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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第三部:真夏の英雄譚
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神なるもの⑬『神なるモノ』

 900年前、この伊勢崎の地に一柱の『神』が降臨した。


 名は『オオモリヌシ』。


 その『神』は『卑奴羅ヒドラ』の毒によって汚染された土地を浄化し、村を平穏へと導いた。


 それ以来『オオモリヌシ』は伊勢崎村の守護神として祀られ続けた。


 しかし村に繁栄をもたらし続けるためには、一つの代償が必要だった。


 それは、十年に一度村の娘を生贄として差し出すこと。

 そしてその生贄は清川の血を引く娘を優先すること。


『神』は村に犠牲を強いたのだ。


 たった一人の犠牲で、十年の繁栄が約束される。

 村は長い年月を経ながら、律儀にその代償を払い続けた。



 ――そして900年後。



『神』は、怒っていた。


 10年前、清川家とは縁が薄く、そして若くもない女を差し出されたことに。

 そして今、生贄そのものが差し出されないことに。



 なるほど、そろそろ限界か。


 いいだろう、最低限の力は蓄えた。


 ならば『神』である己の手で、この村に引導を渡してくれよう。



「――いや、お待ちください『オオモリヌシ』様」


 なんだ、貴様は。


「私は清川 美鈴。

 今代の巫女にございます」


 おおそうか。

 随分と我を待たせたではないか。


「それは『オオモリヌシ』様に失礼のないよう、念入りに身を清めていたからにございます」


 なるほど、そうであったか。

 しかし何故、そなたは衣で姿を隠す。


「『オオモリヌシ』様のお姿を前に、恐れ多いからでございます」


 なるほど。

 しかしここには我と貴様しかおらん。

 ほら、近う寄れい。


「はい」


 ほれ、もう少しだ。


「……はい」


 うむ、ここまでくれば大丈夫だろう。

 ほら、その衣を取って貴様の顔を見せてみろ。



「はい『オオモリヌシ』――いや、『卑奴羅(ヒドラ)』様」


「なっ、貴様――!」



「間抜けが、同じ手に二度も掛かる奴があるかよ」






「グオオオオオオオォォォォォォオオオオッ!!」


 凄まじい音量の咆哮が山々に木霊する。

 そして、先程の地響きとは比べ物にならない振動が辺りを揺らした。


 地面のあちこちがひび割れ、まるで山そのものが生きているかのように胎動し始める。


「ちッ……! やはり今のは、ただの分身体だったか」


 枝の上に着地し、その光景を眺めながら英人は毒づく。

 しかしそこはまだ想定の範囲内。

 英人は直ちに次の攻勢へと移る。


『ミヅハっ! 頼むぞ!』


『あいあい!』


 念話でミヅハに指示を出すと、山の周囲から一挙に水が噴き出し始める。

 そしてそれらは無数の水柱となり、割れた地面へと入りこんでいった。


『よし! とりあえず地中にいるモンは拘束した!

