その令嬢は舞い戻らない
先日、フネラル公爵家を襲った不審火。公爵家の邸宅は全焼し、焼け跡からは大勢の遺体が見つかった。いや、見つかりすぎた。
使用人全員の頭数を合わせても、あまりに多すぎる数。頭や腕、足だけの遺体や体の一部分だけが一か所に集められた死体。穴の空いた頭蓋骨に、釘の刺さった骨。地中に埋められたもの、壁に塗り込められたもの……いずれも焼死したとは思えない異常なものばかりだった。
その中で辛うじて、見つかったのがフネラル公爵と息子であるルシウス・フネラルだったが――その有り様は酷いものだったという。
体に空いた無数の穴。焼き尽くされた全身の皮膚。所持品と辛うじて漏れ出る声から身元が確認できたが、そうでなければかつての面影は想像もできないくらい……生きているのが不思議なほどのその状況で、それでも意識ある二人を放っておくわけにもいかずその身柄は王家に明け渡されることとなった。
「あのフネラル公爵とその令息だ。北の療養所に預けた方が良いのではないか」
そんな声も上がったが、北の療養所はこれを拒絶した。
曰く、「助手の一人が患者である王子と恋仲となって事故死したばかりだ。看護師たちの再教育で、新しく公爵家の人間を引き取るなどできない」とのことだが――まだこの国の王太子が存命であった頃、ルシウスは彼の見舞いに来たことがあるという。その時に何かあったのではないか、という噂もまことしやかに囁かれていた。
結局、どうしようもできず今は王城の地下牢だった場所にベッドを運んで二人を寝かせているが……二人は今もなお、苦しみ続けているという。
「痛イ」「苦シイ」「助ケテ」
膿と出血が絶えず、そんなことばかり呟き続ける「それ」は永遠の拷問を受ける地獄の亡者のようだった。事情を知らない王城関係者はその姿を目にしただけで卒倒し、牢に近づいて匂いを嗅いだだけでも気分が悪くなる者が続出したという。あまりに凄惨なその姿に、毒を盛ろうとした者もいるがそれはなぜか悉く失敗し……それでも王家が公爵家の二人を預かっているのは、単なる温情からではなかった。
「もしフネラル公爵家の血が途絶えるようなことがあればその領地や領民、財産は全て王家に献上する」
かつての王太子の婚約者であり、自害したリリムの遺言。フネラル公爵家の封蝋がされたその手紙を、持ち込んだのは幼い少女だった。
公爵家令息に雇われたというその少女は偶然、別荘でリリムの遺書と遺髪を見つけたという。それを主人に咎められ、手にかけられそうになったところを脱出し馬車に飛び乗った。その時、「幸運にも」王家に向かう人間がいたので一緒に王城まで同行し――届けられたというリリムの手紙は、新しい王子も目を通した。
不遇な生い立ち、その果てに突き付けられた婚約破棄。苦悩と絶望、悲嘆に明け暮れ自ら命を絶つと決めたこと。早くに亡くなってしまった母の思い出と、フネラル公爵家のこれから。そして、「フネラル公爵令嬢」として生まれた自分の最後の願い。「公爵家の領地と領民は守ってほしい」……その願いに、新しい王子は託されたものを感じた。
公爵令嬢リリム・フネラルを助けてくれる人は、誰もいなかった。憐れみをかける者はいても、実際に彼女へ手を差し伸べる人間は誰一人として現れなかった。だが――それでも彼女は信じた。母と共に守ろうとした、フネラル公爵家を誰かが守ってくれることを。自身の置かれていた状況を、語り継ぎ思いを繋いでくれる誰かがいることを。
自分はそんな彼女の遺志を託された人間の一人なのだ……そう悟った新しい王子はもう、この国から逃げようと思わなくなっていた。
リリムの関係者が自滅に近い形で命を散らしていったこと、それが呪いのせいなのかどうかはわからない。だが残された人々は確実に存在する。自分を次期王太子として迎え入れた現国王、王城での惨劇を見聞きした国民たち。そして統治者を失い、戸惑うフネラル公爵家領の人々……リリムの遺言を受け、領地の視察に行った者たちの報告によると彼らは穏やかに王家の人間を出迎えてくれたという。
飢えや圧政に苦しんでいた様子はないが、常に何か怯えているように見えた。自分たちの土地が王家の管轄になることは、驚きつつどこかほっとしているようだった。フネラル公爵家について聞こうとしたが、口を濁すばかりで何も教えてくれなかった……まだ調査は必要だが、彼らは概ね王について肯定的なようである。
フネラル公爵家の領民たちは、そしてこの国の人々は新たな王となる王太子の自分を必要としている。そこから逃れることは、リリム・フネラルの最後の望みを踏み躙ることになる。どこに行っても誰かに苦しめられ、孤独に耐えることしかできなかった彼女のせめてもの願い。それを叶える欠片の一つに、自分がなれるのだとしたら。そう思い至り、新しい王子は「王太子」になることを決めたのだ。
……リリム・フネラルはこれで満足だったのだろうか。
王太子となった彼はふと、そう考える。
もし仮に、全てが本当で呪いの類だったとしたなら。「死んだはずの令嬢が舞い戻ってくる」という馬鹿げた話が、事実であったと仮定したなら。リリムの最大の目的は、きっと「復讐」だっただろう。起きてしまった事実は消せない、失われた命も戻らない。それでも彼女は恨みを晴らすために舞い戻った。「アナベルの取り巻き」と揶揄された者たちと、フネラル公爵家の人間に制裁を加えることを選んだ。そうして全てが終わった時、リリムは何を思っただろう。狂喜、脱力、安堵、虚無感、優越感、達成感……どれも王子の想像の及ばないところだ。正解などリリム以外の誰にも、ひょっとしたらリリム自身にすらもわからないかもしれない。
ただ一つ確かなのは、何にせよ彼女は全てを終わらせたということ。リリム・フネラルが舞い戻る理由はなくなった。憎き相手への報復は完了した。
だから――その令嬢はもう、舞い戻らないのだ。




