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第14話 マスターとしてプライド

ゴーレムを討伐した私達は既に死にかけ同然の状態で馬車へと戻った。

周りでゴーレムが消滅したところを目撃した人間は私達を見て数歩、引き下がる。今度は私たちを強大な魔物を倒した『怪物だ』とでも思っているのだろう。


しかし、そんな中、私たちに手を差し伸べる一人の女性が居た。それは私達が救ったあのエミリアの母親、エリザベスだった。


「大丈夫ですか!? ああ、こんなになって……! ぜひ、わたし達の家にいらしてください。手当くらいはできますから」

「でも、私達は――」

「奴隷だろうがなんだろうが、あなた達は私達を救ってくれた命の恩人です。そんな方々を置いていくなんて出来ません!」

「アハ……じゃあ、お言葉に……甘え……よう……」

「エリカ――!!」


そこで私の意識はぷっつり切れた。今まで張り詰めた意識が痛みと安堵感で強制的に遮断され、一瞬で暗闇に落ちていった。その暗闇に落ちていた時間は体感的に僅か数秒程度だっただろうが、目覚めて見れば見知らぬ民家のベッドで横になっていた。


「はっ……くっ、こんなところでゆっくりしてる場合じゃ……うっ! うがぁぁぁ! い、痛っ!!」


鉄のように重い体を起こすと同時にとてつもない痛みが私の身体を襲った。よく見てみれば身体の至る所に包帯が巻かれており、腕には点滴がされていた。部屋の中には私の他にグーファやミミがベッドで寝ている。


「……それにしてもこれだけ大きい部屋に、私たちの処置――あの親子、何者?」


奴隷を嫌うことが普通とも言えるこの世界であの親子はこれだけの事を私たちにしている。確かに助けたことで恩を売れたのだと思えれば自然だったのかもしれないが、私には裏がある様にしか思えなかった。そんなことを考えていると入り口のドアが不意に開いた。


「あっ、リリアナお姉ちゃん! エリカが起きたよ!」

「えっ! 本当に!? ようやく目が覚めた……! ったく、心配させないでよ」

「……ごめん。そんなに寝てたんだ?」

「丸2日よ」

「2日!? すぐにここから出るよ」


私の身勝手な感情で戦う選択をしたせいでミミの命が刻一刻と失われて行っている。こんなところで悠長に寝ている場合じゃない。


「エリカ、無茶言わないで! そんな体じゃ無理よ!」

「無茶でも何でも行かなくちゃ……そうしないとミミが――!」

「分かってる、分かってるからほら、病人は寝た寝たぁ! ……大丈夫、あとは私が一人でやるからエリカは寝て待ってて」

「え? いや、それはダメ! それだけは絶対に……! 一人じゃ万が一の状況に対処できる訳がない!」

「一人で行こうとしていたエリカがそれを言う? 大丈夫よ。私なら」


リリアナは微笑を零して私から離れようとするが、私もリリアナの手をグッと掴む。

でも、その目には嘘偽りはなく、これしかないのだと思わせるほど明確な意志がその瞳から伝わって来る。


「(ここまできてリリアナにすべてを託すしかないの? 本当に?)」


自分の心に問えば一目瞭然で、このまま行かせればきっとリリアナは帰ってこない。

そんな気がする。でも、それを説き伏せるだけの材料がない。


「(どうしたら……いいの……?)」


私が困り果てていると聞き覚えのある大人びた女性の声が入り口から響き渡る。


「リリアナさん。エリカさんの言う通り、あなたもしばらくはここに居てください」

「エ、エリザベス……。今、私たちがどういう状況にあるのか、あなたにも話したでしょう!?」

「ええ、知っています。エリカさんがあなた方のマスターであり、全員が大切な仲間だということも――ですが、あまり場所が悪すぎます」


エリザベスは部屋の入り口から優しくそう語り掛ける。修道女なのかと勘違いさせる程、綺麗な黒のベールはその存在感を、説得力を際立たせた。そして続けざまにこう言った。


「いいですか、よく聞いてください。あの洞窟には約一万匹以上の魔物がひしめき合っています。昔から多くの冒険者たちがあの洞窟を我が物にしようと攻略に挑んできましたが、全て失敗に終わっているんです。……あそこの魔物はとにかく強い。最近では『冒険者の亡霊が出る』という噂すらもあります。それにエリカさんたちが取ろうとしているオルニアスの花が咲く最深部は、今年に入って帝国の精鋭率いる一個大隊を向かわせて数百名の死傷者を出したと聞いています」

