一
XB-70。通称ヴァルキリーと呼ばれる爆撃機が上空をマッハ3にも迫る勢いで飛行したのを確認するほどの暇は、無い。
無線から聞こえてくる声に反応して、彼らが物陰へと隠れた直ぐあとには、耳を塞いでも鼓膜を破らんとする爆音が轟いた。
数秒して、未だに不調を訴える鼓膜を無視し、物影から所持していたM-16と呼ばれるアサルトライフルを3点射。
「アグイン軍曹以下4名は続け!」
歳にして20と少しの男の声に釣られ、四人の屈強な男達も同じくM-16を手に、発砲しつつも数十メートル離れた瓦礫へと走りこんでいた。
「アカサキ少尉!前方にてA級能力者の反応です!」
頭が、おかしくなりそうだと通信を受け取った彼が思いながらも、アカサキと呼んだ小隊長へと無線からの伝達を伝え終えるよりも先に、彼は舌打ちと共に空になったマガジンの交換をしていた。
1秒程で交換を終えたアカサキは、更に3点射を撃ち、思考を纏めた。
「作戦通り、スカイ小隊各位による能力者の足止めを行う!」
彼らは、一般の兵士だ。だからこそ、銃器を扱い、前線に立っていた。
「くそっ!能力者はまだかよっ!」
アグインと呼ばれた男が愚痴ってしまうのは、無理もなかった。
A級ほどの能力者であれば、無能力者だけで構成されている部隊ならば、1個中隊(100~200名程)でも、足止め程度にもならない。
それでも、本作戦にて能力者が現れた場合の足止めとして用意されているのは、彼らスカイ小隊、総勢35名なのだった。
「愚痴るな、アグイン。ただの足止めだ」
アカサキはアグインを嗜めつつも、同意していたのだった。
「(こっちは生贄扱いか…っ!)」
再び轟いた爆音は、そんな思考すらも許さない。
彼らの右手側に、着弾したのは2m程もある”紫の炎の塊”だった。
数百mは離れている場所に着弾、爆発したはずなのだが、一番近かった者の腕に飛び火して、悲鳴と共に転げまわった。
「落ち着け!」
アグインとアカサキを除く小隊員が危うく統率を乱しそうになったが、二人以外は今回が初の実戦だった。
アグインの怒鳴りにより、なんとか恐慌に陥る事を免れた彼らは、数十秒で消化を完了させたが直後にアカサキからの警告。
次は彼らの左手だった。先ほど同様、紫の炎の塊。
アカサキとアグインがそれを視認した直後、またも爆発。
「パープル、レッド小隊共に繋がりません」
能力者の出現報告から数十秒で、前線に送られていた2個中隊のうち、2個小隊が壊滅。
基本的には無能力者が物量で押し込み、文字通り少数精鋭の能力者は対能力者として起用するのが此処、「プレーロマ」と呼ばれる世界の戦争の常だった。
互いが互いの能力者の消耗を警戒し、先手を打つのを躊躇う中、敵はそれを決行していたのだった。
「紫の炎使い…。」
アカサキはそれだけを呟き、能力者が居る方へとフルオート射撃と共に、声を張り上げていた。
「アクナス大尉へ伝令!前線崩壊寸前によりプランDへと以降!」
他小隊からの銃声と交わり、不協和音を奏でるM-16の発砲音の中であっても、良く通るアカサキの声は、それでも冷静だった。
既に10を超える戦場を経験して尚生きている彼は、無能力者。
再びのマガジン交換により、彼の予備弾倉は底を付いていた。
そして、アグイン他小隊員もそれは同じ。
そんな状態での、能力者の登場だった。
「ふ、はははは!」
ふいに聞こえたのは、そんな笑い声。
戦場に似つかわしく無いほど、楽しそうに。
まるで、喜劇を見ているかのような、笑い声だった。
「無能共が、無駄な事してんじゃねぇってんだよっ!」
物陰から顔を出し、射撃体勢に入っていたアカサキの目に入ったのは五十m程の距離に、白と赤のラインの入ったシャツを着た、青い髪の男が笑っていたところだった。
ソレを目にした瞬間に、悪寒。
「っ!?伏せろっ!」
反射的に出た言葉は、何人に届いたか。
咄嗟に瓦礫から飛び出し、フルオート射撃にて応戦と共に跳躍。
アカサキが飛び出した直後には、男が瓦礫へと翳した左手に形成されていた紫の炎。
アカサキの銃弾はしかし、男に当たる事は無かった。
「派手に吹き飛べよっ!」
銃弾は男の1m程手前にて発火し、彼の元へとたどり着く間も無く、溶けて地面へと染みを作ったのと、炎が放たれたのは、同時。
が、アカサキにも男に銃弾が当たらない事は承知の上だった。
全弾撃ちつくしたM-16を即座に投げ捨て、持っていた手榴弾を投擲したのは、炎が放たれて間もなく。
放物線を描いて手榴弾が向かう先は、男では無く瓦礫の数m前方だった。
