第3話 初めての街の『光』と『闇』
ユザルダさんの馬車に乗せてもらった私はあっという間にフレストの街に足を踏み入れていた。街の中は活気に満ちていて、様々な店や出店が沢山並んでいる。
「わぁ~!! すごい、すごいっ!」
「はは! だろ? この街は活気に満ちてるからな! 人、金、モノ――すべてがここなら揃う。そんな夢の街さ」
「本当にすごい街ですね! ちなみにユザルダさんはどこに出店するんですか?」
「俺はここの通りだよ。ここは街の入り口で人通りも多いし、冒険者たちも多く通るからな」
「はは~ん? さては儲かってますね?」
「まぁ、それなりに……だけどな?」
ユザルダさんは満更でもない表情で頭を掻く。正直、この街の人の量は日本でいう所の東京――それもラッシュ帯の新宿駅並みだ。それなり以上に儲かっているような気がする。
「で、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」
「ん~武器とか防具を見ようかなとは思ってますけど、まずは初めての街なのでちょっと街中を回ってみようかなって!」
「そうか、フレストが初めてなら当然だな! なら、ここの通りをまっすぐ行ったところにある広場に行ってみな。ココ以上に多い露店の数に驚くぞ? あそこには食品関係も売ってるが、武具屋やポーションの類を売ってる店も多くあるからな」
「へ~そんなに凄いんですか!? 分かりました。行ってみます!」
ユザルダさんに別れを告げて私はまだ見ぬ広場へと軽快な足取りで向かった。広場に着いてみれば、ざっと100を超える露店がこれでもかと言わんばかりにひしめきあっていて、日用品や家具なんていう物まで売られている。
「なんか、人とモノが多すぎてクラクラするけど、ううう~ん!! ほんと異世界って最高って感じ! どこから周ろっかな? そうだ、まずは武器だよね!」
武器――それは異世界において身を守るために必要最低限の装備だ。武器屋が立ち並ぶ区画で店の中をチラチラと覗き込む。剣や弓、杖に至るまでいろいろな形状の武器が売られている。
「ふ~ん~色々、あるんだ? でも、こんな剣とか弓をアニメみたいに操れるのかな? おお~銃まであるし!」
「はは~ん、さてはお嬢ちゃん 冒険初心者だろ?」
「あっ……店主さんにはやっぱり分かります?」
「バレっバレだよ。そんな風に剣を上げたり下げたりして眺めてたら……なぁ?」
「この、馬鹿たれ旦那っ! アンタ、お客様に対してなんて口を利いてるんだい!」
「痛ぇな! 何するんだよ!」
「アタシらにとってお客様は神様! そんな初歩まで忘れたのかいこの馬鹿ッ! ……ごめんなさいね? うちの主人が――ほらっ!」
チャラそうな店主の後ろに鎮座していた奥さんが思いっきり後頭部を叩き、『接客しなさい』と小突き倒す。それを見かねてか隣の露店から声が飛んでくる。
「おいおい、オリオットの姉さん? オシドリ夫婦だからってそんなにそいつをいじめてやんなよ?」
「誰がいじめてるって? この、ボンクラが! うちの客は引っこ抜かせないよ!」
「親切心で言ってんのによぉ……おお~! 怖い。怖い!」
店主の奥さんは剣を持ってすごい剣幕で追い払う。なんでもこの強面の奥さんと旦那さんはここら辺では有名なオシドリ夫婦らしく、『オリオット武具店』として名が通っているらしい。
「あはは……うちの嫁が騒がしくて悪いな、お嬢ちゃん」
「ほう? いかにも私が悪い様に言うじゃないか?」
「いや、何もお前が悪いって言ってるんじゃないんだぞ? ほんとだぞ?」
慌てて宥める旦那さんは冷や汗をかきながらも後ろから絶え間なく届く無言の圧力を背に受け続ける。『喧嘩するほど仲が良い』なんて言うが、正直、こんな夫婦が長続きしていることが私には意外に思えてならなかった。
「と、とりあえず……初心者向けの武器を探しているんですけど、おすすめってありますか?」
