閑話 カリンの悩み事
今回はカリン視点の閑話です。
フェリスからお礼の黒胡椒と貴重な茶葉を受け取り、帰国の途に就いたマルガレットとカリン。
その道中、ずっとあることを考え込んでいるカリンのお話です。
どうしよう……
今回のアルメニアン帝国での活躍により、私とマリーさんはアルメニアン帝室より正式に謝礼を受けることになってしまった。
ムスタファムは我が国に再び来ると言っていたわ……その際にはマリーさんも国王の名のもとに王宮に呼び出だされるだろう。そして、そこで私の素性がバレてしまう……
その時まで黙っていれば、一日でも長くマリーさんと友達でいられる。でも謁見の間で私を見て、マリーさんはひどく動揺するだろうな……『なんで教えてくれなかったの!』と怒るかもしれない……
そして、もう二度とカリンちゃんと呼んでくれなくなるだろうし、軽口をたたき合いながら楽しく旅もできなくなるだろう……
嫌だな……
どうしよう……
マリーさんの友達として、そして旅の間の護衛として。今回アルメニアン帝国に一緒についてきた私にはもう一つの顔がある。
国王フリードと王妃ルイーゼの間に産まれた二人目の子供、王女シャルロッテ。それが私の本当の名前である。
王女たる私が、なぜアカデミーの生徒に扮し、アカデミー生徒としてマリーさんと友達になり、マリーさんの遠征に毎回同行しているのか。
それは数年前、父である国王フリードが下したある密命のためである。
私が初めてマリーさんのことを知ったのは、アカデミーの学長が王宮に、ある報告書を上げてきた時である。
昨年入学したアカデミーの生徒に並外れて優秀な者がいる。その者は平民で、しかも片田舎の孤児院出身だ。とその報告書には書かれていた。
曰く。
古代の文献に記されていた、調合した材料を瞬時に発火させ爆発させることで敵を殺傷する恐ろしい古代兵器、爆薬を再現、自在に操る。
薬草を採集させればとんでもなく高品質のものをどこからともなく採ってくる。
薬を調合させれば、ありふれた傷薬がとんでもなく高品質の、驚くべき副次効果付きの代物になる。そしてそれを、請われるままにありふれた傷薬として王都の平民街や貧民街に提供している。
…価値に見合っていない破格の値段。ありふれた傷薬と同じ値段で、である。
教授から出された課題である高難度の調合を在籍生徒でただ一人、涼しい顔でやってのける。
在籍二年ほどだが、すでにアカデミー所蔵の書物の九割を読破、教授連も解釈に悩んでいた古代文字の文献もすらすらと読み解き、そこに書かれている事象をいくつか再現する……爆薬はその最たるもの。
か細い可憐な少女なのだが、弓の腕前は百発百中。そして、騎士団に自ら売り込んで、金になるからと危険な任務に志願し、参加する。
そして今や騎士団からも信頼され、重宝されつつある……
といった具合に、彼女の特異性と優秀さがずらりと並んでいる驚きの報告書だった。
王都ではないどこかの片田舎の小さな孤児院の出身なのだが、入学してきたときにはすでに一通りの教養を身に着けていたそうだ。
そしてあっという間に王都の平民街に溶け込み、住民と親しく付き合っている。
孤児出身という貧しい身の上なのだが、口ではお金お金と言いながらあまり物や金銭に執着しない。そして困っている人を見かけたら迷わず手を差し伸べるという。
……ただ一つ難点として、金儲けのためによく外国まで一人で出かけ、何か月も帰ってこないという点が上がっていた。
王宮勤めの貴族たちが初めてその報告を聞いた時は、胡散臭い話として話半分に聞いていたようだ。
そんな何でもできて慈悲深い孤児なぞいるはずがない。
どうせ予算の増額を勝ち取りたいアカデミーが、いつものように自分のところのちょっと優秀な生徒を大げさに話を盛って報告してきたのだろうと。
こんなに有能な生徒を育て上げています! だからアカデミーの運営にもっと予算を! というアピールの一環だろうと。
王宮の大部分の貴族たちがそのように感じていたのだろう、一向に信じない国の中枢に痺れを切らしたアカデミー側が、学長自ら筆を執って報告書として上げてきたのだ。
なお半信半疑の貴族たちだったが、爆薬を製造、それを自在に操るというのは穏やかではない。
