44 夏の空色
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小鳥や使用人たちが動き始めた早朝に、ユリアーヌはとても良い睡眠が取れたせいか心地よく目覚めることができた。
しかし目を開けた時にその状況が瞬時に理解できず、暫く固まったままになってしまった。
なぜか自分の隣にリカルドが眠っており、その彼に自分の体はしっかりと包まれていたのだ。
思考が少し回り始め思わず「ひゃっ!」と変な声も出てしまう。
ユリアーヌの驚いた声と身動ぎにリカルドも目が覚めたらしく、ゆるゆると瞼が開いた。
「しまった、あのまま寝てしまった。」
そう呟いて自分をぼんやり見つめるリカルドに、ユリアーヌは少しの違和感を感じた。
雰囲気の違いは起き抜けの整えられていない髪のせいかと思ったが、夏の空色であるはずのリカルドの瞳が紫がかって見えたからだった。
「リカルド様…瞳の色が…。」
ユリアーヌがリカルドを見つめながらそのことを小さく呟けば、彼は一瞬驚いて目を見張った直後にギュッと一度目を閉じた。
しかしそれから開かれた後の瞳はいつもの夏の空色だった。
「おはよう、ユリア。あの後に夢は見なかったようだな。」
ユリアーヌの呟きは聞き流され、光の加減による見間違いだったのかしらと思っていると、リカルドは優しい笑顔で挨拶をして額に口付けてきた。
リカルドの話からユリアーヌは昨晩恐ろしい夢を見たことと、彼の体に包まれ安心して眠りに付いたことを思い出した。
改めて彼との近さと自分もリカルドも薄い寝衣でいることと、その体温を感じるほどに抱きしめられて眠っていたということが今更ながら恥ずかしくなり、結局ユリアーヌは耳まで真っ赤になって小さく「おはようございます。」と俯きかげんで言うことしかできなかった。
「ここに居たことがマーサにばれたら恐ろしいから部屋に戻る。マーサが来て着替えが済んだら声をかけるように言ってくれ。下で一緒に朝食を取ろう。」
リカルドは幼いころから世話になっているマーサに弱いらしく、まるでいたずらを隠そうとする子どものように慌てて自室へと戻って行った。
リカルドはユリアーヌと朝食を共にしたあとに転移してきたセレイナと入れ替わると、王宮の王太子の元へと出仕した。
昨日はユリアーヌと互いに想い合っていることが分かり、今まで誰に対しても抱かなかった想いを彼女に伝えたいと思い結婚して欲しいと騎士がする求婚をした。
しかも朝起きれば「おはよう。」と挨拶を交わし、先ほども「いってらっしゃいませ。」と見送られ屋敷を出た。
まるで夫婦のようではないか!とリカルドの心はムズムズし、自然と顔が緩んでしまう。
「おい、顔がだらしないぞ。」
恐らくそんな心の幸せが漏れ出てしまっているのか、通りがかったジョゼフが声をかけてきた。
「少しは進展があったのかな?」
慌ててわざと厳めしい表情でそっけなく「まあな。」と言うリカルドの背中を、ジョゼフはポンポンと叩いた。
小さな声で照れながらユリアーヌに告白しておまけに求婚までし、それも承諾してくれたとジョゼフには話した。
「おめでとう!僕は自分のことのように嬉しいよ。でもアーノルド殿の許可は?…まだなのか。ははは…健闘を祈っているよ。」
ジョゼフは祝福してくれたが、リカルドは舞い上がっていて最大の関門を忘れていた。
ルーカス殿下がフォローしてくれてはいるが、自分の屋敷に勝手に連れて来てその後も連絡しておらず既に2日が経っている。
以前顔を合わせたときのアーノルドの冷たい表情と態度を思い出し、暗い気持ちになったがユリアーヌとの幸せな未来のためにこれは越えなければいけない試練だと心に活を入れた。
間もなくしてルーカス殿下の侍従に呼ばれたリカルドとジョゼフの二人は捜査本部の中の執務部屋で待っていると、書類を手にした殿下が颯爽と入ってきた。
「さて、有用な情報が入ったので知らせる。」
殿下の放った諜報部員がとある噂とも物語とも取れる話を手に入れてきた。
それは随分と昔に貴族の女性の間で実しやかに話されていたことを、当時のある令嬢が小説家さながらに仕立てさせて仲間内で楽しむために冊子にしたものがあったらしい。
その冊子を手に入れることはできなかったが、それを読んだことがあり内容を覚えているという婦人の話がが殿下の手元にあった。




