第三話 家族の前で
アルヴェルン伯爵邸。
応接室には、静かな緊張が満ちていた。
リディアの父――伯爵は、正面に座る青年を見据えている。
カイル・フォン・ヴァルディーク。
公爵家の嫡男。
その隣には、リディアが静かに座っていた。
背筋を伸ばしながらも、
胸の奥は、わずかに落ち着かない。
「本日は」
カイルが口を開く。
落ち着いた声。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
伯爵は短く頷いた。
「構わぬ」
視線は逸らさない。
値踏みするように。
「用件は分かっている」
その言葉に、空気が一段張り詰める。
リディアの手が、わずかに握られる。
その時――
カイルが静かに言った。
「リディア嬢を、正式に妻として迎えたく存じます」
迷いのない言葉。
まっすぐな意思。
部屋の空気が、静かに揺れる。
伯爵は、しばらく何も言わなかった。
ただ、カイルを見つめる。
その沈黙は――試すためのもの。
やがて。
「理由を聞こう」
低く告げる。
カイルは一瞬も迷わない。
「彼女を、手放すつもりがないからです」
簡潔。
だが、それ以上に明確な答えはない。
伯爵の眉が、わずかに動いた。
その時だった。
「――姉上を、ですか」
別の声が入る。
視線がそちらへ向く。
そこに立っていたのは――
レオンだった。
金の髪に、真っ直ぐな青い瞳。
まだ若いが、
その立ち姿には、すでに騎士の気配がある。
「レオン……」
リディアが小さく呟く。
レオンは一歩、前に出た。
「お話は聞いております」
伯爵に一礼し、
そのままカイルを見る。
まっすぐに。
一切の遠慮なく。
「お聞きしたい」
その声音は静かだが、鋭い。
「姉上を守れるのですか」
部屋の空気が、ぴんと張り詰める。
試されている。
伯爵だけではない。
弟にも。
カイルは、その視線を真正面から受け止めた。
「守ります」
短く答える。
だが――
それだけでは終わらない。
「ですが」
一拍。
「守られるだけの方ではないことも、理解しています」
レオンの目が、わずかに見開かれる。
カイルは続ける。
「共に立つ方として」
「隣に在り続けます」
その言葉に、沈黙が落ちる。
レオンはしばらく何も言わなかった。
だが――
やがて、小さく息を吐く。
「……そうですか」
ほんのわずかに、
その視線の鋭さが和らぐ。
そして。
「でしたら」
一歩引き、
静かに言った。
「姉上を、よろしくお願いいたします」
その言葉は――
認めた証だった。
リディアの胸が、じんわりと熱くなる。
伯爵は、そのやり取りを見ていた。
やがて――
静かに口を開く。
「……異論はない」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
リディアは思わず顔を上げる。
「お父様……」
伯爵は、わずかに視線を和らげた。
「お前が選んだのだろう」
その一言。
リディアは、静かに頷いた。
カイルは、深く一礼する。
その姿は、揺るがない。
こうして――
一つの決断が、
家族の前で正式に認められた。
そして。
その場に立つ青年は、
すでに――
“外の者”ではなかった。




