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第33話 肉団子

 いよいよ実家に向かう当日、改めてトムから『絶対に実家以外で馬車から降りるな』的な注意を受け、私は馬車に乗り込んだ。

 同行者は御者と護衛、専属侍女母娘の四人で、馬車には敢えて公爵家の紋章を掲げず、お忍び的な移動となっている。


 私の重い気持ちとは裏腹に、馬車は軽やかに走り続け、思ったより早く実家であるシモンズ家の王都邸についてしまった。


「はぁー……」

「ご気分でも悪いのでしょうか?」

「大丈夫ですかマリアンヌ様ぁ?」


 馬車を降りる際、私が不用意にため息を吐いてしまったことでノーラに心配されてしまい、リリーも心配そうな顔をさせてしまった。


「ひ、久しぶりの対面だと思うと、なんだか少し緊張してしまったの。体調に問題はないわ」

「もしご気分が優れないようであれば、すぐに伝えてくださいませ」


 (つたな)い言い訳だったが、どうにか誤魔化すことができたようだ。――ノーラは訝しげな目でこちらを見てくるが……。


 私は意を決して実家に入る。

 見たことのない使用人が出迎えてくれたが、レオポルドからの援助金で雇ったのだろう。――そんなことに使うのではなく借金を完済しろ、と言いたいが、顔を合わせたらそんな強気の言葉は出せないと自覚している。


 シモンズ家の使用人に案内され、久しぶりの応接室に足を踏み入れた。

 困窮していたはずなのに、随分と調度品だらけになっている。

 もしかすると、グロス伯爵家にまったく返済していないのではないだろうか。

 ただ部屋に入っただけにも拘わらず、私は一気に気が重くなった。


「お久しぶりでございますお義母様。――ドミニカも久しぶりね」


 私は淑女らしくスカートを摘まみ、しっかりカーテシーをしたのだが、ソファーに腰掛けたままの継母は、相変わらずふてぶてしくフッと鼻を鳴らすだけだ。


「挨拶などいいから、そこにかけなさい」


 継母から一切の挨拶もなく、すぐに着席を促された。

 せめてもの救いは、私がいつも座らされていた背もたれのない木のイスではなく、ソファーを勧められたことだ。

 ノーラ達の前で、あのようなイスに座らされてはいろいろと心配をかけてしまう。それは非常に申し訳ないことなため、取り敢えず回避できたのは幸いだ。


「貴方たちは下がりなさい」

「シモンズ男爵未亡人、私はマリアンヌ様の専属侍女でございます。外出先でお側を離れるわけにはまいりません」


 お茶の支度をした自家の使用人を下がらせた継母は、ノーラとリリー、護衛にも下がれと言い出した。

 しかしノーラは毅然とした態度で断る。だがそれは拙いので、私が下がらせようとしたところ、先に継母が口を開いてしまう。


「マリアンヌはまだシモンズ家の者よ。むしろここが実家であって、公爵家の方は単なる外出先にすぎない。それが公爵家に仕えているとはいえただの使用人が、マリアンヌの実家でその邸の主に意見をするとは、いったい何事ですか!」

