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第4話 正面から向き合わなきゃわからない

「いいか? 奴隷っていうのは皇族の遊びに付き合わされる卑しい存在だぞ! それに街で売られている奴隷はもう――」


露店のカウンターに手を付いて私を睨みつける。確かにこの世界では奴隷を買うことは『非常識だ』という認識なのかもしれない。それでも私の考えは違った。


「確かにそうなのかもしれない! でも、まだ幼い子どもたちだったんですよ? それを助けたいと思うことの何が、どこがおかしいんですか!!」

「そ、それは……。とにかく、例え幼い子どもだったとしても奴隷だけはやめとけ。奴隷が近くに居たら街の連中に変な風に見られるぞ」

「別に私はそれでも構わないっ! ……ユザルダさん、荷馬車を売ってるところ教えてください! あなたならそういう場所の一つや二つ、知ってるでしょ? そうすれば迷惑も掛けませんし、あなたの前からも消えますから!」

「嬢ちゃん、どうしてそこまで奴隷如きを……」

「他人事じゃないから……ただ、それだけです」


そう。私にとってあの3人は他人事で済ませられない存在だから――。私の強い言葉に気圧されたのかユザルダさんはため息を付いて静かにしゃべり始めた。


「……分かった。教えよう。さっきの広場を大通り沿いに東へ行け。そこに『アレルバ』という馬具店がある。そこに行けば簡単に手に入るはずだ。ただ、それなりの額が必要だがな」

「大丈夫です。それなりに手元にはあるので。じゃあ、私は――」

「おい、ちょっと待て」


ユザルダは私を引き止めて紙にペンを走らせる。そして、それを私に渡した。


「これを店に持っていけ。そして、俺の名前を出すんだ。そうすればすぐに馬がもらえるはずだ」

「えっ……? でも、こんなことしたらまずいんじゃ?」

「何も問題なんて無いさ。表向きでは嬢ちゃんの肩を持つことは出来ないが、これくらいのことはしてやる。出会った時にも言ったが、こうして出会ったのも何かの縁だったはずだからな」

「ユザルダさん……。ありがとうございます!」

「嬢ちゃん、達者でな」


私はユザルダさんに別れを告げて街中を駆けた。馬具店の位置はすぐに分かったが、少し異様な外見で街中だというのに、建物と馬小屋がくっ付いている。異世界モノを長くたしなんできた私でもこんな構造は初めて見たかもしれない。息も絶え絶えになりながら私は店内に駆けこんだ。


「はぁはぁはぁ……! こんにちは。ここで荷台つきの馬車を販売しているって聞いてきたんですが!」

「いらっしゃいませ。どなたかのご紹介でしょうか?」

「ええっと、ユザルダさんの紹介で――」

「ほう、ユザルダ様の? 紹介状を拝見します」


私は肩で息をしながらユザルダから受け取った紹介状をベレー帽を被った店主に渡すと目を見開き、コクコクと頷いた。


「これは間違いなくユザルダ様のモノですな。早急に用意いたします」

「あ、ありがとうございます。それで値段は――」

「馬とその荷馬車で1万5000ゴールドです」

「分かりました。お金を入れる袋、頂いてもいいですか?」

「ええ。構いませんよ」


会計を済ませる中、従業員らしき人間がバタバタとあわただしく用意を済ませていく。その慌ただしさからもユザルダの影響力がいかに強いのか、見て取れる。


「あの、急いで用意してもらっている中で申し訳ないのですが、その……私、実は乗馬の経験がなくて……」

「そうでしたか。それではアーツ・クリスタルの購入をお勧めします」

「アーツ・クリスタル?」

「はい。それを起動させれば熟練まではいかずとも簡単な馬の操縦ができるようになります」

「じゃあ、それも購入でお願いします」

「はい。では3000ゴールドをいただきます。きっと馬の準備ができるまでには習得が終わるはずです」


アーツクリスタルはその名の通り、ひし形のクリスタルで中央にあるボタンを押すと宙に浮いて私の周りをグルグルと衛星軌道にでも乗っているかのように回る。別に違和感があるわけでもないし、痛みがあるわけでもない。こんなので覚えられているのか心配になりながらも待ち続ける。