「あ~初心者向けとなると……ここら辺にあるショートソード。それからこっちにある軽くて振りやすい長剣あたりがおすすめだな。あっ、あと後方から攻撃する魔術師のための杖もあるぞ? 色々と悩むかもしれないが、こんなのはピンッときたものを選べばいいんだ。初めはそんなもんでいいんだよ」
「ピンッときたもの……か。じゃあ、この短剣と細長い長剣、あとは水色の宝石が入ったあの杖も」
「あいよ~! って、3つも!?」
「はい? そうですけど……何か?」
「あのなぁ……武器っていうのは一つを極めた方が――ぐはっ」
「買ってくれるっていうんだからアンタは余計なことを言うんじゃないよ! お嬢ちゃん、ありがとうね? 3点で3000ゴールドだよ」
「はーい! あ、あのお金入れる袋、頂いてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございます! ちょっと待ってくださいね。<ドロップ>」
「ほら、アンタはボケっとしてないで武器の整備をするんだよ! お嬢ちゃん。最後に不備が無いか整備してから渡すからちょーっと待ってね」
オリオットの旦那さんがまたしても、奥さんに尻を叩かれて奥へと引っ込んでいった。多分、あの奥はちょっとした工房になっているのだろう。数分後には武器の整備が終わって真新しく光沢を放つ武器が私の前に並んだ。
「ベルトはサービスだよ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
短剣を差し込むためのベルトを締めて短剣を差し、残りは手をかざしてマジックの要領でしまい込んだ。突然、武器が消えたことに夫妻は目を見合わせてひきつった笑みを浮かべていたが、私も笑みでごまかした。
「よし、じゃあ私はこれで!」
「おう、嬢ちゃんも元気でな」
「あっ、そうだ! オリオットの奥さん!」
「ん? なんだい、嬢ちゃん?」
「この街に冒険者へ依頼を出しているところってありますか?」
「ああ、『ギルド』ならこの市場を抜けた先にあるよ。看板もあるから分かるはずさ」
「ありがとうございます!」
「ふっ、いいってもんさ。私らはそういう類の人間がいるから商売出来てんだ。それくらいの事はね? まぁ、何はともあれ、あんたの活躍、期待してるよ!」
そう言ってオリオット夫妻は私を笑顔で送り出してくれた。あんな笑顔を見せられたら『冒険者』の道も悪くないと思えてしまう。でも、今は最低限、体を守れる防具とポーションを手に入れないと何も始まらない。
「痛いのも死ぬのも嫌だしね……?」
そんな風に苦笑いしながらギルドを目指して歩いていると横の露店にいたおばあちゃんから声を掛けられた。
「そこのお譲さん、甘くておいしいサンドイッチは要らないかい?」
「え? 私……? わぁ~果物がたくさん入ってる!」
「今朝、取れたばかりの果物だから味は保証するよ? うちの一番人気なんだ」
「へぇ~せっかくだし、おばあちゃん! それ一つ下さい!」
「あいよ。5ゴールドだよ」
「ありがと。頂きます!」
お金と引き換えに出てきたサンドイッチをパクッと食べるとパンの柔らかさと果汁の甘みがジュワーッと口の中に広がる。果物の噛み応えもあって女性だけでなく万人受けしそうだ。
「なにこれ!? すごくおいしい! 果物がジューシーで甘くてうーん~!」
「はは! そう言ってくれて何よりだよ。アンタみたいにおいしいって素直に言ってくれる子は最近少ないからね」
人目をはばからず、サンドイッチを頬張っていると目の前でニコニコしていた露店のおばあちゃんが突然、目を細めて嫌そうな顔をした。
「あっ、ごめんなさい! ……もしかして立ち食い禁止でした?」
「あ、いや、違うんだ。アンタの事を睨んだんじゃないんだよ。あれさ」
露店のおばちゃんは向かい側を指さした。向かい側は少し広いスペースになっていてちょっとした壇上が組まれている。
