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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第三部:真夏の英雄譚
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神なるもの⑭『君がッ泣くまで殴るのをやめないッ!』

「なんだ……、あれは……」


 呆然とその景色を見つめる団平。

 今立っているのは、自宅の敷地からやや離れた場所。


 彼は風音を連れ、日が落ちる前に一旦自宅へと帰ってきた所だった。

 すると突然、外から凄まじい衝撃の轟音と揺れが響いてきたのである。


「……」


 それは自身の目と正気を疑うような光景だった。


 山を覆うような大きさの大蛇が、暴れている。

 その周囲では稲妻のようなものが絶えず光っている。


 それはまるで、空想の物語をそのまま現実に持ってきたかのよう。


「お父さん……」


 団平が唖然としていると、風音が不安そうな表情を浮かべながら傍らに寄ってくる。

 自室に隠れていろと指示していたのだが、どうやらいても立ってもいられなくなったらしい。


「風音……」


「あの大きい蛇、絶対に『卑奴羅ヒドラ』だよ。

 むかし、藤太が倒したはずの」


 風音は体を僅かに震わせながら団平の顔を見上げる。


 そんなはずはない――咄嗟に反論しようとするが、なぜかその言葉が喉につかえて口から出ない。


 たとえ否定したくとも、団平自身が本能的に理解してしまっているのだ。

 この村で生まれ育ち、あの昔話を幼い頃から何度も聞いてきたからこそ。



 そう、あれは間違いなく昔話に出てきた『卑奴羅ヒドラ』そのものだ。


「……この村から、逃げよう」


 決心したように、団平はぼそりと呟く。

 これは秘密基地で再会した時から考えていたこと。


 それは風音と一緒に村から抜け出し、警察署へと駆け込むというもの。

 風音は警察に保護してもらい、そして自らは自首をするのだ。


 殺人事件が絡むとなれば、この村にも捜査のメスが入るはず。

 少なくとも、この村に住み続けるよりかは遥かにマシだろう。


 何故10年前にこの発想ができなかったのか、自分の愚かさがつくづく嫌になる。


 しかし今後悔していても仕方ない。

 あのバケモノにやられる前に逃げないと――


 そう思って自宅へと急ごうとした時、風音が団平の手を握った。


「ダメ……!」


 震える声で、風音は団平を行かせまいと力の限り腕を引く。


「風音、いいから手を放すんだ。

 あの光景を見たら分かるだろ? この村はもう危険なんだ!」


「だからこそだよ!

 このままほっといたら、この村がなくなっちゃう!

 私たちの家だって! 

 そんなの、絶対ダメだよっ!」


 その白い頬に、一筋の涙が伝う。


「ダメなものか! 現実を見ろ! 

 あんな化け物相手にして、俺たちに何ができる!」


 思わず声を荒げる団平。

 このまま強引に手を振りほどこうとした時。


「――いや、できるぞ。

 清川の血を引く娘ならな」


 風音の代わりに、団平の言葉に答える声があった。


「そ、村長……!」


 振り返ると、そこにいたのは息を切らした様子の登美枝。

 傍らには、世話役の女性を含めた村人数人を従えている。

 

「ふぅ、すぐに見つかってよかったわい。

 見ての通り、村は今存亡の危機にあるからの」


「あれは一体、何なのですか?」


 安堵した表情を浮かべる登美枝に、団平は恐る恐る尋ねる。


「うむ、あれこそが『オオモリヌシ』様よ。

 知っての通り、この伊勢崎の守護神じゃな」


「『オオモリヌシ』様? あれが!?」


 団平は再び山の向こうへと視線を移し、登美枝が『オオモリヌシ』様と呼ぶ大蛇を眺める。

 しかしそこにいるのは全てを喰らい、そして毒を際限なくまき散らす化け物。


 どう見たって『神』と呼べるようなものではない。


「違う! あれは絶対に『卑奴羅ヒドラ』だよ!」


 団平の隣で、風音は反論する。


「おうおう風音や、お前は賢い娘じゃのう。

 ま、あれを見たら隠し通せはしないか。

 そうじゃ。確かにあれは『卑奴羅ヒドラ』でもあるのじゃ」


「!?  一体どういうことなんですか!?

