ふたり一緒に
約束の日。
二人は、お互いの両親に連れられて、二人が恋人になった場所に来ていた。
しかし、そこには、ひとつの変化があった。
あんなにも大きかった桜の木が無くなっていた。
残っているのは、とても大きな切り株だけ。
二人は少しだけ悲しい気持ちになって、どちらからともなく手をつないだ。
「きよか。あの石、やっぱりないね」
「うん、けど、絶対にあったよ」
「おれも、そう思う」
両親にはわからない、二人だけのヒミツの会話。
見晴らしのよくなった、大切な場所で、二人は会話を続ける。
「洋くん。そろそろこいびとは終りにしない?」
「え?」
少女からの提案。
その意味を、なんとなく理解して、少年は首を縦に振る。
「ね、父さん。そこの花とって」
「これか?」
「うん」
少年は、父親に頼んで、切り株の端に咲いていた冬の花を摘んでもらう。
少年はかじかむ手で、花をくるくると巻いていく。
「なにしてるの?」
「ないしょ」
少年は母親の問いにそう答えて、作業を続ける。
出来たのは、花で出来た輪だった。
「きよか。ゆびわ、これでいいかな?」
「うん、ちょっと大きいけど。かわいい」
それは、本当に少し大きくて、少女の薬指にきっちりとあわなかった。
それでも、少女は嬉しそうに笑う。
「よかったわね。きよか」
「うん。わたしお嫁さんになったの」
少女の無邪気な言葉。
それは、母親の胸を打つ一言。
「ねえ、父さん母さん」
「なに?」
少年は、両親に語りかける。
「おれ、もうきよかと一緒になっていいかな?」
「え?」
「おれ、もう十分がんばったと思うんだ。ごめんなさい」
「洋介……」
「そんな、まだ大丈夫でしょ?」
「ううん。ほんとはもうずっと前に、さよならしなきゃならなかったんだ」
「ね、洋介、嘘って言ってよ。そんなのダメよ。母さん洋介がいなきゃだめなのよ」
「おい、やめとけ。洋介の顔をみろ。男の目だ。だから、お前がそんなじゃ、洋介は、安心できないじゃないか……」
そういう父親の声も、母親と同じように震えていた。
「な、洋介。お前は、お前の大切な人と一緒になりなさい」
「うん。ありがとう。父さん」
「母さんのことは気にしなくていい。俺がいるんだから」
震える声で、少年にそう言いながら、父親は泣き崩れる母親を抱きしめていた。
「お父さんお母さん。わたしもう、ダメなの……」
「そっか、清果は、がんばったもんね」
「うん、ほんとはもっともっと早くに終わってたけど、わたし今までがんばれたから」
「心残りはないの?」
「うん、わたしの夢は全部叶ったから」
「そうなんだ。お母さん。清果に何もしてあげられなかったと思う。ごめんね」
「ううん。私は幸せだったもん。あやまらないで」
「わかった……。ほら、お父さんも、何か言ってやって」
「清果……っく。怖くないか……、苦しくないか……お父さんに何かできる事はないか……」
「ありがとう、お父さん。怖いけどわたしには洋くんがいるから。だいじょうぶだから、泣かないでよ」
「ほら、娘に気を使われてちゃ情けないわよ……」
「そういうお前だって、泣いているじゃないか」
「……うっ……、仕方ないじゃない。娘が、死ぬのに、泣かない母親なんていないわよ!」
少女の両親は、泣きながら、少女を抱きしめた。
少年と少女は、両親との最後の会話を終えた。
二人は、また手を繋ぎ、車イスに座りながら並んでいた。
二人の両親は、少しだけ後ろで、二人のことを見つめている。
「ねえ。もうおわりだね」
「うん。きよかはだいじょうぶ?」
「洋くんこそ、だいじょうぶ?」
「わからない。けど、きよかがいるから」
「うん、だったらわたしもだいじょうぶ」
「じゃあ、行こっか」
「うん」
二人は、同時に目を閉じる。
すっと意識が遠のいて行く。
寒い冬、無くなった桜の巨木と同じように、二人も亡くなる。
二人の魂は、この桜の森に溶けていく。
全てが終わった後の二人の亡骸は、寄り添うように、お互いの肩に頭を乗せるように、重なりあった。
「本当に、あの子は、幸せだったんでしょうか……」
「わからないよ、そんなこと」
「もし、不幸せだったら、私は自分を許せません」
「信じてあげましょう。子どもたちを」
「子どもたちがいなくても、現実は止まらないんですから」
「そうですね。でも、せめて、子どもたちには、こんな場所よりも、もっと、どこか暖かい場所で、最後を向かわせてあげたかった……」
少年と少女の両親の会話は、それが限界だった。
お互いの両親は、自分の子どもへと駆けた。
その亡骸を、縋りつくように抱きしめる。
開けた森の空間には、長く4人の大人の泣き声が響いていた。
少年と少女の意識は、溶け合い混じり合い、どこか上へと昇って行く。
意識は曖昧で、自分が何者なのかもわからない。
一つだけ確かなのは、きつく繋いだ手だけ。
少年と少女の魂は、どこかへ向かって旅をしている。
その先に待っている場所はどこなのか、二人にはわからない。
けれど、二人はずっと一緒にいるのだろう。
この幼い二人は、もう別れることはない。
繋いだ手は、二度と離れることはない。
だから、二人が辿り着く場所は、どこか暖かい場所であることだろう……
入る者のいなくなった病室に、一冊の紙の束があった。
窓際のベッド、真白なシーツに紛れるように、その紙の束はあった。
それは、本だった。
作者は「花村清果」、タイトルはない。
文字は子どもの字で、漢字もひらがなも全ての文字が丸くて、可愛らしいものだった。
内容はラブストーリー。
幼い少女と少年のラブストーリー。
長いようで、短い物語。
その本の一番最後の一文には、こんな言葉がある。
『幸福だったことは幸福なまま、何にも妨げることは出来ません』
それは、少女が自分に向けての言葉だったのかもしれない。
たとえ、死んでしまったとしても、どんなに病気が苦しかったとしても、少年と過ごしたかけがえのない日々は、確かに幸せであったと、少女は記したかったに違いない―――
おわり




