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2026年のH.Fukunaga

 毎夜毎夜、フルートとギターとベースの基礎練習、それから今朝は早くからスノボへと出掛けて行った。日帰りスノボ。帰ってきたら、また楽器で遊ぶのだろう。来年には音大を受験すると言う。彼女は音楽で生きる道を歩み出した。それでちゃんと食っていけるのか? 少しでもそんな疑問を口にするやつは病気だ。ちゃんと食っていく必要なんてものがどこにあると言うんだ。自分以外の誰が食い詰めようが、本当はどうでもいいくせして、形だけの心配を表明する。「そんなんじゃやっていけないでしょう?」じゃあ聞くが、どんなんならやっていけるってんだ? やっていけるかやっていけないかは関係なく、ただやるんだ。なぜなら、やりたいからだ。いや、やりたいという理由が立つよりも先に、もう既にやっている。そうなった。そうなってしまった。

 音を出す人間がいる。文字を刻む人間がいる。数字を操作する人間もいれば、ねじをきつく締め上げる人間もいるだろう。それぞれがそれぞれにその時その時その場その場でやりたい様にやらなければならないと感じた様に。誰かからの理解や納得は求めなくていいし、別に求めたっていいが、それを無理に押し付けようとしてくるやつは殴られたって文句は言えないだろう。まあ、大抵そういうやつは殴られると文句を言うものだが。真実を言ったら殴られた! こっちは善意で言っているのに! 殴るなんてこいつは悪いやつだ! ああもう、わかったわかった。あなたはあなたの真実に沿って生き、ちゃんと食っていって、しっかりやって、どこかの誰かからの理解や納得を獲得していってください。ほかの誰でもなく、あなたが、あなた自身が、そうするのです。それで万事解決さ。最高だろう?


 最高でーす! 判で押したようにヒーローインタビューで繰り返される言葉。その度に観客はいちいち歓声を上げ拍手しなければならない。正確に言えば拍手でもない。つがいのバット型のプラスチックの棒をポコポコやるのだ。かつて棒はメガホンであった。いつの間にか穴は閉じられ、ただの棒となった。野次対策であろうか。かつての時代の野次の不愉快さを、かつて選手だった男たちは愉快そうに懐かしむ。

 最高でーす! また、誰かが叫でいる。ワー、ポコポコポコポコ。不様な様式だが、いつかは廃れゆくだろう。こんなので盛り上がっていた素朴な時代と懐かしまれることもあるかもしれない。ないかもしれない。きっとないだろうが、そんな未来があったとして。あったとしたって、その頃にはおれはもう立派な、いや、みすぼらしい老人だ。いまだって十分に老人なのに、これから先、さらに老人化が加速してゆくのだ。そんな未来が待ち受けている。よく、格好よく老いる、などと言うが、それってどういう老いなんだ。時代の空気に合わせて自分が変化しているように振る舞うのか、どこかの時点で自分の感覚を固定して頑なにそこからはみ出ないように振る舞うのか、それとも結局はただの見た目なのか。まあ、見た目は大事だ。精神衛生の観点からしても見た目は悪くない方がいい。シットな感じに狂っているやつは、大抵ダサくみすぼらしく、そしてそのことに関して巨大なコンプレックスを抱えている。やつらを衝き動かしているのは嫉妬だ。楽しそうなやつを見ているのが我慢ならない。だが、目を逸らすこともできない。せいぜいが、楽しそうにしているやつに冷や水をぶっかけ、足を引っ張って、なんとか現実の方に引きずり込んでやろうと頑張ってみるくらいだ。現実とは、連中の住まう下水道だ。臭く、暗く、ぬるぬるねちゃねちゃしている。