アグイン達が瓦礫から多少離れたところで伏せた直後に、手榴弾が爆発。
紫の炎による熱に、誘爆を起こしていた。
「あァん?」
爆発音の中で聞こえないはずの声が、アカサキには聞こえた気がした。
男の放った炎の斜め前方で起きた爆発は、炎の進行方向を僅かに逸らせ、瓦礫から数十m後方へと着弾、爆発したのだった。
爆風に顔を庇い、即座に腰に挿していたグロック17を抜く。
照準と同時に連続で発砲。
M-16とは違い、散発的な発砲に男はアカサキへとその注意を向けていた。
「てめぇ…何をした?」
ゆっくりと。戦場に似合わずゆっくりと歩き、怒りを露わにする男。
当然だろう。過去、無能力者が能力者を倒した者など居ない。
否。そもそもが、無能力者が能力者に勝てる道理は無かった。
今も尚、アカサキの銃弾は男に掠る事すら無く、溶けて地面へと雫となって落ちていく。
それなのに、男の攻撃は確かに”外された”
「くそがっ!」
アカサキの横から、怒声と共にM-16に付けられているグレネードランチャーが発射され、男の足元に着弾と同時に爆発。
「よっし!いくらA級でも、炎使いならっ」
最後まで言葉を発する事は、出来なかった。
男の居た地点より伸びた”炎の鞭”が、彼の腹部を貫通、炎上させていた。
「ちっ!プランDだ!さっさと動け、ウスノロ共!!」
その様子を見て、アカサキの怒声が響いた。
全くもって、プランに無い行動をしている小隊員達への怒声だった。
総弾数17発を撃ちきったのと男の鞭がアカサキの脇を通り抜けたのは、同時。
咄嗟にマガジンを取り出すと同時に横に転がり、鞭を回避。
一瞬だがアカサキの頭に近くの瓦礫へと身を隠すという選択肢が現れたが即座に切り捨てる。
体勢を立て直すよりも先にマガジンの交換を終えたが、鞭が更に接近。
照準する間も無く跳躍し、鞭を回避したが着地の瞬間、更にしゃがみこんでいた。
男の左手だけだった鞭が、右手からも放たれ、着地した瞬間にアカサキの頭部のあった場所をなぎ払った。
「なんだぁ…?」
男は怪訝そうにアカサキの動きを目で追いつつも同時に両手の鞭で攻撃の手は、緩めていない。
約三千度の鞭に当たるどころか掠る事すらも、しない。その上で無駄だとはいえ、反撃すら仕掛けてくるアカサキは、男から見れば異様だった。
当然だろう。いくら訓練を重ねた兵士とはいえ、一回でも掠りさえすればたちまち燃え上がり、死に至る。
そんな恐怖の中であっても尚、アカサキの運動性は損なわれない。
足元と頭部を狙った横凪の同時攻撃をアカサキは敢えて飛び込む事によってそれを回避しつつ、発砲。
左右から繰り出された袈裟切りの同時攻撃ですらも、あえて前進する事により、範囲から逃れつつも、発砲する。
アカサキの動きは、完全に”能力者”のソレだった。
「テメェ、舐めてんじゃねぇぞっ」
男はこの1分ほどの攻防にて、アカサキを能力者と断定し、激高していた。
能力者同士の戦いにも関わらず、拳銃でしか行われない攻撃に対して。
「ちっ…ふざけたヤツだ」
無言で回避と反撃を行っていたアカサキは、ポツリと零した。
好きで、拳銃を使っている訳では、無いと。
能力があるならば、使っていると。
戦場に関わらず、無い物を強請るよりも先に、ある物で工夫するのが最善だと、アカサキは心の中だけで答えた。
口に出して言う程の余裕があるはずもない。少しずつ距離を取っていくだけで精一杯だ。
重ねて言うが、アカサキは無能力者であり男程の能力者相手ならば無能力者200人程が束になって掛かったところで足止め程度にしか、ならないのだ。
なのにも関わらず…アカサキはたった一人で”5分間”も時間を稼いだ。
そして…それで十分だった。
「糞野郎がァ…これで逝っちまいなァ!」
避ける事しかしないアカサキへと、男は鞭を消して空いた両手をアカサキへと向けた。
これから始まるのは、炎の弾丸による乱舞。1秒後には両手から発せられる能力により作られた拳程の炎の弾丸がマシンガンの如く吹き荒れ、アカサキ諸共周囲一帯を蹂躙する。
男には、それ以外の未来は見えてはいなかった。
だから、この瞬間にアカサキの口元に笑みが浮かんだ事への反応が出来なかった。
『イーグル1よりスカイ1へ。敵能力者をロック。巻き込まれるなよ?』
ふと、一瞬だけ音の消えた戦場に聞こえるのは、アカサキの持っていた小型無線からでも聞き取りやすい男の声と、空気を切り裂きながら接近する大型質量の、音。
「アァ?」
男が頭上を仰ぎ見た結果視界に入ったのは、XB-70から投下されたミサイルだった。




