日常Ⅰ:Vol7
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「ゆきちゃん...か...。」
「久しぶりに...呼ばれた名前かも。」
竜司に背を向けて、去りゆく中、
ゆきめは、先ほど、呼ばれた彼女自身の
名前を噛み締めていた。
会社では、「古田さん」、
親しい友人や家族でも、「ゆきめ」、
どこか、彼女にとって、心の距離を感じる、呼ばれ方だった。
しかし、竜司だけは、違った。
竜司にしてみれば、彼女の機嫌を損ねない様に、
知恵を振り絞って、出てきた呼び名であった。
しかし、それが、彼女の心の琴線に触れた。
どれだけ記憶を遡っても、彼女の幼い頃にしか、
呼ばれていなかった名前だったのだ。
ゆきめは、竜司にバレない様に、咄嗟に後ろ向いた。
彼女の口からは、笑みが溢れていた。
久方ぶりに、心が通った瞬間だった。
ゆきめの足取りは、軽やかであった。
だが、同時に、彼女が置かれている状況を
痛々しく、表していた。
彼女もまた、過去に縛れ、同じ夢にうなされながら、
現実を生きている。
彼女の悪夢を、竜司は目撃する事になる。
ネガティブな内面を、一切、他人に匂わせず、
彼女は、偽りの仮面をつけ、日々を生きていた。
竜司に背を向けた直後、
ゆきめは、そのマスクをつけ、
その役を演じながら、職場に戻った。
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「なんだったんだろうな...」
竜司は、ゆきめの行動に謎を感じていたが、
結局、わからずじまいだった。
少なくとも、彼女との距離は、縮まった気はしている。
ーーとりあえず、次に会う時までに、言葉遣いだな...
ひとまずは、彼女から出されたお題を
何とかクリアしないと、また、彼女は何か言って、
口を尖らせそうな予感がしている。
竜司は、ゆきめの機嫌を損ねない様、
課された宿題をちゃんとやろうと決めるのであった。
その晩、彼は、夢の世界にいた。




