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5.


一花がぽつりとこぼしたそのひとことで、母の澪は全てを悟ったかのようだった。


その顔から一切の血の気が引き、持っていたおたまが床に落ちて高い音を立てた。


けれど、澪は取り乱すことなく、ただ静かに一花を抱きしめた。その腕は、痛いくらいに震えていた。


それから、家庭の崩壊は一瞬だった。


半年後、両親の離婚が成立した。

一花は母に引き取られることになり、父は家を出ていくことになった。


かつて美しい標本が並んでいた書斎で、淡々と荷造りをする父親の大きな背中を見て、一花はたまらなくなって駆け寄った。

感情の決壊だった。

一花は泣き叫びながら、その上質なコートの裾に両手で必死にしがみついた。


「お願い…行かないで、パパ! 私を置いていかないでっ!」


喉がちぎれそうなくらいに叫んだ。

けれど、パパが一花を振り返ることは二度となかった。冷徹なまでに前を向いたままの蒼士の身体が動き、一花の小さな手は、コートの裾を虚しくすり抜けて離れていってしまった。


蒼士はトランクを手に、一度もこちらを見ずに玄関を出て、迎えの車へと乗り込んだ。


「待って……!」


一花は家を飛び出し、遠ざかっていく車をふらふらしながら追いかけた。

車が容赦なくスピードを上げて走り去るのを、ただひたすら追いかけた。


途中で片方の靴が脱げ、バランスを崩して激しく転倒し、アスファルトで両膝を真っ赤に擦りむいた。


血が滲み、激痛が走る。けれどそんな痛みはどうでもよかった。


一花はすぐに立ち上がり、泥まみれになりながら、必死で足を動かし続けた。


「待ってっ! 待ってぇえっ!!」


排気ガスの向こう、遠ざかるテールランプが滲んでいく。


「私がいい子にするからっ!! 私がパパの蝶々になるからぁっ!」


ガラスケースに閉じ込められてもいい。

心臓をピンで刺されてもいい。

パパの標本になって、ずっと部屋の壁でパパだけを見て、愛されているだけでよかったのに。


「嫌っ、いかないでぇ!!!」


一花の悲痛な叫びを置き去りにして、車は曲がり角の向こうへと完全に姿を消した。


もう、追いかける足は動かなかった。

一花はその場に崩れ落ち、冷たい地面にひざまずいた。


「あ、あぁ……」と言葉にならない嗚咽が漏れる。


擦りむいた膝の痛みなどかき消されるほどの絶望のなか、灰色のアスファルトの上に、一花の大きな涙がぽたぽたと音を立てて溢れ落ち、黒い染みを作っていった。





"私の神様は、私を捨てた。あの男の子のために、私を標本にすらしてくれずに、羽をもぎ取って捨て去ったのだ"






◆

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