 いつでもいけるでよ、契約者!』


「よし……『エンチャントライトニング・フルボルト』!」


 英人は地面の割れ目にロングソードを突き刺し、ありったけの雷撃を送り込む。


 今、地中はミヅハが流し込んだ水で満ちている。

 なので地中にいる『卑奴羅』にはその雷撃の奔流がダイレクトに突き刺さった。


「グオオオオオォォォォォォオオオオッ!!」


 さらに響く咆哮。

 地面や木々の揺れから、地中に潜むモノの大きさが嫌が応にでも実感できる。


「神さまごっこも今日までだ……!」


「嘗めるなよ……人間如きが!」


『なッ……脱皮した!?』


「この伊勢崎の地もろとも、消し去ってくれる!」


 しかし『卑奴羅』は脱皮して水による拘束を脱する。

 そしてその巨体は一挙に地上へと飛び出した。


 まるで噴水のように、土砂と樹木が重力に逆らって飛び散る。


「やっぱ……間近で見ると飛んでもねぇな。

 さすがは伝説の魔物。あれが――」


 英人は木から木へと飛び移りながら距離をとり、『卑奴羅ヒドラ』の巨体を眺める。


 それは一言で言えば、巨大な蛇。

 しかしその大きさはあまりにも規格外であった。


 全長およそ2キロメートル。

 胴体の太さもゆうに10メートルを超えている。


 もちろん、これは真っ当な生物ではない。

 そもそもこの世界で生まれたものですらない。


 その正体は太古の昔、異世界において悪名を轟かした伝説の魔物。

 その名も――


「『ヒュドラ』、か」


 英人はそう呟きながら、隣の山へと移動する。

 先程までいた山は、英人の攻撃とヒュドラの出現によって跡形もなくなっていた。


「貴様……我を斬ったな。そして我を欺いたな。

 この地の『神』である我を!」


 ヒュドラはその巨大な頭部を向け、赤い瞳で英人を睨む。

 その視線には常人であれば存在ごと消し飛んでしまいそうな程の迫力と怒気が込められていた。


「体って……あの胃の一部で作った分身体のことか。

 毎回あれで生贄を食ってたんだろうが……さすがにあの姿で『神』を自称するのは無理があるな。目とか完全に爬虫類だったり、造形に難がありすぎる」


「黙れっ!」


「うおっ!?」


 怒りに任せ、ヒュドラは英人に向かって突進する。

 何の工夫もないただの体当たりだが、それが全長2キロともなる巨体であるなら話は別。


 爆発か、と一瞬錯覚するような轟音とともに周囲の木と土と岩ははじけ飛ぶ。

 その姿はまるで、生きる天災そのものだった。


「ちぃ……っ!」


 英人は飛び散る木や岩を避けながら、義手のアンカーを使って木の枝へと飛び乗る。

 そして静かに、左腕に魔力を込め始めた。


左腕(レフトアーム)再現情報入力(インストール)――再現変化トランスブースト・オン・『大鬼王の剛腕キングオーガー・フィスト』!」


 そして英人の腕は一気に膨張を始めた。

 大鬼とは魔族の一種であり、魔法こそ苦手なものの圧倒的な膂力が自慢。

 今回はその一族の頂点に座する『大鬼王キングオーガー』の腕を『再現』した。


「そこか! 人間!」


『再現』を終えると、ヒュドラの太い胴体が英人の周りを囲み始める。

 その表面には所々から無数の赤い目が生成されており、殺意の込められた視線の雨が英人に注がれる。


「なるほど……死角はないというわけだ……なっ!」


 逃げられないのなら、突き進むまで。

 英人は赤銅色に隆起した左腕を振りかぶり、ヒュドラの胴体へと突進した。


「はあぁっ!!」


 そして一撃。


 凄まじい轟音と共に、魔法によって強化された『大鬼王』の拳が胴体へとめり込む。

 周囲の肉はまるでクレーターのように窪み、赤い目は血を吹き出して破裂した。


「ぐ……おっ! な、何だと……!」


 その予想外の威力に、ヒュドラは思わず怯む。

 そして包囲が緩んだ瞬間、英人はその隙間を縫って抜け出した。


「ふぅ……。小回りこそ利かないが、デカブツ相手なら結構いけるな、コレ」


 英人は左腕をさすりながら呟く。


「我の体を……。貴様、ただの人間ではないな! 何者だ!」


「八坂 英人……まあ二代目の『英雄』って言えばわかりやすいか?」


「『英雄』だと……。

 その忌々しい名を、もう一度聞くとはな!」


『英雄』という単語に激昂し、再度英人目掛けて突進するヒュドラ。

 今度はその巨大な口を開いており、周囲丸ごと飲み込まんとする。


「はぁっ!」


 英人は脚に魔力を込め、真横に跳躍してそれを避ける。