火薬という物の存在はすでに我が国でも知られていた。遠く海の向こうの大陸の、なんでも不老不死の研究をしているという怪しい集団が開発した火をつけると爆発する黒い粉である。各地の鉱物の掘削現場などで広く使われているそうだ。そしてかの国は、それを兵器としても用いているらしかった。
しかし、例の孤児の生徒が操る爆薬という物はその威力が火薬の比ではないそうだ。もし、その生徒が悪いことを考えて王都中にその爆薬を仕掛けたなら……美しい我が王都は火の海になる。
ただ、我が国の治安維持の要である騎士団はすでに彼女に接触しており、団長ランスロットからは『彼女の人格、倫理性に問題なし。むしろ積極的にこちらに取り込むべく動くべきである。万一にも外国に流出させてはならない人材』と報告が上がっている。
アカデミーからの報告、そして騎士団長ランスロットのレポートを元に、彼女について国王と宰相、その他数人の国の重鎮たちで話し合いが持たれたようだ。
爆薬を操る少女など野放しにしておくべき存在ではない。
というのが全員一致を見た意見だったようだ。
だが国王は、ランスロットのレポートを読み、重臣たちが主張した王宮にて雇い入れて飼い殺し、さらには軟禁の措置を取るべきという意見を退けた。
重臣会議に直接呼ばれ、意見を聞かれたランスロットは「そんなことをすれば、彼女は国を恨むでしょう。今後数十年、あの極度の徘徊癖持ちで一か月も王都にじっとしていられない破天荒娘を本気で王城に繋ぎ止めておけるとお思いか。軟禁などしたら王宮は瓦礫となり、王都は火の海になりますぞ」と言ったそうだ。
頭を抱えた重臣たちに王は告げた。
「疑わしきは罰せずだ。アカデミーの運営に関しては『金は出すが口は出さない』という先代の王が決めた原則がある。管理はアカデミーに任せ、我々は遠くから見守ろうではないか」
重臣たちを下がらせた後、一人考えた国王……我が父フリードは、あることを思いつき、同性であり年回りが近い私を執務室に呼んだのである。
夕食を共にしたり、夜の団欒時に私室に呼ばれることは日常だが、昼間に執務室に呼ばれることは滅多にない。
何事かと首を傾げつつ執務室にやってきた私に、国王フリードは命じたのだった。
「噂のアカデミーの才媛をよからぬ連中の魔の手から護衛してほしい。外国からも、我が国の貴族たちからもだ。アカデミーの生徒になり切り、彼女に近づくのだ。かわいい後輩を演じて面倒を見てもらえ。そして人格に問題なくば彼女の信頼を勝ち取り、友人になるのだ。そして外国に出かける彼女に同行できるほどの信頼関係を築き、他国に取り込まれたりよからぬ連中に利用されたりせぬよう、しっかりガードせよ」
我が父ながら、何という無茶振りか。王女として王宮の奥深く、皆に傅かれて育った私に平民の孤児と友達になれとは……
「王命とあらば、謹んでお受けいたします……が、深窓にて皆に傅かれ育った世間知らずの私にはいささか荷が重いように感じますが」
下を向いてこっそり顔を歪めていた私に、呆れの混ざった溜息とともに国王フリードは言った。
「何を言うか。其方、こっそり王宮を抜け出しては平民街をふらついておろう。其方のお転婆ぶりに父と母がどれだけ胃の痛い思いをしていることか……」
……バレてたんだ。
下を向いたまま背中にじわりと冷汗が伝う。
もう一つ溜息をついた我が父は、スッと国王の顔に戻り、反論を許さない響きを持って私に命じたのである。
「ある意味、我が国の安全がかかっておる。アカデミーには通達を出した。そなたは今年入学したアカデミー生徒、カリンとして彼女をよく監視するのだ」
「畏まりました。最善を尽くします、お父様」
こうして私はアカデミーに潜入し、『新入生のカリン』として噂の孤児院出身学生、マルガレットにそれとなく近づいた。
しばらく近くで彼女を観察するうち、私は彼女の魅力にどんどん引き込まれていった。
ムスタファムが調子に乗って『輝く太陽のように華やかな美女』と言って彼女をイラつかせ、『太陽ちゃん』と呼び掛けて道端に転がる野犬の糞を見るような目で見られていたが、彼の表現はあながち間違っていないのだ。
マルガレットは、その場にいるだけで周囲がパアッと明るくなるような不思議な魅力をもつ女性だった。
……本人は自分の放つ魅力に全く気付いていないのだが。
