第42話 意味不明
「姐さんが、私のお母さん……だった?」
まだ動揺している私だが、少しだけ落ち着いたことで、改めて事実確認をした。
「そう。レオノーラだった頃の僕が、マリアンヌのお母さん」
なんとも不思議な話を、レオポルドはとても楽しそうに話す。
そしてここで、また一つ記憶が蘇った。
『わたくし、ついに男爵夫人になるのよ。お相手はわたくしの望みどおり、田舎領主のシモンズ男爵よ』
姐さんからもらった手紙の一文だ。
そこに書かれていた家名は、まさに今の私の家名と同じであった。
そういえば、高級娼婦として大人気だった姐さんはあまり欲のない人で、敢えて高位の貴族と距離を置いていた。
その理由は――
『わたくしもマリリンと同じで孤児だったでしょ。だから今くらいでも十分幸せなの。でもね、もし叶うのであれば、田舎で長閑な土地の男爵辺りに娶ってもらって、自然の中で過ごしたい、そんな夢があるのよ』
「姐さんはそう言っていました」
「うん。君と結婚できない人生いだったからね、適当にのんびり生活して、適当に一生を終えられればそれで良かったんだよね」
ここにきてようやく、レオポルドは本当に前世の記憶を持っているのだと思えてきた。
「でもどうして、私に愛を教えたいと思ったのですか?」
レオポルドが前世の姐さんだったのなら、聞きたいことは山程ある。
しかし、今の話の中で『私に愛を教える』ということが、物凄く引っ掛かった。
だから、まずはそれを聞いてみることにした訳だが……。
「それを答えるには、前々世が関係してくるんだよね」
私の質問に対するレオポルドの答えは、またもや予想外であった。
「君は、何代前までの記憶を持っているんだい?」
「え? レオポルド様は、ずっと前からの記憶があるのですか?」
彼の質問の仕方からすると、私よりもっと前の記憶があるように思えた。
「僕のことはいいとして、君のことを聞きたいのだけれど」
「……私は、詳しい記憶ではないのですが、前世の記憶を持っています。その前世の記憶の中で更に前、前々世の記憶が極僅かだけあります」
「なるほどね」
なんだかはぐらかされてしまったが、私は正直に答えた。
「君は鞭を振るわれる側ではなく、振るう側の男性だった。それは覚えているかな?」
「……はい。詳しくは分からないです。ですが、死ぬ間際の記憶だけはハッキリ覚えています。私に恨みを持っていたであろう女性に、剣で刺されて殺されたのを」
忌まわしくも、その光景だけはしっかり脳裏に焼き付いている。そんな記憶など要らないにも拘わらず……。
「その時、巻き込まれて死んだ男爵令嬢のことを覚えている?」
「私に抱かれていた女性が、私と一緒に刺されてしまったのは知っています。ですが、あの女性が誰なのかは知りません」
私が知っているのは、死に際の光景だけで、詳しい状況などは分からないのだ。
「君に抱かれていたことで巻き込まれて死んだのは、他ならぬ僕だよ」
「え? ええええぇぇぇぇー!」
もう頭の中がひっちゃかめっちゃかだ。
前世のことでさえ曖昧だというのに、もっと記憶の薄い前々世のことを言われ、しかも私と一緒に死んだのが、前々世のレオポルドだと言うのだから、驚くのも当然だろう。
意味不明にも程がある。
「当時の君が何者だったのかも、もしかして覚えていないのかな?」
「どこかの公爵家の次男だったのは知っています。それも、嗜虐趣味を持っている最低な人間だった、という予想ができるだけで、記憶は殆どありません」
自分が高貴な身分であったため、好き勝手に生きていたことは想像できた。
そして明確なことは一切不明だが、結果があの刺殺死だったのだろう。
「そうか、では教えてあげよう。前々世の君は、このブラックウェル公爵家の次男だった。そして今の僕、レオポルドの曽祖父の弟だったんだよ」
「――――! で、では、あのとき私が見た肖像画は?」
私が使用人として掃除をしていた際に見かけた、布が被されていた肖像画のことだ。
「お察しのとおり、前々世の君、マリウス・ブラックウェルだね」
「やはり……」
あの肖像画を目にしたとき、直感的に『あれは過去の自分』だと思った。
普段であれば、そのまま記憶が蘇るのだが、肖像画に関しては勘が働く以上のことはなかったのだ。
そして私の置かれた状況もあり、深く考えることもなく、いつの時代のどんな人物か分からず終いだった。それにしても、そこまで近い血筋だったとは……。
「そして巻き添えで死んだ男爵令嬢について言うと、彼女は君の曽祖父の妹、レオナ・シモンズだよ」
「レオナ……シモンズ……」
「前々世の僕だよ」
「――――なっ!」
これには絶句した。
私がブラックウェル家の者だったことは、あの肖像画で察しが付いていた。
しかし、巻き込まれて一緒に死んでしまった令嬢が、前々世のレオポルドだったことも驚きだが、シモンズ男爵家の者だったと聞けば、その驚きは先程の比ではにほど大きい。
私とレオポルドは、常にブラックウェル家とシモンズ家に関わっていたのだ。
前々世は、私がブラックウェル家の子息、レオポルドはシモンズ家の令嬢。
前世は、私がブラックウェル家の愛妾、レオポルドはシモンズ家に嫁いだ。
そして今世、レオポルドがブラックウェル家の子息、私はシモンズ家の令嬢。
これは偶然なのだろうか?
「では、レオナだった僕が知っているマリウス・ブラックウェルについて教えてあげよう」
「…………」
言葉も出ない私は、ただゆっくりと頷いた。
「こういう言い方は失礼だけれど、マリウスは公爵家の権力を笠に着たクズだった。そんな彼は、立場の弱い私娼に暴力を振るい、怯える彼女たちを見て興奮することを覚えた。しかし、金で媚びる女はつまらないからと、貴族学院に通う低位貴族の令嬢に手を出し始めた」
この時点で、当時の自分がクズだったことがよく分かる。
「マリウスは公爵家の子息という立場だ、男爵令嬢などは本来ならお近づきになれない。しかも彼は、見目の整った美男子だったからね、声をかけられた御令嬢はホイホイ彼に従っていたよ。しかし、結婚するまで純潔を守ろうとするのが貴族令嬢だ。だがそれでも彼は、甘い言葉でそれを奪った。さらに、鞭を振り彼女たちを甚振るおまけ付きだ」
嫌だ、聞きたくない。そう思い、耳を塞ぎたい私だったが、体が動いてくれない。それにも拘らず頭だけは動いており、勝手に記憶が蘇ってきてしまう。
そう、マリウス・ブラックウェルだった頃の私は、快楽だけを求めていた。
しかも私の求める快楽とは、閨事などほんのおまけで、苦痛に満ちた女性の表情を見て愉悦に浸り、許しを乞う声に心を震わせていたのだ。
とんでもない変態野郎ではないか。
「それでも僕は、マリウスが君だと気が付いた。だから他の令嬢が君を恐れ、身を隠したり逃げ出したりしても、君の傍に居続けたんだ。――人を愛することを忘れてしまった君に、どうにか思い出させたかったから」
「……どうしてレオポルド様は、そこまでして私に愛を?」
前世のことだけでは説明が足りないということで、前々世の話をしだしたレオポルド。だがここまで聞いても、彼が私に愛を教えようとする理由がのか分からない。
一体どういうことなのだろうか?
「それはね――」
レオポルドがいつになく真剣な表情で、ゆっくりと口を開いた。