 刹那の後、英人のいた場所はヒュドラの口の中へと収まった。


「避けたか……!」


「まだまだっ!」


 そう叫びつつ、英人は左腕で木の幹を掴み一気に減速する。

 跳躍の勢いを受け止める為、みしみしと悲鳴を上げながら大きくのけぞる木。


 そして英人はのけぞった幹が戻る力を利用し、ヒュドラに向けて飛び掛かった。


「おおおおっ!」


「なっ――!」


 狙いはヒュドラの頭部。

 丁度ヒュドラは地面に牙を突き立てており、まさに絶好の位置。


「小癪なっ!」


 危機を感じたヒュドラはその表皮から一斉に触手を生やし、英人を拘束しようとする。


 しかし。


「『エンチャントライトニング・フルボルト』!」


 纏った高出力の雷撃が、その全てを焼き切った。


「なんだとおぉっ!」


「『鬼王鉄拳オーガーアイアン雷鳴ライトニング』っ!」


 そしてヒュドラの脳天に、怒りの鉄槌が突き刺さった。


「グ、ガ……アッ!」


 頭蓋が割れる感触が左腕を通して伝わる。

 あまりの衝撃に赤い眼球も眼窩から飛び出、口からは力ない悲鳴が響く。


「ここで一気に決める……!」


 しかしなおも英人はその攻め手を緩めることはしない。

 潰れかけの頭蓋をさらに殴打し、ヒュドラの息の根を完全に止めにかかった。


 そして一定の間隔で、無機質な殴打音と肉の潰れる湿った音が辺りに響く。


 おそらく、奴を殺すには首を斬るだけでは不十分。

 この化け物の脳髄を完全に破壊しなければ何度でも復活する。

 だからこそ、斬るのではなく潰す。


 これがヒムニスから仕入れた情報を元に英人がたどり着いた結論だった。


「これで……どうだっ!」


 そして英人はありったけの力で打撃を加え、脳に雷撃を流し込む。

 傷口からは黒い煙と、肉の焼ける匂いが立ち込めた。


 (もう一発……!)


 そして、ダメ押しとばかりに右手にロングソードを構えた時。



 ――ドシュッ。



 一本の触手が、英人を背中から貫いた。

 そして大量の毒が体内に注入されていく。


「ぐ、く……」


 それは過酷な訓練で慣れたはずの英人であっても顔をしかめる程の苦痛。

 咄嗟にロングソードで触手を斬り、後ろを振り返る。


 そこにあったのは、首無しで動く巨大な胴体だった。


「残念だったな、人間。

 我の脳は何も頭蓋の中にあるわけではない。

 長い年月をかけ、この肉体の各所に分散させたのでな」


 首を切り離した胴体が余裕そうに英人に話しかける。

 おそらく、表皮に声を発する穴を空けているのだろう。


「つまり一気に全部破壊しないと死なないというわけか……厄介な」


 そう答えながら、英人は『全身修復』で体を毒が注入される前の状態に戻す。


 ある程度の再生能力があるのは知っていたが、ここまで対策を積んでいるとは予想外。

 それをこの図体でやっているとなれば、最早反則級と言っていいだろう。


「しかしここまで真正面から我を追い詰めるとはな……あの男以来だ。

 いいだろう、我も全力で相手するとしよう!」


 新たな頭部を生成し、ヒュドラは大きく口を開く。

 同時に胴体の各所でも巨大な穴が開き、そこから紫色をした大量の毒を吐き出した。


「900年前と同じように、この地一帯を毒で染めてくれる!」


 そして口からは毒のブレスを吐き、周囲は一挙に毒で満ちる。

 それはまるで毒の洪水。


 凄まじい勢いで量を増やしていく毒は一つの流れとなり、驚異的なスピードで山々を侵食していった。


 これが異世界において伝説級となった魔物の真骨頂。

 900年以上経った今なお、かつての住処を汚染し続ける最強最悪の物質。


 それがヒュドラの持つ毒であった。


「さあどうする人間! 

 貴様如きに我を止めることができるか!?

 悠長に構えていれば全てが死に絶えるぞ!」


 毒にまみれた巨体でヒュドラは嗤う。

 月光を背にしたその姿は、まごうことなき伝説のバケモノ。


「もちろん、止めるとも。

 全てを懸けてな」


 しかし、そのバケモノを前にしても英人は退かない。

 そしてゆっくりと一歩――毒の川へ踏み出す。


 この村での因縁全てを終わらせるために。



 藤太の『卑奴羅ヒドラ』斬りからおよそ900年。

 伊勢崎の地は、再び長い夜を迎えようとしていた。


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