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第30話 改めて

「あのぉ~、レオポルド様?」

「なんだい?」

「退屈ではないでしょうか?」

「いや、こんな風にゆっくり過ごすのが僕の日常だったからね。むしろ最近は忙しかったから、久々に本来の生活に戻れた気がして清々しい気分さ。しかもマリアンヌと一緒なのだから、僕は凄く楽しいよ」


 レオポルドの連休三日目は、私がどのような生活を送っているのか見たいと言われ、普段どおり自室でのんびり新聞や情報誌を読んでいる。

 ただ今日は、情報が頭に入ってくれない。というのも、レオポルドが一緒にいるため、彼が気になって集中できない上に、そわそわして落ち着かないのだ。

 それもこれも、昨日ノーラに聞いた話から思い出した記憶によって、無意識に防衛本能的が働き、必要以上にレオポルドを意識してしまっているように思う。


「マリアンヌはいつも読書をしているのかい?」

「読書と言いますか、新聞や情報誌から情報を集め、私なりにメモを纏めたりしています」

「どんな感じで纏めているのか見ていたいな」

「え、でも……」

「僕はいつものマリアンヌを見たいんだ」


 そう言われてしまうと断れない。


「わかりました。――ノーラさん、紙とペンを用意してくださいますか?」

「かしこまりました」


 私は振り返り、ソファーの後ろで佇んでいるノーラに声をかけた。

 するとレオポルドが口を開く。


「マリアンヌの口調は(あるじ)らしくないね」

「ノーラさんはブラックウェル公爵家の使用人で、私は公爵家の者ではないですから……。そもそも私は使用人として雇われたつもりでいたので、一番下っ端の私は誰にでも敬語を使っていましたし……」


 そんな私が急に偉そうな口調にすると、逆恨みされそうで怖い――とは言えないのよね。


「坊ちゃま、私から一言よろしいでしょうか?」


 紙とペンを手にしたノーラが戻ってきたのだが、何やらレオポルドに物申したいようだ。


「ノーラ、僕はもう公爵家の当主になったのだから、坊ちゃまは止めてほしいね」

「失礼しました旦那様。それで……」

「うん、なんだい?」

「はい。母は旦那様のお言葉を尊重し、マリアンヌ様の言動はすべて是としていたようですが、やはり、お言葉遣いは矯正した方がよろしいかと」

「母?」


 ノーラの発言そのものより、”母”という言葉に引っかかりを覚え、私はつい言葉を口にしてしまった。


「ああ、ノーラの言う母とはケイトのことだよ」

「え! ケイトさんとノーラさんは親子だったのですか?」

「そうだよ。――ねっ、ノーラ」

「左様でございます」


 ノーラとリリーは、髪や瞳の色合いが同じというのもあるが、何より顔自体がよく似ている。だから初対面のときに、親子だと言われる前に親子だとわかった。

 しかしケイトは、全頭が白髪で地毛の色が分からない上に、顔があまり似ていないため、ノーラと親子とは思いもしなかったのだ。

 だがよくよく思い出してみると、ケイトの瞳も灰褐色であった。

 一応、類似点はあったということだ。


「ノーラさんはケイトさんとあまり似ていないのですね」

「はい。私は父に似ており、母とは瞳の色くらいしか似ておりません」

「コホン。それより、マリアンヌの言葉遣いとは?」


 私とノーラの会話にレオポルドが横槍を入れてきた。


「失礼しました。――マリアンヌ様は公爵夫人となられるお方です。そのような方が、使用人に敬称を付けて呼び、敬語で話しかけ、しかも頭を下げるのですから大問題です。王族を除けば貴族の最高位である公爵家、その夫人であればもう少し毅然とした態度や言葉遣いをするのは、とても大切なことであり当然でございます」


