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第16話 お客様

――ブチッ、ブチブチッ、ブチッ!


「!!」


 これよこれ! この雑草を引き抜く感覚が心地良いわ。

 そういえば、こんな風にしゃがみこみ、大地と触れ合うのはいつ以来だったかしら? 随分と遠い記憶のような気もしてしまうけれど、とにもかくにも心が落ち着く……いや違うわ、心が踊っているのだわ。


 自室から見える中庭が、少々荒れていたのが気になっていた。だから私は、庭の手入れも仕事の一つだと判断し、草むしりの作業を買って出たのだ。

 そんな中庭の一画で、私の髪と瞳の色である土に触れていると、使用人として仕事中だということも忘れ、浮かれ気分でただひたすらに草を抜いてゆく。


「ふぅ~。……マリアンヌ様、あまり無理はなさらないでくださいね」

「あ、はい」


 私の気分が時間の経過と共に徐々に盛り上がってしまい、ガッツリ草むしりに没頭していると、年嵩の侍女ケイトが自身の腰を叩きつつ声をかけてきた。

 彼女は私を監視する役目を担っている。それもただ見ているだけではなく、私と一緒に作業をしているのだ。

 田舎娘の私にとって、草むしりは楽しい作業なのだが、公爵家の侍女がする仕事ではないだろう。それなのに、私のせいで付き合わせてしまっている。

 しかし、今の私が自信を持ってできる仕事は、これしか思い浮かばなかったのだ。


 ゆっくり仕事を覚える時間があれば良かったのだが、どうやら私は試されている。ならば、失敗しない作業を選ぶしかない。

 結果的に、消去法で残ったのがこの草むしりだったのだ。許していただきたい。


――ブチッ、ブチッ、ブチッ!


「…………」


 気不味いわ。私は楽しいのだけれど、少々お年を召されているケイトさんは、この作業を長時間続けるのは大変なのでしょうね。

 考えて行動することも見られているようですし、ここは私から切り上げるよう提案すべきだわ。


「そろそろ終わりにいたしましょうか」

「マリアンヌ様がそう仰るのでしたら、そういたしましょう」


 どうやらこの判断は正解だったようだ。

 如何にも”侍女の鑑”といった感じのケイトは、普段は表情が一切替わらない。だが今、ほんの一瞬だけ安堵の表情を見せていたのを、私は見逃さなかった。

 そして、数名の若い侍女はあからさまに安堵している。本当に申し訳なく思う。


「そういえば、この邸に従事している方々は、比較的若い方が多いですね」


 私は素朴な疑問を口にした。


 レオポルドが『使用人が少ない』と言っていたことは覚えているが、実際に巨大な公爵邸に対して使用人は少ないと思う。それでいて、見かける使用人は私と同年代くらいの者が多いのだ。

 もしや、”呪われた公爵家”の嫌な効果は、後妻だけではなく侍女にも及んでいるのだろうか?

 ブラックウェル公爵家に勤めると、数年で命を落としてしまうために、常に新しい人材が投入されている可能性が……そんな嫌な予感が頭を過る。


「私が新人の指導にあたっている都合上、マリアンヌ様のお目に入る範囲内に、若い見習いが多いのです」

「そうなのですね」


 どうやら、たまたま私の近くにいる侍女が若いだけなようだ。

 変な勘ぐりで自分の精神を圧迫してしまわないよう、私は”呪われた公爵家”の嫌な効果は、侍女に及んでいないと思うようにした。




「…………」

「どうぞお召し上がりください」


 なぜだろうか、私はまたもや食堂で一人ポツンと腰掛けている。

 

「皆さんのお食事は?」

「従者用の食堂で賄いをいただいております」


 昨日の昼食でも思ったことだが、私の食事はどう見ても賄いとは思えない。

 今も多種多様な食材の乗った皿が、いくつも目の前にある。


「私も皆さんと同じ使用人なのですが……」

「何を仰います。マリアンヌ様は貴族令嬢であり、現状はお客様でございます」


 ケイトの言い分から察するに、私は正式な使用人として認められていないことが判明した。そして借金まみれとはいえ、私も一応は貴族令嬢であるため、このようなお客様待遇であることも。