「あれは? 劇か何かやるの?」
「そんな生易しいものじゃないさ。あそこで開かれるのは使い古された奴隷の叩き売り――大抵が持って一か月そこらの命さね。かわいそうなものさ」
「そう、なんだ? おばあちゃん、コレご馳走様!」
私はまるで『奴隷』という言葉に吸い込まれるようにその叩き売りの場へと足を踏み入れた。そのタイミングとほぼ同時にスーツを着た男が壇上に現れ、『一人の男の子』と『二人の女の子』を鎖で壇上へと無理やり引きずり上げた。壇上にあげられた3人はひどくやつれた表情でその場から動こうとはしない。
「さぁさぁ、皆さん。お立合い! 体の良い奴隷は要らないかい? 人殺しや夜のお供にできる死にかけ同然の奴隷だよ! 本来なら50万ゴールドからの奴隷が今は3万ゴールドからだよ!」
「(ひどい誘い文句。……というか、三人ともぐったりしてる)」
実際にアニメで見たことがある奴隷もこんな感じだけれど、実際に目にした奴隷は人間らしくてすごく残酷に見えた。そんな三人を奴隷商人は無理くり立たせる。
「ほら、お前ら立て! まず、この赤毛の青年、グファ―は元鍛冶屋の息子。殺しにはもってこい! それからこの金髪の娘、リリアナは気の強い女だが、命令には逆らえないから夜のお勤めにはもってこいだ。そして、最後――このブロンドカラーのサラサラとした髪の娘、ミミはなんと15歳だ! へへへ、そこのお兄さん、どうだい?」
最低すぎる叩き売り文句なのに気付けば数十人の物見客が出来ていた。
しかも全員が男で壇上の女の子をまじまじと見ている。
「(男と来たら……! このままじゃあの子達が可哀そう――)」
「じゃあ、俺が買おうかな? 真ん中の子を五万で」
近くに居た小太りの男が手を上げながら前に出る。その言葉を聞いた真ん中の女の子はピクッと反応してこちらの方を睨む。――まるでその目は、ずっと前に私がどこかで見た鋭さを放っていた。
「ちょっと待ったぁぁぁ!! 私が買う! 真ん中の子は10万! 後の二人は5万ゴールドで!」
気付けば私は声を荒げて手を挙げていた。
この世界に来た時点で私には大っぴらな使命はない。
――ということは私が冒険者になろうが、スローライフを送ろうが、勝手だと言う事だ。奴隷連れであれば孤独ではなくなるから多少は楽しくなるし、私もラクができるはず。それに女の子たちを男どもに渡したら、まともな扱いはされないはずだ。
そんな夢見が悪くなることを見逃したくはなかった。
「じゅ、10万ゴールド!? それはさすがに無理だ」
私が提示した金額を聞いて名乗りを上げた男はそそくさとその場を離れて行く。
奴隷商人は売りの好機と踏んだのか周りを見渡す。
「さぁ、掛値は5-10-5だよぉ! 他には居ないかい?」
掛け金が跳ね上がったことでその場に居た男たちもみるみる離れて行く。
やはり、さっきの男の反応からしても、5万でも身を張っていたんだろう。
だからこそ、私は10万を張った。私は勝ちを確信して奴隷商人に目配せをする。
「もうこれ以上は吊り上がらないと思うよ?」
「ふぅ、そりゃそうだろうな? 一人頭、五万掛けるなんて言われたらみんな退くだろうよ。……それよりお前、10万なんて大口を叩いていたが、本当に金は持ってるんだろうな? 計占めて20万ゴールドだぞ?」
「持ってなかったらこんな賭けに出るわけないでしょ。それより袋!」
「は?」
「お金を入れる袋ぐらいあるでしょ? 寄こしたらすぐに出してやるわよ」
「あ? 小切手じゃねぇのかよ? ったく、人使いの荒い客だ。まぁ、こっちとしてはガラクタの処分だから売れればそれでいいんだがな」
「ガラクタって……あなた最低ね? 人を商品みたいに言うなんて!」
「ははっ! おいおい、奴隷を買うお前がそれを言うのか? 大概だな。ほれ、袋だぞ、偽善者」
「っ……!! 奴隷商人のアンタだけには言われたくはないわよ! <ドロップ>――さぁ、これで文句ないでしょ?」