「エリカ様、お待たせいたしました。用意が完了しました。こちらへどうぞ」


案内されるがまま、正面の入口へ向かうとそこには帆が付いた立派な荷馬車があり、くりくりとした目が特徴の馬が荷馬車と繋がれていた。そして、私の周囲を回っていたアーツクリスタルもその時点で力尽きたように地面へコトンと落ちた。落ちたアーツクリスタルを拾い上げた店主は満面の笑みをこちらへと向ける。


「乗馬技術の習得も完了したようですね。これで馬の扱いも大丈夫なはずです。エリカ様、この度はありがとうございました。ユザルダ様にもどうかよろしくお伝えください」

「あっ、はい……!」


当の私はユザルダに貸しを作ってしまったと思いつつも馬を撫でて御者台に座る。本当にあんな小細工で馬を操る事ができるのか不安でしょうがなかったが、馬車の手綱を握った瞬間、どうすればいいのか手に取るように分かり始めた。


「これならいける!! いろいろとありがとうございました!! ――急ごう、あの子達の元に」


私は手綱を馬に打ち込みながらアレルバの店主さんに手を振り、三人の元へ急いだ。しかし、露店へと戻るとそこにはオロオロとした様子のおばあちゃんの姿があり、私を見つけるとすぐに慌てた様子で駆け寄って来た。


「お嬢ちゃん!! ごめんよ、私が一瞬、目を離したすきに居なくなっちまったんだ!!」

「えっ? 居なくなったって本当に!? どれくらい前?」

「ちょっと前まではここに居たんだ! 本当だよ……!」

「分かった。おばあちゃん、ここで馬番をお願い。私が探すから」


おばあちゃんは自分のせいだと思っているようで俯く。でも、本来ならあの子達を見なくちゃいけなかったのは私だ。おばあちゃんに非はない。それに逃げたとはいえ、あれだけ弱っている状態ではそう遠くへは行けない。本当はやりたくないけれど、あの子達が悪い輩に絡まれる可能性だってある。なりふり構っていられない。手を上にあげて声を張り上げた。


「<我は主として命ずる・戻ってきなさい!>」

「いやぁぁぁ!!」

「あっち!」


私は入り組んだ路地に入って駆け抜けながら再び言葉を告げる。


「<我は主として命ずる・声を上げて!>」

「いやああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「近い! こっちに居る」


三つ角を曲がっていくとそこにはへたり込んだ三人が居た。全員がこっちを睨みつけている。まぁ、当然だ。そんな目で見られても文句は言えない。


「やっと見つけた……しん――!」

「死ねぇ、この外道がぁ……!」


赤毛の青年、グーファがあか抜けない声で私に殺意を向ける。


「グーファ、やめて。殺されちゃうよ……!」

「ミミ、俺にだって退けないことだってあるんだ……。それに、どうせ死ぬなら今、死んでも何も変わらないだろ――」


私に正面から「死ね」と言ったグーファはよろよろと二人を守るように立ち上がる。でも、その姿はどう見ても殺しの殺気以前に弱さが滲み出ていて、今にも倒れそうだった。誰がどう見ても勝ち目のない――死ぬこと前提の虚言だ。

だから、私はゆっくりとグーファに近づく。そんな強気に見える私の動きにグーファは数歩、足を後退させて腰を引いた。


「(なんだ……やっぱり分かってるじゃん。仲間を守ろうとする決断は誇っていいし、間違いじゃない。英断だよ、グーファ)」

「ぬわぁぁぁ!!」


グーファはパンチを繰り出してくる。でも、私は避けない。避けるべきじゃないと思った。彼が怖いと思って払い除けようとするのは私じゃない。きっとそれは人間――あるいはあの奴隷商人のように自分たちをいい様に扱う大人の汚い心だ。その怒りをしっかりと受け止めるところから私は始めようと思った。


その刹那、彼の拳が私の左頬をえぐった。


「さすが男の子……。いいパンチ、だね? でも!!」


私は少し痛さで後ずさったが、すぐに前に踏み込んで思いっきりグーファの顔をフルスイングでぶっ叩いた。その場にパチンという乾いた音と同時にグーファが二人の元までブッ飛ぶ。


「やっていいこと、悪いことがある!! 私はあなた達がどんな目に遭ってきたのか知らないし、その痛みも分からないよ? そりゃあさ、私を殺したいほど憎むのもわかる! ……でもね? 私はこれでも、本当にあなた達のことを心配したの! 偽善者だってあなた達に馬鹿にされるかもしれない、笑われるかもしれないけど、今だって変な奴らに絡まれてないか心配で必死に探したんだからっ――!」