 私は危機感を抱いた。

 このままのお客様待遇では、レオポルドが戻ってきても、正式な使用人として認めてもらえないような気がしたからだ。

 これは極めて拙い状況と言えよう。


 今の私は、レオポルドの目であるケイトの評価を意識するあまり、できることだけをやろうとしていた。

 だがそれでは駄目だ。失敗を恐れていてはいけない。そう思い直し、できないことはできないとハッキリ伝え、仕事を教えてもらった方が良いと判断した。

 食事も、皆と一緒にとった方が良いに違いない。


 私は親しい関係の者に殺される可能性があるため、必要以上に他人と親しい関係を築いては駄目だと思っている。だから、独りぼっちが寂しいなどと感じない。

 孤独は寂しいことではなく、身を護る手段だ。わざわざ一緒に食事をとる必要はない。むしろ危険な行為と言えよう。

 しかし、私だけお客様料理をいただくことは、他の使用人に僻まれるなど、悪感情を抱かせてしまう可能性がある。後々対等な使用人の立場になった際、私自身が不利になってしまうだろう。

 であれば……。



 いろいろと考えた結果、私はケイトに『仕事を教えてほしい』と頼み込みこんだ。

 元より私には、貴族としてのプライドなどない。簡単に頭は下げられる。

 食事も他の従者と一緒にしてもらうことになった。


 それからは、草むしりをすることはなくなり、侍女としてのあれこれを教わる日々が始まった。

 食事も見習いの皆と一緒になり、多少なりとも打ち解けられたと思う。

 見習いの皆は私に対して少し固さがあるものの、貴族と平民であれば仕方のないことだと割り切る。むしろ、馴れ合う関係まで近付かないのは好都合だ。


 見習いは仕事そのものもそうだが、お辞儀の仕方や気配せなど、侍女として必要な作法も教わる。私の目一杯腰を折るお辞儀は、ケイトに何度もダメ出しをされて改善した。

 確認の為、レオポルドに言われていた立ち入り禁止区域にも、一度だけ近付いている。屋内にも拘わらず、物々しい装備に身を包んだ衛兵が本当にいたので驚いてしまった。



 そんなこんなで、仕事と作法を教わる日々を過ごしてひと月くら経ったある日、私はとある一室の掃除にすることに。

 今日はケイトと別行動の日だ。

 掃除はかなりこなせるようになったが、高級品の扱いにはまだ緊張してしまう。

 間違って破損させることのないよう、私は気を引き締めて作業に取り掛かった。


「……かなり埃っぽいわね」


 薄暗いままでは作業しにくいため、カーテンを開けて外の明かりを取り込んだのだが、この部屋はあまり手入れがされていないのか、光に照らされたことでかなり埃が舞っていることに気付く。そしてここが、物置部屋であることも。


「高価な物がなければ良いのだけれど、公爵家にある物なんてどれも高価に決まっているわよね……」


 万が一にも壊してしまう訳にはいかない。

 私は少しだけ気が重くなるが、丁寧な仕事を心掛ければ済むことだと思い、いつにも増して慎重に作業を開始する。

 区画毎にしまわれている物が違うようで、私は手前の区画から順に作業をこなしていった。


「これは絵画ね。この邸には沢山の絵が飾られているけれど、この部屋の感じからすると、頻繁に掛けかえているのではなく、外した絵がここにしまわれているのかしら?」


 大きな額縁が多くある一画を見ながら、私はそんなことをつぶやく。

 とりあえず、剥き出しになった額縁の上辺の埃を落とし終わると、最奥に布がかけられた額縁を発見した。

 わざわざ布が被せられているのだ、きっとこの額縁は他の絵画より高価なのだろう。


 気をつけねば、そう思いながら額縁にかかっていた布を捲る。

 周囲に気を配りながら、布を叩いて埃を落とすと、私は再度布を額縁にかけようとした。

 しかし、額縁に収まっていた絵を見て私は硬直してしまう。


「これって――」


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