燃え盛る太陽のような真紅の髪に、強く差し込む夏の日差しのように輝く黄金の瞳。そしてコロコロとよく変わる豊かな表情は見ていて飽きることがなく、当然ながらそんな太陽のような彼女の周りには、いつも複数のアカデミー生徒やアカデミー職員、そして教授たちまでもが集まって来る。
私は、彼女の魅力に少しずつ惹かれていきながらも、あえて一定の距離を保ちながら、彼女の近くで過ごした。
国王の密命は彼女の監視である。近づきすぎて冷静に彼女を見極められなくなるのを恐れたからだ。
国にとって彼女が危険であると判断した場合、非情な決断をしなくてはならない。情が移れば判断が鈍る……
半ば意地になりつつ彼女とは一定の距離を保っていたが、王女としての義務感からくる決意も空しく、いつしか私の心は彼女の魅力に惹きつけられ、絆されていってしまった。
幸い、彼女は稀にみる善人だった。国に災いなど、どう転んでももたらすはずがなかった。
そしてある事件を境に、私は彼女の監視役をやめ、心の底から彼女の友達になりたいと願うようになったのだ。
今でははっきりと言える。
マリーさんの隣にいたい。
マリーさんの友達としてどこまでも一緒に旅をしたい。
でも私はこの国の王女なのだ。『ノブレス・オブリージュ』という言葉があるように、私はこの国の民のために、王女としての義務を果たさなければならない。
王女としての身分も、それについて回る義務も、すべてを投げ捨ててマリーさんの隣にずっといたい。
それが今の私の一番の願いである。
だが、それは王女たる私がいちばん願ってはならない願いなのだろう。
でもせめて、もうしばらくの間だけでいい。
マリーさんの友達として、一緒に世界を見てみたい。
決めた。
この関係が帰国したら終わってしまうかもしれないなら。
今この帰りの旅路でマリーさんに打ち明けよう。
そして、これからもアカデミーの後輩のカリンとして接してくれるようお願いしよう。
ムスタファムの言葉が脳裏によみがえる。
『今のやり取りを目の前で見せたことが礼になると思わないかい? 君の今後の参考になっただろう』
確かにね。ありがとうムスタファム。
マリーさんがごねたらムスタファムと同じ提案をしよう。
王宮では仕方がない。でも、平民街ではカリンとして扱ってほしいと。大丈夫……ムスタファムがOK貰っていたんだもの。私だって……
「あのね、マリーさん。私、マリーさんに隠していたことがあるの」
早鐘のようにうるさく耳に響く自分の鼓動を聞きながら、私はマリーさんに切り出した。
打ち明けようと決めた。でもどうしてもその言葉が私の口から出てこない。
言いかけては「なあに? カリンちゃん」と太陽のような笑顔でこっちを向くマリーさんに、「なんでもないです」を繰り返した。
そして今日、ついに国境を越え、我が国の領内に入ったところで、私はありったけの勇気を振り絞ってマリーさんに切り出した。
「カリンちゃん?」
ついに切り出してしまった。マリーさんが真面目な顔でこちらを向いた。
「それって、カリンちゃんが実は王女様とか……かな?」
「えっ!?」
早鐘のように耳に響いていた鼓動がどくんと一つ大きく跳ねた。
「だって。カリンちゃんの幼馴染のフェリスは皇子様だったわ。さすがに鈍い私でも薄々そうかなーとは思っていたよ」
そして俯く私の頬にそっと両手を重ねてくれる。その手のひらは春の木漏れ日のように温かかった。
「そんな泣きそうな顔をしないで。以前ちょっともしかしてと思った時に私も決めたの。私はカリンちゃんの悲しむ顔なんて見たくない。だからカリンちゃんが『不敬である』と言わない限り、私はカリンちゃんはカリンちゃんだと思ってるよ。カリンちゃんはそれでもいい?」
夏の日差しのようにまぶしい金の瞳が私をまっすぐ捉えている。
私はマリーさんの温かい手を手放したくなくて、私の頬に重ねられた手をぎゅっと包み込む。
そして自然と涙が零れる目をマリーさんに向けて、精一杯の笑顔を作った。
「マリーさん。私、マリーさんのこと大好き!」
カリン、よかったですね。
無事、自分の秘密をマルガレットに打ち明け、受け入れてもらえたカリン。
彼女の瞳からは嬉し涙がとめどなく流れます。
次回も閑話の予定です。
ちょっとバタバタ続きで更新が遅れがちになり申し訳ないです。
時間を作ってはコツコツ書いていきますね。




