第44話 巡り逢い
「レオは、かつての私であったマリリンの姐さんで、今の私であるマリアンヌの母、レオノーラだったのですよね?」
「まあそうだね」
「マリアンヌと言う名は、姐さん……レオが付けてくださったのですか?」
レオはどうやってか知らないが、どの世代でも私を探し出してくれていた。
ということは、レオノーラだった当時、自分が生んだ娘が私だと分かっていて、マリアンヌと名付けたような気がしたのだ。
「いや。マリアンヌの名は、君の父であるヨアン・シモンズ男爵が付けたよ」
「そうなのですか? マリアンヌがマリーであると分かっていたのでは?」
「その辺は順を追って説明するね」
「お願いします」
どうやら簡単な話ではないようだ。
「まず、レオポルドが一歳の頃、マリリンだった君は一度だけ抱いたことがあるね? ノーラからそう聞いているけれど」
「はい。隣国に療養に出る前、一度だけ抱っこした……と思います」
「でもその当時、僕はレオノーラとして男爵夫人だった」
「あぁー、そうですね。手紙のやり取りをしてましたし、覚えてます」
あの頃の姐さんから、念願だった男爵夫人の座を手に入れた、という旨の手紙をもらった。これは間違いない。
「そして、マリアンヌがレオノーラだった僕のお腹にいた頃、懐妊した旨の手紙を送ったよね」
「はい、受け取りました。当時は姐さんとの手紙だけが、私の生き甲斐でしたから」
「まあその辺のことは置いといて、レオノーラがマリアンヌを出産した頃、マリリンはまだ存命していたんだ。――これは、マリリンの死を知らされたノーラに、レオポルドとなった僕が聞いたのだけれど、マリアンヌの誕生後にマリリンは亡くなっている」
その辺りの時系列で、私も疑問を感じたことがある。
レオもそこに気付いていたようだ。
「だからね、マリアンヌが生まれた頃、マリーの魂はまだマリリンの中にあった。だから僕は、マリアンヌがマリーだと思っていなかったんだ。当然、マリーを意識して命名した訳ではない、ということになる」
「なるほど」
命名については、レオが関与していないことは分かった。
「それでは、レオはいつからレオポルド様になったのですか? レオポルド様が生まれた当時、レオはまだ姐さんでしたよね?」
「ああ、それならレオポルドが八歳の頃かな? 僕はね、レオノーラとしてマリアンヌを生んだ後、体調を崩して寝込んでしまったんだ。その上、マリリンからの手紙も帰ってこなくなっていて、気持ち的にも落ち込んでいたね」
「それは、手紙のやり取りを止めさせられたから……」
「そうらしいね」
あの頃の私は、すべての自由を奪われ、手紙の遣り取りすら禁止されてしまっていたのだ。
「で、マリリンが亡くなった後のことなのだけれど、彼女の部屋を片付けていたケイトが、レオノーラからの手紙を見付けたらしんだ。そこでケイトは、親しくしていたであろうレオノーラである僕に、マリリンが亡くなったと手紙で知らせてくれたんだ」
ケイトというと、ブラックウェル公爵家で現在も侍女長を務めており、マリアンヌとしてブラックウェル家にきた当初の私が散々お世話になった人物だ。
「あのケイトさんですか」
「そうだよ。――それで、マリリンの死を知ったら、僕も一気に生きる気力が亡くなってね、体調を崩したまま亡くなってしまったんだ」
「というと、姐さんより先に私が亡くなっていたのですか?」
「そうなるね。――ところでマリーは、マリアンヌとして何歳の頃に記憶を思い出したんだい?」
この質問がきたということは、レオもすぐに私を見つけ出せていなかったということだ。
「八歳の頃に見た夢で、記憶の一部と死の間際だけ思い出しました」
「図らずも、二人して今世の八歳で思い出していたんだね」
「そうですね」
「でもレオポルドである僕の方が、マリアンヌより二歳上だから、前世で後に亡くなった僕の方が、先に今世で目覚めているんだね」
「そうなりますね」
人というのは、生まれた瞬間から魂を持つ、そう教会で教わっていたが、私とレオはどうやら特殊なのだろう。
それについて考えたところで、きっと答えなどわからない。なにせ、前世などの記憶を持っているなど、未だかつて聞いたことがないのだから。
こうして、とりあえずの疑問が解消され、「少し休憩しよう」と言うレオの言葉で休憩することなった。
いつもは向い合せで座っているのだが、今はソファーで横並びに腰掛けている。
ティーセットを持ってきてくれたのは、話題にも出たケイトだった。
年高の侍女ケイトは、年齢を感じさせないキビキビした動きで紅茶を淹れているが、私はなんとなくお礼を言いたくなってしまった。
「ケイトさん、今までも、今も、とてもお世話になっています。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました」
ちょうど紅茶を淹れ終わったケイトは、私ではなくレオポルドの方へ視線をやった。
「一言よろしいでしょうか?」
「かまわないよ」
ケイトはレオポルドから発言の許可を得ると、私の方へ向き直る。
「マリアンヌ様に感謝されることは嬉しく思いますが、私は使用人として当然のことをしているに過ぎません。また、『ありがとうございました』という過去系のお言葉に違和感があります。そのお言葉では、まるでここから去っていくように感じてしまいます。そのようなことはございませんよね?」
なんとなく口にした言葉であったが、ケイトから手痛い質問をされてしまった。
しかし、私は即座に否定できない。
「ケイト、マリアンヌは少し疲れている。言葉遣いに関しては、また後日指導してあげてくれないか」
「それは申し訳ございませんでした」
無言の私を庇うレオポルドの言葉に従い、ケイトは頭を下げて部屋を後にした。
「どうかしたのかい、マリー」
「……レオ、……レオポルド様」
私がレオポルド様と呼んだことで、彼の眉がピクリと上がった。
「私は前世や前々世で、間違った人生を送り、大勢の方々に沢山のご迷惑をおかけしてきました。そんな私が幸せになることは、やはり駄目だと思うのです」
マリアンヌとして生活している間に、少しずつ思い出した記憶。
ノーラとの会話で思い出したこと。
そして今、完全ではないながらも、レオポルドとの会話でかなり思い出された記憶の数々。
それらはどれもこれも、過去の私が犯した多くの罪を内包していた。
ブラックウェル公爵家の次男だった前々世。
金と権力に物を言わせ、私娼に無体を働き、貴族令嬢に辱めを受けさせた。
高級娼婦だった前世。
狡猾な私の策略で貢がせ、没落させた貴族の数々。
他にも多くの悪事を働いている。
そんな私によって、どれだけの人々が迷惑を被っただろう。
なのに、私はそんなことなどなかったかのように、公爵家で幸せになろうとしている。
それは許されることなのだろうか?
否、断じて否である!
なぜ今世の私が長生きしたかったのか。
きっと、こうしてレオと巡り逢い、過去の話を聞く必要があったからだ。
そしてそれは、自分の過ちを知り、反省して償うために他ならない。
私は過去の行ないを知り、罪を背負って生きていく。それこそが私に課せられた……いや、科せられた使命に違いない。
だから私は、『自分のような者が幸せになっては駄目なのだ』といった旨をレオポルドに告げた。
「マリー、君は考え過ぎだ」
まだ私をマリーと呼ぶレオポルドは、若干呆れ気味な表情をしている。けれど深碧の瞳は真剣そのもで、強い意思の籠もった眼差しを私に向けてきた。