 確かに、公爵夫人がペコペコするのは良くないだろう。ノーラの言い分はわかる。

 しかし私は、できれば横柄な態度をとりたくない。

 それは邸の使用人に対してもそうだし、今後参加するであろう社交の場でもだ。


「旦那様は長く療養しておりました。それにより社交を行なっていませんが、一応(・・)場に応じて言葉の切り替えができます。そして、平時の言葉遣いは誰にでも気安いものですが、決して(へりくだ)っておりません。――できましたら、平時の旦那様にももう少し毅然とした態度を望みたいのですが……。とにかく、マリアンヌ様には言葉遣いや態度を改めていただく必要があると存じます」


 ノーラの言葉はレオポルドにも多少向いていたため、彼は若干苦笑いしている。

 それでも彼女の言い分に納得したのか、ウンウンと頷いているのだ。


「僕付きになる前のノーラは、普通の侍女教育以上の教育を受けていたんだよね?」

「そうでございます」

「そのノーラが言うのであれば、マリアンヌの改善は必要なのだろうね。僕としては、誰にでも丁寧に接するマリアンヌが好ましくあるのだけれど、簡単に頭が下がってしまうのは、些か気にはなっていたんだ」


 そういえば公爵邸で初めて会ったとき、レオポルド様に『簡単に下がる頭が使用人向き』みたいなことを言われたような気が……。


「ということで、マリアンヌはこれから、公爵夫人に相応しい態度や言葉遣いを意識してね」

「はい、わかりました……」


 甘いレオポルドであれば、私が嫌だと言えば取り消してくれるかもしれない。だがそれは、長い目で見れば私にとってマイナスなような気がする。

 ならば、他の使用人に恨まれることのないよう気を付け、毅然としているが横柄ではない態度で接するよう、意識した方がよいだろう。

 通常生活での注意点が増えたが、これも長生きするためには必要なことだ、頑張るしかない。


「さて、その話は終わりにしよう。――マリアンヌ、改めて続きをしてくれるかい」

「わかりました」


 気分は盛り下がっているが、情報収集に没頭した方が無駄なことを考えないだろう、そう思った私は、考えることを止めて新聞に目を通した。



 暫く集中してメモを取っていると、お茶にしようとレオポルドに言われ、私はそっとペンを置いた。


「マリアンヌはどうして情報収集なんてしているんだい?」

「私は田舎の男爵令嬢で、王都にきてからも殆ど社交をしていません。なので情報に疎いです。ですがそれではいけないと思い、少しでも貴婦人になれるようにと……」


 優雅に紅茶を楽しんでいるレオポルドは、私の行動に興味があるようだ。


「マリアンヌは勉強熱心なんだね」

「そんなことはありません。少しでもレオポルド様のお役に立ちたいという思いですので、どちらかと言うと打算的な行動なのですから」


 できることならレオポルドに情報収集していることを知られず、集めた情報を利用して私が使える駒だと証明したかったのだが、成り行きで情報収取をしている事実を知られてしまった。

 であれば敢えて謙虚に、それでいてレオポルドのためだと伝え、心象を良くしておこうと思ったわけだ。


 休憩後はレオポルドも情報誌に目を通し、「こんなのが流行っているんだね」などと話しかけられて会話が弾み、なんだかんだ楽しい時間を過ごしてしまった。



「一時はどうなるかと思ったけれど、とても有意義な時間が過ごせたわ」


 ここ数日、寝る前の一人の時間に独り言を口にするのが日課になってしまった私は、無意識に独り言をつぶやいていた。


「それにしても困ったものね。警戒しなければならないというのに、気が付けば普通に楽しんでしまっているわ。もう少し気を張らないと……と思っても、いざレオポルド様と一緒にいると、その場の空気に馴染んでしまうのよね。厄介だわ」


 楽しいけど楽しんでばかりではいけない。

 そんな相反する気持ちをどうにかしないと、と思いながらどうにもできていないのが気がかりだ。


「相変わらず明日の予定が分からないけれど、明日こそは流されないようにしないと駄目ね」


 自分に活を入れた私は、レオポルドの連休最終日である明日に備え、ふかふかの布団で眠りに就いた。


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