第二話 知らぬ確定
ヴァルディーク公爵邸。
重厚な書斎の中、静かな空気が流れていた。
窓から差し込む光の中で――
宰相であり、公爵である男が書類に目を落としている。
その向かいに立つのは、カイルだった。
「……以上が、現状です」
低く、落ち着いた声。
だが、その奥にははっきりとした意思がある。
宰相はゆっくりと顔を上げた。
鋭い視線が、息子を射抜く。
「王宮顧問の話」
「そして、王弟殿下の名」
淡々と確認する。
カイルは頷いた。
「はい」
短い返答。
迷いはない。
宰相はしばし沈黙する。
その間、カイルは一歩も動かない。
逃げる気も、誤魔化す気もない。
やがて――
「それで」
宰相が口を開いた。
「お前はどうする」
試す声ではない。
確認でもない。
見極めるための問い。
カイルは、即座に答えた。
「申し込みます」
一切の間を置かず。
その一言に、すべてが込められている。
宰相の目が、わずかに細められる。
「相手は伯爵家だ」
「だが今は、王女の侍女」
「そして、王家が関わっている」
静かに並べる。
「容易ではないぞ」
カイルは微動だにしない。
「承知しております」
短く答える。
そして――
「それでも、引くつもりはありません」
はっきりと言い切る。
書斎の空気が、わずかに張り詰める。
宰相は、しばらく何も言わなかった。
ただ、息子を見ている。
その瞳にあるものを、確かめるように。
やがて――
ふっと、小さく息を吐いた。
「……似てきたな」
低く呟く。
その言葉に、カイルはわずかに眉を動かした。
「私に、か」
続けられた言葉。
カイルは何も答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
宰相はゆっくりと背もたれに寄りかかる。
「よかろう」
静かに言う。
その一言で、空気が変わる。
カイルの瞳が、わずかに鋭くなる。
「ただし」
続ける。
「中途半端は許さん」
低く、重い声。
「王家が絡む以上」
「すべてを通す覚悟で行け」
カイルは一歩も引かない。
「はい」
短く、しかし力強く答える。
宰相はそれを見て、わずかに目を細めた。
「では」
書類を一つ、机の上に置く。
「話は通しておく」
その言葉に、カイルの目がわずかに見開かれる。
ほんの一瞬だけ。
だが、すぐに戻る。
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げる。
宰相は軽く手を振った。
「礼は不要だ」
一拍置く。
「結果で示せ」
その言葉は、重かった。
だが――
カイルは迷わない。
「必ず」
短く答える。
その声に、揺らぎはない。
宰相はそれ以上何も言わなかった。
ただ静かに、再び書類へ視線を落とす。
話は終わりだ。
カイルは一礼し、部屋を後にする。
扉が閉まる。
静寂。
その中で――
宰相は、わずかに口元を緩めた。
「……すでに、遅いがな」
小さく呟く。
王家の判断は、すでに下されている。
だが――
それを、息子は知らない。
知らずに、取りに行く。
その姿に、わずかな満足が滲む。
「それでいい」
低く呟く。
すべては、予定通りに進んでいた。