 最悪です。そりゃ最悪だと思う。まずはそこから抜け出してみてはいかがか。しかしすべては遅きに失した。じゃあもう諦めろ。下水道で楽しく暮らせ。達者でな。あばよ。


 おれはおれなりのやり方でおれを支えている。これはおれにしか出来ん仕事だ。どこかの誰かがおれを支えてくれるって言うなら、おれだってなにもこんなことをしなくたって済むのだけれど、そんな物好きはいやしないし、仮にいたとしても、いや、いないものはいない。でも、どこかに……いや、いないったらいない。世の中というものは厳しいと見せかけて、実はかなりゆるゆるなのだが、それでもやっぱり少しは厳しい。各々が各々を各自支えてやらないといけないくらいには。自分のすべてを他人に委ねて心穏やかに生きていけるのであれば、おれだって喜んでそうするだろうが、まあそりゃ無理って話だ。とち狂った金持ち父さんどもが大暴れで、下水道に住む連中がなぜか知らんが大喜び。こういう光景を見ると、やっぱり自分は自分で支えなければならんという気持ちがいっそう強固なものとなりますな。

 それにしても、恐ろしい世の中になったもんだ。もちろん元々からしてこんなものだったと言うことだってできるが、こうも禍々しさが顕在化しているのをまざまざと見せつけられると、逆に呑気な感じになってくるものだから、それはつまり、おれの中のいろいろなものが麻痺してきているということなのだろう。恐ろしいことだ。こんなふうに流れは果てまで進んでゆくのだ。

 もちろんおれだってこの流れをどうにか止められんものかと思わないでもないが、この激流、止めるなんて無理じゃね? って感じになるねどうしても。大自然の前じゃ人間は無力だし、まあとにかくあらゆる場面で人間は無力だもんで、その人間の中にあっておれのようなやつは特別無力な存在であって、それでも出来ることがあるならしたいが、なにすりゃいいんすかね。反戦デモとか? いやそりゃデモに参加することはやぶさかではないが、デモをしたとて……いや……それでもやらんよりはやった方がまだマシ……なのか? わからんね。さっぱりわからん。こんなのってマジで嫌なのは確かなのだけど、なるべくしてなったのだから、小手先でどうこうしたって無理。終了。お疲れした。というのがおれの偽らざるいまの気分ではあるのだが、それでも、怒り抗わなければならないのでしょう。順応している場合ではない。嫌なものは嫌だ。イヤダカライヤダ。百鬼園先生スタイルで魂を防衛するのだ。


 万事解決なんてものはない。あらゆる物事が尾を引き、くだらないトラブルが更にくだらないトラブルを呼び寄せる。一瞬の安寧に心が和んだとしても、そいつが一種の幻だってことにすぐ気づかされてしまう。生きづらくなりましたねえ、なんてよく言うぜ。貧しく、さもしく、嫌ったらしい下水道の餓鬼どもがそのへんをウヨウヨしていやがるが、フローティングワールドじゃこんなもんは通常営業だっての。

 加速する流れにまとわりつく穢れ、誰も彼もが凶暴化する黄昏。おまえもさっさと同化しやがれ、だってよ。まともでいるのはマジで大変だぜ。最近じゃ特にな。良いことなんて何もないし、一銭の得にもなりゃせん。それでも死守するのが最後の一線。嫌なものは嫌なんだ。譲れないものは譲れないんだと信じたい。来たる日に備え鍛える心技体。インチキ新時代なんてクソっ食らえだ。にやけづらのオブライエンにボコされたって、ネズミにペニスを囓られたって、きみだけは裏切りたくない。ウィンストンの野郎には無理だった。ジュリアにだって無理だった。まあ、おれにも無理かもしれない。十中八九無理だろうな。ライフハッカーどもの手に掛かりゃあっけなく堕ちるのがオチだ。連中は馬鹿じゃない。とことんまで狂っているだけなんだ。


 最高でーす! まただ。また誰かが。鏡の中の顔は血色が以前よりずっと悪くなり、表情というもののすべてが消え去っていた。ベースの基礎練習の音が虚ろに響く。時折、音がビビっているのが、せめてもの救いというものだ。

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