第48話 レオポルドの怒り
初めて見せたレオポルドの表情に、思わず恐怖心を抱いた私だが、以前のように萎縮するようなことはなかった。
むしろ、彼が怒りを顕にしたした理由を考える。……が、その理由は簡単に察しが付く。
私が継母に呼び出されてシモンズ家へ戻ったあの日、隣室で待ち構えていたズリエルが、私の胸だけを執拗に蹂躙した。そのことでレオポルドは怒っているに違いない。
死守したかったわけではないが、一応処女は守られた。そのため、当の本人である私は問題視していないのだが、私を娶るレオポルドとしてはそうもいかないのだろう。
「事もあろうか彼は、マリアンヌに手を挙げた。しかも、マリアンヌの可愛い顔にだ」
「え?」
私は恥ずかしさと驚きを同時に感じてしまった。
というのも、私はレオポルドが怒っている理由を、ズリエルに蹂躙――胸だけ――されたからだと思っていたが、そんなちっぽけなことではなかったのだ。
胸が大きいことを自慢に思っていない私だが、知らず知らずのうちに自意識過剰になっていたらしい。
だからそのことが恥ずかしかった。
しかし、恥ずかしさより大きく感じた驚きは、レオポルドが私の顔を可愛らしいと言ったことだ。
私は自分の顔が地味であることを知っている。
幼い頃に父から『可愛いマリアンヌ』と言われたり、『大変お可愛らしいですよお嬢様』などと従者に言われたこともあるが、それは家族が自分の子どもを可愛らしく感じるだけの話。私の”顔が可愛い”と言っていたわけではない。
だがレオポルドは、はっきり『可愛い顔』と言い切ったのだ。これを驚かずにいろというのは無理な話だった。
「……レオポルド様は、こんな地味な顔が可愛いと思えるのですか?」
「ん? ああ、マリアンヌは貴族令嬢としては、少し地味なのかもしれないね」
「ですよね……」
地味なことは自覚しているが、レオポルドの口からはっきり言われると、やはり悲しい気持ちになる。
ズリエルに何度地味だと言われても、悲しいどころか私自身が納得していたというのに……。
「でもね、マリアンヌの顔はマリーと似た素朴な感じがして、僕は大好きなんだ」
「マリーだった頃の自分の顔は、あまり覚えていないのですが……」
鏡は今でも高価なのだが、当時は今以上に高価であった上に私の身分も低かったため、映りの悪い鏡でしか自分の顔を見たことがない。
そのため、ぼやっとした印象しか残っていないのだが、言われてみれば当時も私は地味だったと思い出す。
「まあ、マリアンヌが君の継母のような見目であっても、中身がマリアンヌであれば、僕は愛せるけれどね」
「そ、それは……」
肉団子になった自分を想像し、私はゾッとする。
継母と言えば、同じ公爵家の敷地内にいるはずなのだが、めっきり見かけない。
それもそのはずで、私が近付くことのできない前公爵テッドの居住区で生活しているのだから。
そしてその居住区とは、かつてマリリンだった私が暮らしていた場所だ。
テッドが如何にマリリンを寵愛しているか示すように、特別に誂えられた部屋は、とても豪奢で素晴らしかった。だが私からすると、あの部屋はただの監禁部屋で、恐怖の象徴でしかない。
レオポルドによると、マリリンが亡くなった後に一度片付けられたのだが、精神的におかしくなったテッドが入り浸るようになり、魔改造されて悍ましい内装になっていると言う。
それを聞いた私は、今まで以上に近付かないことを誓った。
その後の取り調べで、グロス伯爵の陰謀が判明した。
伯爵は元々、ズリエルをシモンズ男爵家に婿入りさせることで、実質上の配下にしようと考えていたらしい。
そこへ、私の父であるシモンズ男爵が再婚し、継母であるヴェロニカが登場する。
グロス伯爵はヴェロニカの存在を活かし、従属関係を円滑にする方法を思いついた。
シモンズ家を借金漬けにすることだ。
放っておいても、形式上ズリエルが婿入りして彼がシモンズ男爵となる。だが伯爵はそれだけでは飽き足らず、ヴェロニカに返済不可能な借金を負わせ、その形にシモンズ男爵家を譲渡させ、グロス伯爵家の所持する爵位の一つにしようと考えた。
そして最終的に、グロス家を宗主とするシモンズ男爵位をズリエルに与える、という予定だったと言う。
しかしグロス家の中で歪が入る。
伯爵はズリエルがイカレタ女と称するヴェロニカに、更に借金をさせる腹積もりでズリエルを士官学校に入れ、結婚の延期を企てた。
だがズリエルは、士官学校を卒業して一代爵である士爵を目指そうとする。
その結果、貴族学院の卒業式典で、彼は私に婚約破棄を突き付けたのだ。
婚約破棄を突き付けられた当時の私は、『グロス伯爵はご納得されているのでしょうか?』と問うたが、逆上したズリエルは、そのことに触れず他の文句を言っていたと記憶している。
そのときも返事は聞けなかったが、どうやらズリエルの独断だったようだ。
しかし、多くの貴族が集まっていた式典で大々的に広まってしまった以上、グロス伯爵は婚約をなかったものとして考えるようになったらしい。
だが継母ヴェロニカの作った借金は、私が知らなかっただけでかなりの金額であったようで、その時点で十分な金額であった。
その借金を返済するために、父は奔走した挙げ句に命を落としてしまったが、グロス伯爵としては好都合であっただろう。
しかもグロス伯爵は、ここでやってはいけないことをやってしまった。
借金を盾に、父を脅していたのだ。
だが、金を貸した者と借りた者の関係では、貴族であってもよくある話。自領との関税を安くしろ、などと言ってくるのはある意味当たり前だ。
しかし問題なのは、生前の父と交わした契約の証書を悪用していたことに他ならない。
父は借金の減額を条件に、グロス伯爵領との関税率を下げる、などの契約を交わしていた。
そして父の死後、伯爵は自分が実質的な領主だと名乗り、グロス領との関税率を更に下げるだけではなく、シモンズ領内の税金の引き上げを行ない、借金の返済として上乗せした税金を掠め取っていたのだ。
だが本来の契約は、あくまで父がグロス家に対して行う措置であり、グロス家がシモンズ家の経営に口を出す権利はない。
そもそもいくら借金があろうとも、他領の政治的なことに口出しするどころか手を出すなど、爵位の高い低いに拘らず許されない。
そんなことが分かったからには、グロス家を困窮させるだけでは生温いと、レオポルドは陛下に直訴し、グロス家から伯爵位を剥奪したのである。
少々……というか、かなり私情まみれであったが、陛下が悪質だと判断して納得したのだ、問題はないだろう。
こうなると、未だ投獄中のグロス家三男ズリエルも、いよいよどうにかする必要がある。
彼の罪状は私に対する暴行だが、我が王国で暴行はそれほど思い罪ではないため、本来ならここまで長い投獄にならない。
しかし、曲がりなりにも私はブラックウェル公爵の婚約者である。王家に連なる公爵家……に嫁ぐ女性に対する暴行なだけに、簡単に釈放もできないし、実家の問題もあって長期勾留されていたのだが。
「実家が没落し、自身の士官への道も閉ざされたけれど、ズリエルが王都にいるのは不安だよね?」
「そ、そうですね……」
レオポルドはズリエルの行く末について話してきた。