ギッと奴隷商人を睨みつけながらお金を出して鎖を奴隷商人から奪い取る。
「ほお? 確かにすげぇ量の硬貨だな。悪いが本物か確認させてもらうぞ?」
「どこまで人を信用してないのよ!」
「そうカッカするなよ? この世で信頼できるのはコレだけなんだからよ」
奴隷商の男はコインを一つ摘まんで見せながら箱状の機材に流し込んでいく。
コインが入るたびにカウンターが上昇していく。そんな中、壇上で右端に立っていた少女――『ミミ』が突然、音を立てて倒れた。
「え!? だ、大丈夫?」
「おいおい、商品が売れる前にくたばってどうするんだよ? <我は主として命じる。ミミ、今すぐ立て>」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
奴隷商人がそう言うとミミの体を紫色の光が覆って、まるで雷にでも当たったかのような悲痛な声を上げる。
「ちょっと何してるのよ! やめてあげて! 早く!」
「はぁ、これしきの事で大声出しやがって……<我は主として命じる。そこでじっとしてろ>」
「あんた。今、あの子に何をしたの?」
「そう睨むなよ。『命令』をしただけだ。こいつらは命令には逆らえないからな」
「ふざけないで! もうこの子たちは私の奴隷よ! 余計な手出しはしないで!」
「あ? ははっ! そうか、そうだったな! 悪い悪い。いたぶるのはお前の特権だったな?」
「私はそんなことしないわよ! あんたと一緒にしないで!」
「ああ、そーかい、そうかい。人間の建前と本音は違うもんだからな、勝手に言ってろ。こっちの金は確かに本物だったし、額もばっちりだ。だから……ほれ、それが『隷従の指輪』だ。これがある限りお前に逆らうことはないさ。じゃあな」
そう言うと奴隷商人の男は指輪をコイントスの要領で私へと飛ばし、その場を去って行った。その男が残した『隷従の指輪』を私は躊躇しながらも保険の意味も兼ねて薬指に付けた。
3人から見たら私は『自分たちを買った憎き人間』であることに違いはない。
「3人とも大丈夫? 私はエリカ。これからよろしくね? みんな歩けそう?」
私は手始めに3人の首に繋がった鎖を解いてそう声を掛けたが、立ち上がることは出来てもヨロヨロとした足取りでいつ倒れてもおかしくないようなありさまだった。
「(どうしよう。このままじゃ小屋に戻れるような状態じゃない。……うーん。あ、そうだ!)」
周囲を見渡すと大通りを馬車が何台も駆けていくのが見える。馬車を使えば容易に移動することもできるはずだ。そう思い立った私は3人を向かい側のお店まで連れて行った。しかし、当のサンドイッチ店のおばあちゃんは目を見開く。
「お前さん……! 奴隷を買ったのかい!?」
「うん。それでね、おばあちゃん。この3人を短時間、見ててもらえない?」
「それは……無理さね。あんたが戻って来ないとも限らないだろ?」
「……分かった。何か物を入れる袋を貸してくれない?」
「袋? そんなもので何をするつもりだい?」
「お金を置いていく。それで……保険になるか分からないけど」
「……はぁ、分かった。アンタのその目を見れば本気なんだろうさ。でも、この子たちを置いてどこに行くつもりだい?」
「とりあえず、荷馬車を調達してこようかなって……。私、フレストから離れたところに住んでいるから」
「なるほどね。分かったよ。さっさと行っておいで」
「ごめんね。ありがとう、おばあちゃん!」
私はおばあちゃんに3人を任せて街の入口へと急いで向かった。きっとユザルダさんなら馬車のことについて知っているはず――そう思ったからだ。
「ユザルダさんっ!」
「おお、帰ってきたか――ん? その指輪は!」
「あっ……えっと――」
「どうして奴隷なんぞ買ったんだ!!」
「えっ!?」
ユザルダさんの静かに怒るその声がその場に響く。
私はその言葉に思わず固まってしまった。