「え? 一個大隊って……私たちの聞いた話と違う! 小隊じゃないの?」

「ええ。今年は特に魔物の数も脅威も上がっているらしく帝国の上層部も大隊の派遣なんていう方針に変えたのでしょう」


エリザベスは淡々と現実を突きつける。私たちはその事実に絶句するしかなかった。でも、だからといって、そこで「はい、そうですか」と退けるわけがない。


「それでも……ミミを救うためにグレブレット洞窟に行かないといけないんです」

「だから、エリカ! それは私がやるって言って――!」

「はいはい、喧嘩しないでくださいね? 2人が起きてしまいますよ? 私は決して強引にお二人を止める気はありません。ですが……せめて、グーファさんとミミちゃんが目覚めるまではウチに居てあげてください。……でないと、エリカさんの様に飛び出していきそうですから」

「……そう、ですよね。エリザベスさん……この子たちが目覚めるまでお世話になってもいいですか?」

「ええ、構いませんとも! もちろん、私だけでなくエミリアもそれを望んでいますから」


エリザベスが後ろをチラッと振り向くとその視線に気づいたエミリアちゃんがスッと姿を隠す。リリアナが気を使って手を振ると恥ずかしそうに笑みを零す姿からしても仲良しになったみたいだった。


「(フフ、またリリアナの妹候補が増えちゃったみたい。この家なら大丈夫。きっと三人を優しく見てくれる。みんな――ごめんね)」


私は救える人間を、そのチャンスがある人間を見捨てる事なんてできない。

きっと、ミミには光り輝く未来が、将来があって――いずれ、結婚して家庭を築く。そんな当たり前の幸せがいつか来るはずだ。


その可能性を無謀だから、私の体が痛いからという生半可な理由で否定するわけにはいかない。もちろん、一人で挑めば勝ち目の戦いだってことはよく分かっている。

それでもミミに残された時間は少ない。


「(……世の中には生きたくっても生きれない命だってある。今、私が動かなかったらきっとまた、後悔する)」


それが嫌だから私は確かな覚悟を胸に抱いて小さく言葉を紡ぐ。


「<我は主として命ずる。私を追って来るな>」

「うっ……!! こ、これは……エリカ!!」

「そして……<再度、我が主として命ずる・この家でじっとしていなさい>」

「そんなことだめぇ……あぐぅ……!」

「エリザベスさん、身勝手なお願いですけど、私が戻ってくるまでこの子たちのこと、よろしくお願いします」

「何が、何でも行かれるおつもりなんですね?」

「すみません。どうしても退く訳には行かないんです。ミミを助けるためにはこれが最善手なんです。それに私はこの子たちのマスターなので」


私がそう言い切るとエリザベスは瞳を閉じて私に進路を明け渡した。私はリリアナたち三人をエリザベス邸に残してグレブレット洞窟を目指すために行動を始めた。


「地図によるとこの森を一キロ東に進んだところに洞窟があるんだね」


近隣の町で手に入れた地図を片手に深々とした森の入り口に立ち、先を見やる。その先には「ようこそお客様。お待ちしていました」と言わんばかりにゴブリンやスライム、蜂の様な針を持つ魔物などがうじゃうじゃとひしめきあっていた。


きっと過去の私ならこんな状況だったら立ち止まっていただろう。躊躇していただろう。でも、今は違う。私には救える――救わなきゃいけない命が、かけがえのない仲間が居るんだ。そして、何があっても必ず、生きて帰らなきゃならないんだ。


「うりゃああああああああ!! <眩き紫弾よ、我が求めるのは殲滅のみ。爆ぜる風は吹き抜け、かの者に死の旋律を響かせよ!>」


剣を引き抜いて斬撃を浴びせながら魔術をまき散らしつつ一人、グーファとミミの力を体現させるようにグレブレット洞窟へ向けて進み始めた。



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