピカッ!!ゴロゴロゴロゴロッ!!




***




 だいぶ粘ったが結局俺は今屋敷の玄関に来ている。……いや、来させられている。


「では、いってらっしゃいませ……」


 俺を地獄へと送りだそうとしているエミリアの表情はいつもと変わりなしだ。無表情に、赤い瞳で俺を見つめている。ちなみにおうじょさま(・・・・・)の方は見送りにさえも来ていない。今頃広間でボケッとしているのだろう……


「くそ~……いきゃあいいんだろ!?いきゃあ……このヤロー!!!」

 

 勢いよく屋敷のドアを開けて俺は豪雨の中へと駆け出した。うん……何とかなるとか思ってたわけだよこの時は……



 ………………



「ごべっ!! ぎゃっ!!」


 ここは一体どこなのだろう。前後左右見渡しても闇。と言うか目を開けていられない……引き返そうにも屋敷の場所も分からないし……ほとほと困った。


「ぐぼおっ!! 雨が滝のようにっ!! ……ぐぼっ!!」


 満足にしゃべれないな……息も苦しい。このままここで野たれ死ぬのは絶対いやだぞ……王女め、後で覚えてろ!!お前の親父を打倒してやるからなあっ!!


「って冗談抜きで……どうしよう」


 開かない目を無理やりこじ開け辺りを見回す俺の視界の端に一瞬黄色く光る何かが映った。雷!?……いや違う……あれは、なんだ?

 俺の方に向かって、光り輝く何かが二つやってくる。まさか王女とエミリアが俺のことを迎えに来たのか?…………んなわけないか、そもそも光をともすためにこうして今俺はマッチを買いに行かされているわけだしな。んじゃあれはいったい何だ?


 規則的に並んだ二つの丸い光。ゆらりとこちらに近づいてきている。その下にはうっすらと口が……って口!?


 よく目を凝らして見ると、巨大な口が二つの光の下に薄ぼんやりと見える。それがどんどんこっちへと向かってきていて…………


「まっ……魔物だあああああああああああ」


 俺は一目散に逃げ出した。勇者としての何かを失った気がした。……が関係ない。


「プライドより命の方が大事だろうがぁああああ!!!」





「グギャオオオオッ!! グルグルゴロゴロ!!」


 俺を追いかけてくる魔物が雷の様な鳴き声をあげて俺を追いかけてくる。今までいろいろな魔物を相手にしてきたが、先日の獣といい……今日のこの魔物といい……レベルが違いすぎる。なんでこの近辺にはこんなに強大な魔物ばっかり出るんだよ!!


「グギャアアオオオオ!!」


 無我夢中で走る。しかし、さすがは魔物といったところか。どんどんと距離を詰められていく。苦しくなって、ふっと目を細めると、むこうに屋敷が黒い影となって見えた。


「しめたっ!! 一度屋敷に逃げ込んじまえばっ!!」


「グロオゴロオオオオッ!!」


 しかしせっかく屋敷が見えたのもつかの間、すぐそばまで魔獣が迫っていた。


「しょうがねえな……あいつに攻撃しなけりゃ目に痛みはないんだったなっ!!」


 俺は誰に言うでもなくそう叫ぶと迫りくる魔物に魔法を放った。


「我に宿りし聖なる炎よ、今我に力を与えよ―――炎爆(フレイム)!!」


 魔王と戦って以来、久しぶりに使うことができた魔法だ。俺の放った火の球は狙い通り魔物の顔に直撃。俺の腕もまだ捨てたもんじゃないな……魔物がひるんでいる隙に俺は屋敷に走って行った。




***




「おいっ!!誰かいるか!?」


「……どうした?」


 ドアを開けて叫ぶと暗闇から黒ずくめの格好をした王女が出てくる。暗い服だからか突然現れたみたいで気味が悪いが……今はそんなことを言っている場合ではない。


「おいっ、魔物が出たぞ!?こっちに向かってきている」


「…………ほう」


 雨空の中、雷がひかって部屋がまた明るくなった。その時一瞬見えた、彼女の顔はうっすらと笑っていて、…………なぜだか俺はそれを美しいと感じた。


「……エミリア」


 暗くなった部屋で彼女の声が響く。


「およびでしょうか、お嬢様」


「……来客だ、もてなしてやれ」


 ひどく冷たい声色で、エミリアに命じる彼女。エミリアは「かしこまりました」と答えると俺の横を通り、外へと出ていく。俺は情けなくも、黙ってその様子を眺めるしかなかった。


 ゴオオオオオオオオオオオッ!!


「グギャアアアア!!」


「っ!! な、なんだ!?」


 俺が呆けていると突然何かを燃やすような音と、魔物のものと思われる悲鳴が聞こえてくる。一体外で何が起こっているのだろう……気にはなるが、俺の脚は固まったように一歩も動かなかった。結局俺の体が言うことを聞くようになったのは、魔物の悲鳴が聞こえなくなり、びしょ濡れになったエミリアが何事もなかったかのように屋敷に入ってきた後のことであった。




***




 時間はあまりたっていない。しかし、先程の豪雨がうそのように晴れている。


「アンギーラ……豪雨と雷を起こし土地を壊滅させる魔物だ……どうやら先程の豪雨の原因は奴だったようだな」


 晴れているからと、王女は外に丸いテーブルとイスを持ちだして紅茶を楽しんでいる。


「てか、なんで魔物がお前の治めてる土地にあんな敵意丸出しでやってくるんだよ、お前魔王の娘だろ?」


「ふふん、逆だ」


「は?」


「魔王の娘である私がおさめている土地だからこそ、魔物はそれを求めて集まるのだ」


「はあ……つまりはなんだ、王女も楽じゃないってか?」


 俺の問いには答えずに彼女はティーカップを口に運ぶ。魔王でもすべての魔物を支配しているわけじゃないのか……魔物の世界のことなど分からないし興味もないが、少しこの王女さまのイメージが俺の中で変わった気がする。ホントにちょっとだけ……まあ上手く言葉にできないが……何だ、あ~もう……こういう時、気の利いた言葉が出ないな……


「で、貴様……マッチはどうした」


「え?」


「私は貴様にマッチを買うように命じたはずだが?」


「へ?……あっ、ああああああ!!」




 お読みいただきありがとうございます。

 次の投稿は……三日後くらいになるでしょうかね……スキーに行ってきます。

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