「お義母様、お待ちください! ――貴方達、ここは我が家です。家族水入らずでお話をするので下がっていなさい」

「……かしこまりました。――シモンズ男爵未亡人、大変失礼いたしました」


 怒りで肩を震わせる継母を止め、侍女と護衛を退出させた。

 リリーは肉団子のような継母の迫力に驚いたようで、少々顔色が悪い。

 ノーラは不承不承といった感じであったが、素直に引いてくれたのは助かった。


「公爵家から援助金は届いていますが、マリアンヌから一切連絡が無いのはどういうことなの?」


 継母は前置きもなく、いきなり尋問を開始した。


「話し合いの日程を伺いに行きましたところ、その日の内に公爵と面会が叶い、そのまま公爵邸でお世話になってしまったため、ご連絡ができませんでした」

「マリアンヌは監禁でもされているの?」

「そのようなことはありません。公爵家で勝手なことをするのは憚られるため、手紙など書けなかったのです」


 実際は、早々に縁が切れたと思って忘れていたが、何よりいきなり公爵家で生活することになったのだ、私とて不安で不安でたまらなかった。

 どうでもよい継母のことを考える余裕などなかった、というのもまた事実だ。


「そんな言い訳が聞きたい訳ではないの。どうして後妻ではなく、新公爵の婚約者になっているのよ!」


 社交の場に出ない継母が、なぜそのことを知っているのか疑問に思ったが、それくらい大きな噂になっているのだろう。


「それは、私も王宮の夜会で初めて知ったのです」

「何故その時点で連絡しないの!」

「ですから、そのような事はできなかったのです」


 鬼の形相をした継母に対し、私は対等に言い合えている。

 もしかすると、公爵夫人講習のお陰で私は成長したのかもしれない、そんな気がした。


「そもそも送られてきた書状に、後妻と記載されていなかったと言うではありませんか。それはお義母様が勝手に勘違いしただけです」


 調子に乗ったわけではないが、今度は私が口火を切った。


「マリアンヌの分際で、このあたくしを批判するとは生意気なっ」


 継母は肉団子とは思えない素早さで立ち上がると、即座に右腕を振り下ろす。

 いつの間にか握られていた枝鞭がヒュッと空気を切り裂き、私の左肩に直撃した。


 今までの継母は、必ず私の背後に周って背中を打ち付けていた。

 それが今回、初めて正面から鞭を肩に叩きつけたのだ。

 そのことに驚きつつ、それを上回る恐怖が私の体を支配する。こうなってしまうとやはり駄目だ。

 先程までは少しだけあった余裕も、今は微塵もなくなっていた。


「あの書状には、娘をよこせと書いてあった。だからシモンズ家からドミニカを出すわ。マリアンヌは辞退なさい!」


 継母が鬼のような形相で迫ってくる。その迫力たるや、早々に心の折れた私には、国王の威圧感をもしのぐものに感じた。


 私は愛を知りたい。レオポルドの役に立ちたい。公爵家の皆と幸せになりたい。そんな気持ちが芽生えていた。だからレオポルドと離れるのは嫌だと思うも、恐怖心に勝てない。

 継母に対する恐怖は、私の意思とは無関係に心を支配する。

 だがそれでも抗う。なけなしの勇気を振り絞って。


「し、しかしお義母様、資金援助等の契約を結んでおります」

「そんなの、ドミニカが再契約すればいいだけの話よ」

「ドミニカはシモンズ家の跡取りなのではないですか?」

「マリアンヌが後を継ぎ、グロス伯爵家のズリエルを婿に迎えればいいわ」


 どうしてここで、元婚約者の名前が出てくるのか分からない。


「ドミニカが嫁いで再契約することで、公爵家の援助は受けられるわ。それでマリアンヌがズリエルを婿に迎えれば、伯爵家の借金も持参金の分が減ってほとんど無くなる。これはズリエルも納得しているのよ」

「――――!」


 そういうことね。夜会で偶然再会したズリエルが、公爵家のことなどをお義母様に話したのね。

 斜陽公爵家などと言われているブラックウェル家でも、シモンズ家に援助金を出せるくらい復興している、だから金には困らない、そう思ったのかもしれないわ。

 地味な私のことは目を瞑り、男爵位を得て公爵家からも援助を受ける。ズリエルらしい考えだわ。


「分かったらズリエルと話し合いなさい」

「……あ、会いたくありません」

「ふざけたことを言うんじゃないわよ!」


――ピシッ


 先程より強い力で鞭を打ちつけられた。

 この一撃は、どうにか抗っていた私の心を打ち砕いてしまう。

 そして一気に萎んでしまった私の反抗心は、一切の抵抗を止めてしまった。


「隣の部屋でズリエルが待っているわ。すぐに行きなさい」


 言葉と共に、ヒュンと言う音が耳に入る。

 ズリエルがこの邸で待機しているということに若干驚くも、そんな些事は気にならない。私は大人しく従うしかないのだから。

 そして何より、部屋一つとはいえ継母と離れられる。

 若草色の瞳で私を睨み就ける肉団子と、これ以上同じ空間にいたくないのだ。


 すべてを諦めてしまった私は、かつての婚約者が待っている部屋の扉を開けた。

 この後どうなるのか考える余裕もなく――


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