私は腰を下ろして三人をギュッと囲い込むように抱きしめた。ただ、涙を流していたのは私とミミだけでグーファとリリアナはどう反応していいのか分からないような表情で私を見る。でも、今はまだそれでいい。分からないかもしれないけど、いつか分かってもらえるようになればいい。


「さぁ、帰ろう? 私の家に――」

「エホエホッ……!」

「えっ!?」


だが突然、そこで泣いていたはずのミミが激しくせき込み、苦しそうにもだえ苦しみだした。その様子はまるで喘息のようにも見えたが、胸のあたりをギュッと押さえ、吐血まで始めた。


「おい、ミミ!」

「ミミ! しっかりして!」

「まずい……よく何か分からないけど、とにかくまずい!! 二人とも急いで、さっきのお店の方に戻るよ! ミミを助けないと」


私はミミを抱えて露店のおばあちゃんの元まで慌てて戻り、医者が居ないか聞いた。

おばあちゃんの話によればこの街の外れに有名な治癒士が居るという。その治癒士は報酬を払えば、どんな客でも完璧に治癒させるらしい。


「この街の医者は奴隷なんて見る奴は居ないからね。そいつに頼るしかないだろうね……」

「おばあちゃん、情報をありがとう。何から何までごめんね!」

「いいや、アンタみたいに他人の為に頑張れる人は貴重だからね。何も応援はしてやれないけれどその子たちのために頑張っておやり。そうだ、これをみんなで食べておくれ」

「えっ、いいの? これって売り物じゃないの?」

「どうせ売れ残りだから処分するだけのものさ。だから食べておくれ」

「あ……ありがとう。おばあちゃん! みんなで食べるね?」


おばあちゃんからサンドイッチの入ったバケットを貰った私はお礼を告げて、三人を連れて町外れにある治癒士の元へ馬車を急いで走らせ始めた。その道中、私はバケットを荷台へと入れた。


「もし、食べれそうだったらそのバケットの中、三人で食べて」

「えっ、でも……いいの? これはあなたの……」

「だって、さっきからあなた達、こっちを覗いてるでしょ? 視線でバレバレだよ。お腹、空いてるんでしょ? 全部食べてもいいけど、その代わり誰も取らないからゆっくり噛んで食べるんだよ?」

「はぁっ……!」


勢いよくバケットを手に取ったリリアナは恥ずかしそうに中身のサンドイッチを口に運んだ。そして、泣き出した。


「うっ……うん……おいしい、これおいしいわよ……グーファ!」

「はむっ……!」


本当に過酷な状況で生き残ってきたのだろう。グーファとリリアナはサンドイッチをこれでもかと次々に頬張る。それでもミミだけは相変わらず、苦しそうでリリアナが介助しても食べれそうではなかった。


「おばあちゃんの話だとそこの一軒家が例の治癒士の診療所か」


着いた場所は少し小高くなった丘の上に建てられた石造りの家だった。

私はミミを抱えて扉をガンガンと叩いた。


「すみません、急病人なんです! 診てくれませんか!」

「へいへい。そう慌てるなっての。ったく、うるさい客だ……ん? こいつは――すぐに中に入れろ!」

「はいっ!」


中から出てきた白衣の中年男性はいかにも医者というようにしか見えない。行動にも一切の無駄がなく、素早く血を取ったり聴診器を当てたりするというごく普通の診察だ。本当にこの人は治癒士なのかと疑問に思ってしまう。


「あぁ、やっぱりか。原因は単純明快だったぞ」

「えっ? もう分かったんですか?」


私がそう言うとその治癒士――エバルスは私に鋭い目線を向ける。

そして、手を前に出してくる。情報通りなら「金を寄こせ」と言う事だろう。


「いくら欲しいんですか?」

「俺がいくら欲しいと思う?」

「この子を救えるならあなたの言い値で――」


私はエバルスにそう言い切ると彼はため息を付いた。


「はぁ……ったく、世の中には奇特なやつも居たもんだ。やめだ。やめ! そんな目で奴隷を担いできたやつから金は取れねぇよ」

「それじゃあ……!」

「だが、残念だ。この子はもう――あともって1,2週間。それで死ぬ」


その場に居た全員がその言葉に凍り付いた。

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