 先程は『オオモリヌシ』様と……」


「同じ存在なんじゃよ。ただ呼び名が違うだけで。

 確かに900年前、藤太は『卑奴羅ヒドラ』を斬った。

 しかし完全には死ななかったのじゃ。虫の息ではあったようだがの」


「……」


 団平は思わず絶句する。

 それは村のアイデンティティといってもよい民話の存在を根底から覆す事実だったからだ。


「そして、そのことにいち早く気付いた者がおった。

 我らの先祖、桓本カキモト 定兼サダカネじゃ。

 兼定は偶然斬られた『卑奴羅ヒドラ』の首を見つけ、ある提案をしたのじゃ。

 『助けてやるから、その代わりにこの地を汚染する毒を消せ』とな」


「な……! それじゃあ」


「ああ。毒を浄化したのは他ならぬ『卑奴羅ヒドラ』だったというわけじゃ。

 ま、考えてみれば道理じゃな。

 自分の出した毒なのじゃから、自分で浄化できても不思議はなかろうて」


 妖しい笑みを浮かべながら、登美枝は説明する。

 この状況でなおその余裕を保てているという事実が、より怪物じみた印象を団平に与える。


「しかし……それじゃあ何故、『卑奴羅ヒドラ』は『オオモリヌシ』様と呼ばれるように……?」


「その辺りの詳細は、当時の本人たちに聞かねば分からぬ。

 じゃが、大いなる力には得てして信仰が集まるものじゃ。

 我々桓本家はそれを最大限に利用してきた。

 そのいい例が岩夫のような『影』の存在じゃな。お前も見たじゃろ?」


「あの大男ですか……?」


「『卑奴羅』の毒にも色々あってな。

 寿命を縮める代わりに、身体能力を大幅に増強する効果のものもある。

 岩夫の姿はその毒を投与した結果じゃ。

 そして我々一族は代々、そのような『影』を何人も作りだしてきた。

 その『影』を利用して桓本家はこの伊勢崎における影響力を維持してきたわけじゃな」


「それでは、『巫女参り』は……?」


「『卑奴羅ヒドラ』からのもう一つの要求じゃ。つまりは餌じゃな。

 『巫女参り』という祭りはその隠れ蓑に過ぎぬ」


 登美枝は悪びれず、しれっと答える。


「じゃあ清川家の娘が多いというのも……!」


「恐らくは復讐のつもりなのじゃろうな。

 自らを斬った一族に対する」


「そんな……」


 残酷なまでの事実を前にして、団平は思わずよろけた。



『オオモリヌシ』様が『卑奴羅ヒドラ』?


 化け物が、村を救った?


 村の英雄が、かえって一族を苦しめてきた?



 この村における常識全てを覆すような情報の数々に、とても脳の処理が追いつかない。


「さて、ひと通り話した所で……風音をこちらに渡してもらおうかの」


 しかしそんな団平の理解を待つこともなく、登美枝はゆっくりと二人の下へと近づいていく。


「いや……!」


 その物々しい様子に、風音は団平の手を握ったままその背に隠れる。

 そしてその手の温もりが、団平の意識を正常に戻した。


「待って下さい! なぜ風音を連れていくんです!?」


「分かるじゃろう? 『オオモリヌシ』様を鎮めるためには、生贄が必要なのじゃ」


「しかしそれは美鈴が――ッ!」


 マズい、と思った団平は咄嗟に口を塞ぐ。


「美鈴お姉ちゃんが、どうしたの……?」


 しかし、既に手遅れだった。


「そ、それは……」


「ひょっひょっ! お前、まさか話とらんかったのか! 

 ひょひょひょ! こいつは傑作じゃ!

 よいよい、なら儂が代わりに教えてやろう。

 風音よ、お前の父はな最初から生贄にするつもりで美鈴をこの村に連れて来たんじゃ。

 お前の代わりとしての!」


 そしてひょひょひょ、と高笑いする登美枝。


「それって本当なの!? お父さん!?」


 手をぐいぐいと引きながら風音は必死に問い続ける。


「……ああ」


 そして団平は絞り出すようにそう答えた。


「お父さん……」


「ひょひょひょ! まさに親バカという奴じゃの!

