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第22話 婚約者?

「マリアンヌ、随分といい身分になったもんだな」


 派手な山吹色の髪を短く刈り上げた無駄に体格の良い男性が現れ、鈍い輝きを放つ鉛色の瞳で、私を睨み付けるようにそんなことを言ってきた。


「…………い、いえ、別に、そんな……」


 毅然とした態度で臨みたいのだが、機嫌を損ねてはいけない相手だとずっと思っていたせいか、意図せず吃ってしまう。

 気持ちはともかく、心がこの男性に怯えているのだ。


「俺に捨てられて半年そこらで、もう次の男か。地味なくせに、とんだあばずれだったな」

「それは、たまたまで……」


 元婚約者だった男性――ズリエル・グロス伯爵子息は、私の頭からつま先までを舐め回すように観察して言う。

 そして侮蔑の色がありありと出ている目が、私の体の一部で止まる。


「その無駄にデカイ胸を使って籠絡したのか? この尻軽女が!」

「そ、そんなことしてません……よ」


 酷いことを言われたのだが、私は強く言い返す事もできず、あまつさえ媚びるような笑みまで浮かべてしまった。


「チッ! その感情の籠もっていない笑顔が昔からムカついていた。――お前、俺のことを馬鹿にしてるだろ?」

「馬鹿になどしていません」

「嘘を吐くな!」

「痛っ」


 ズリエルの伸ばした右手が私の左腕を掴む。

 ただそれだけのことなのだが、馬鹿力のズリエルに握られた腕が痛い。


 私は精神的な苦痛なら、余程のことでなければ堪えられる。だが肉体的な苦痛は駄目だ。

 過去に受けた痛みが蘇り、一気に恐怖が全身を駆け巡る。そうなってしまうと気持ちも弱まり、抗うこともできずに体がガタガタと震えてしまう。


 『誰か助けて』そう思うも、誰も助けてくれないことを知っている。

 だからといって、振りほどこうという気力も起きないし、仮にその気になっても筋力で敵うはずもない。

 どうにもならない状況に、私はただ震えるだけしかできないでいた。

 と、その時――


 ズリエルに掴まれていた私の腕が上に引っ張られた。

 私は俯いていたまま視線だけ少し上げると、誰かがズリエルの腕を掴んで居る。


「僕の婚約者に何か?」


 そんな優しくも力強い声も聞こえた。

 さらに視線を動かした私は、声を発した人物を見やる。その人物は、笑みを湛えながらも剣呑な空気を纏ったレオポルドだった。


「――っ! 何だお前は?!」

「彼女の婚約者だけれど。――それより、僕の婚約者を掴んでいる手を離してくれるかな」

「なっ! こいつの婚約者だと?!」


 ズリエルが困惑の表情を浮かべている。

 私をあばずれや尻軽女と言っていたくらいだ、当然レオポルドの顔も見ているものだと思っていたが、この反応を見るにそうではなかったようだ。

 そして私は私で、レオポルドの言葉があまりにも突飛過ぎて、驚愕に口を開いてしまっている。きっと今の私は、ものすごく間抜けな表情をしているだろう。


「そう。マリアンヌ・シモンズ男爵令嬢の婚約者、レオポルド・ブラックウェルだよ」

「ブラックウェル…………公爵家の?!」


 レオポルドの名を聞き、ズリエルは私の腕から手を離した。

 するとレオポルドは、ズリエルと私の間にすっと移動し、私を背後に庇うような立ち位置になる。

 私は背後に壁、眼前はレオポルドの背中という窮屈な空間に挟まれたが、その窮屈さに安堵した。


「手を離してくれてありがとう」


 レオポルドが礼を言うようなことではないが、彼はさらっとそんな言葉を言ってのけた。

 もしかしてズリエルを煽っているのだろうか?

 ズリエルは脳まで筋肉でできているような馬鹿な男だ。レオポルドに手を上げるかもしれない。

 私はズリエルの表情が気になるが、レオポルドという壁を前にしているため見えず、仕方なく少しスペースのある左に一歩移動する。


「え?」


 移動した際、周囲の人々が視界に入った私は、小声で間抜けな声を出してしまった。

 というのも、随分と多くの視線がこちらに向いていたからだ。


 私とズリエルのいざこざの時点で注目を集めていたのか、はたまたレオポルドの姿が人目を惹いたのか分からない。しかし、大注目を浴びているのは確かだ。

 そして私が気になっていたズリエルはというと、唖然とした表情を浮かべていた。


 憮然とした表情しか私に見せなかったズリエルの珍しい表情を見たことで、私は自分がただ事ではない状況下にいることを思い出す。


 そいいえば私、レオポルド様の婚約者だと言われていたわよね?

 えっ?! ど、どうして私がレオポルド様の婚約者なの?


 現状は理解できたが、レオポルドが私を婚約者だと言った意味が理解できない。

 そんな私を他所に、周囲の野次馬とでも言うべき貴族がなにやらざわつき始める。

 困惑する私の耳にも、その音が声として入ってくると――


「次期公爵夫人が男爵家の令嬢?」

「家格が釣り合っていないわ」

「どうしてあんな良い男があんな地味な女を?!」

「ブラックウェル家の嫡子を始めて見た」

「公爵の嫡男がなぜ男爵令嬢などと……」


 どれもこれも、私にとって好意的とは思えない言葉ばかりだ。

 だが当の本人である私が、公爵家の嫡男と婚約しているなどと思っていない。そのため、当事者である私に当事者意識がないのだ。


「…………」


 記憶が間違っていなければ、私は公爵の後妻になるためにブラックウェル家へ赴いたはず。そしてレオポルド様は、私の義息になるはずだった……のよね?

 それがどうして、私がレオポルド様の婚約者になっているの?

 まったく理解が追いつかないわ……。


 周囲の声を聞き流し、私は自分の状況を考えてみるが、脳が思考を拒否しているかのように働いてくれず、理解するどころか益々混乱してしまう。


 そんな私を救おうとした……わけではないだろうが、レオポルドがさっと右手を上げた。

 たったそれだけの動きであったが、周囲の喧騒がピタッと止んだ。

 凄いわ、などと場違いなこと考えている私を他所に、レオポルドが上げていた手を下げると、彼と私に半々くらいで向いていた視線のすべてが、レオポルド一人に向かっている。


 注目を一身に浴びるレオポルドは、いったいこれから何をする気なのだろうか?


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