 娘のために実の姪の命まで差し出すとは!

 じゃがそれも今となっては無駄になったの。

 兄と同じじゃな。さ、早う風音をこちらに渡せい」


 登美枝は手の平で催促する。

 そしてそれと同調するように、村人が二人の周りを囲んだ。


 見てみると、その全員が鎌や鍬などといった農具を持っている。

 どうやら選択肢はないらしい。


 しかし団平にとってどうしても気になることが、一つだけあった。


「兄と、同じ……?」


 今にも消え入りそうな声で、団平は登美枝に尋ねる。


「ん? ああそうじゃ。

 奴は妻の京子がいなくなってからというもの、やけにこちらに意見してくるようになっての。

 密かに屋敷に来てはやれ『巫女参りは廃止しよう』の一点張りじゃ。

 全く何を血迷ったか。おそらく、鈴音の命が惜しくなったんじゃろうな。

 そんでこちらが拒否し続けると、しまいには警察やら何やらに訴える言ってきおった。

 じゃから毒を盛ってやったのよ。遅効性のな」


 そして登美枝はニタリと笑う。


「そんな……」


 その事実に、団平は思わず後ずさる。


 ずっと、病死だと思っていた。

 兄の苦しむ姿は今も鮮明に覚えている。


 枯れ木のように痩せ細った腕。


 ひどくこけた頬。


 毎晩のように聞こえる、呻き声。



 そんな兄を助けようと、必死に医者を探した。

 しかし全員が黙って首を振るばかり。


 そしてついに、最後の兄弟を失ったのである。


「ま、秀介の話など今はええじゃろ。

 それよりも風音じゃ。早う渡さんか」


 その憔悴した様子を気に留めることもなく、登美枝はさらに詰め寄る。


「村の為じゃ。おとなしく渡してくれ」


「頼む。ワシらとてこんな真似はしとうない」


 周りの村人も登美枝の言葉に同調するが、団平の耳には届かない。

 意識にあるのは、かつての家族のことのみ。



 姉も。


 兄も。


 妻も。


 ずっと、奪われてきた。


 そして今、娘さえ――



 伏せていた視線を、前へと移す。


 そこにいるのは、下卑た笑いを浮かべる老婆。


 団平の中で、何かがプツリと切れる音がした。


「……う」


「ん?」


「うあああああああああああああっ!!」


 その叫び声と共に、団平は一直線に飛び掛かる。

 その標的は、伊勢崎村村長、桓本カキモト登美枝トミエ


「なあっ!?」


 あまりに突然の豹変。

 老人の足腰では当然避けることなどできるはずもなく、登美枝の体はそのまま押し倒された。


「つつぅ……。何をするか、団平!」


「うるさい!!」


「な、なんじゃと!?」 


「ふざけるなっ! もうたくさんだ!

 うおおおおおっ!」


 そして団平は躊躇なく登美枝の顔面に拳を振り下ろす。


「やめ……! ゴハッ!」


「俺たちの家から、全部奪いやがって!

 姉さんを!」


「グウッ!」


「兄さんを!」


「ガハッ!」


「妻を! 返せぇえぇえええええっ!!」


「ゲハァアッ!」


 慣れない手付きで、不格好に拳を振り下ろしていく。

 時折狙いを外して地面を殴ってしまうが、そんなことはお構いなし。


 ただひたすらに、激情を老婆にぶつけ続ける。


 そのあまりの剣幕に、取り巻きの村人たちは呆然と立ち尽くしてしまっていた。


「ううっ! うおおぉっ!」


「お、い……政子マサコ

 こ奴を……グフッ! 止めん、か……」


 殴られながら、登美枝は世話役の女性に助けを求める。


「……」


「お、い……政子?」


 しかし、政子と呼ばれた女性は一歩たりとも動こうとはしない。


「登美枝様……団平さんの妻である志乃は、私の幼馴染だったんです」


 そしてその代わりに、ゆっくりと一言だけ呟いた。


「な――」


 唖然としら表情を見せる登美枝。

 返事をする間もなく、その頬には再び拳が突き刺さった。

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