43 夢
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亀更新で申し訳ありません。
夕食後のひと時をユリアーヌはリビングのソファーに座って、リカルドが何やら書類を書いている傍らで貸してもらった本を読みながら過ごしていた。
暖炉の暖かさと体を温める飲み物を飲んだこともあって、ユリアーヌは眠気に誘われた。
うとうとし始めたユリアーヌに気付いたリカルドは、やはり熱を出した後で体はまだ万全と言えないようだと思った。
「ユリア。君は早目に休んだ方がよさそうだから部屋に運ぶよ。」
うとうとしていたところを見られてしまった羞恥で、ユリアーヌは赤くなって小さく返事をした。
本当は気持ちが通じ合ったばかりで、できるだけ彼の近くに居て幸せを感じていたいのだが心とは裏腹に、体は休息を求めているようなので観念したユリアーヌはリカルドに軽々と抱かれて運ばれることにした。
抱えられての移動にユリアーヌは申し訳ない気持ちになるのだが、リカルドは気にしなくていいと言ってくれる。
ユリアーヌに宛がわれた部屋のベッドに降ろされ、リカルドが優しく頭を撫で額に口づけるとそっと囁いた。
「マーサを呼んでくるから寝支度を手伝ってもらって早目に休んだ方がいい。ああ、それから…夜はマーサも自室のある階に下がってしまう。俺の部屋はこの隣だから何か困ったことがあったら夜中だろうがベッドサイドの呼び鈴を鳴らしてくれて構わないから。」
その後は「おやすみ。」と言って部屋を出て行ってしまった。
額への口づけも嬉しいのだが、昼間知ってしまった彼の唇が与える幸福感を思い出してユリアーヌは1人赤面した。
リカルドに指示を受けたマーサがユリアーヌの寝支度の用意のために入って来た。
歩けない状態であるのとセレイナもいないので、今宵の湯あみはできない。
マーサが桶に熱い湯を用意してくれ肌触りのよい布を堅く絞ってくれた。
自分の手の届く範囲は自分で清め、背中などの出来ない部分をマーサが清めてくれた。
しかし普段身の回りのことは自分でしているユリアーヌにとって、たとえ女性同士でも裸を見られるのは恥ずかしいものだった。
マーサは高位貴族のセレイナの身の回りの世話をしていただけあって手際がよく、貴族女性の世話は当然のことであったので淡々とこなしていた。
「ありがとうございました。」
寝支度を手伝ってもらい終えたユリアーヌが少し恥ずかしがりながら言うと、マーサは驚いた顔をして慌てて言った。
「お礼なんて言わないでください。こういったことは本当に久しぶりで、嬉しくお世話させてもらっているのです。セレイナ様も騎士になってからはご自分でされていましたし、坊ちゃんがお生まれになったひと月ほどは身の回りのお世話をさせてもらえましたけれどそれ以来でしたので。本来の仕事をすることができるのですから、私の方がお礼を言いたいくらいです。」
とても優しい笑顔で言うと、部屋の明かりを小さくしてくれた。
「慣れない場所で真っ暗というのも不安でしょうから、灯りは小さくして点けておきますね。では、ゆっくりお休みになってください。」
そう言ってそっと出て行った。
昨晩までは医師の処方した薬で半ば強制的に眠らされていたので何も感じなかったが、暗く静かな空間に1人でいると住み慣れた家の自分の部屋や自身のベッドとの違いが感じられてしまって少し心細くなってしまう。
それでもユリアーヌはオルスター家のことが気になりつつ、その反面でリカルドの側にいることの幸せも手放したくないと思ったりもして「なんて贅沢な考えかしら。」と思いながら、大きく息を吐いて目を閉じた。
ユリアーヌを部屋に運んだリカルドはリビングに戻り、書きものの続きをしていた。
その日の仕事を終えたマーサがリカルドに言った。
「お譲さまはお休みになりました。けれど寝慣れない場所ですので夜中に目を覚まされて、不安になられないか心配です。やはり控えの間に私がいた方がいいのでは?」
「それではこの家を回してくれているマーサの負担が大きくなってしまう。ただでさえ普段も女性の使用人が少なくて負担を掛けているのだから。…そうだな、すぐに気付けるように書類の続きは自分の部屋でする。男の俺で事足りないときは悪いが呼びに行かせてもらう。」
マーサはベテランだがそもそもはサルバドール家の女主人の侍女であった。
ちょうどセレイナが生まれる少し前にマーサは出産して侍女の仕事を休んでいたのだが、女主人の希望でセレイナの乳母として職場復帰をすることとなった。
その後は乳母からセレイナの侍女を経て、この屋敷の女中頭として女主人のいないこの屋敷を整えてくれている。
リカルドは母と共に自分を育ててくれたマーサを母同様に思っているのだが、年齢的には祖母に近い年になる。
やはり年齢のことを考えると負担を増やしたくはない。
早急にそのことを『あの人』に相談しなくてはならないなと考え、ため息をひとつついた。
書類を抱えて自室に行き、続きを書きあげる。
日にちが変わる前に終わったことに安堵し、イスに座ったまま体を反らせて伸ばす。
リカルドは部屋のシャワールームで身を清めると寝る支度をした。
寝る前に一度ユリアーヌの部屋を覗いた方がいいのか迷ったが結局止めてベッドに横たわった。
「… … …!」
戦場経験や長年軍事訓練を受けていると、たとえ寝ている時であっても五感が澄んでしまい小さな異変を感じ取れるようになってしまう。
リカルドは素早く起き上がり部屋を出ると、隣のユリアーヌが休んでいる部屋へと駆け込んだ。
「ユリア!」
灯りを小さく落とした薄暗い部屋の中でベッドに横たわっているが、腕だけを天井へと伸ばし何かを振り払うように大きく動かしている。
「…誰か助けて。あぁ、いやっ!来ないで。いやよ…怖い!」
ユリアーヌの口からは恐怖に怯えた言葉が紡ぎだされている。
瞳は眉間に皺が寄るほどに堅く閉じられ、額には冷や汗だろうか…汗がにじんでいた。
どうやら眠っている状態で恐ろしい夢が…先日の出来事が夢となって彼女を襲っているらしい。
「ユリア!夢だ、目を覚ませ。」
リカルドはユリアーヌの半身を起して自分の胸の中へと抱きこんだ。
直後は捕らわれた者に抵抗するように暴れていたが、リカルドがしっかりと抱きしめながら背中を優しく撫で、「大丈夫だ。」と何度も耳元で囁いていると落ち着いてきた。
「……リカルドさま?」
リカルドの胸にきつく抱き寄せられていたユリアーヌの呼吸も穏やかになり、顔が上に向けられ瞼がゆっくりと上がると潤んだ黒い瞳が現れた。
「酷くうなされていた。怖い夢を見ていたようだった。」
「ええ…。あまりはっきりとは覚えていませんが、何か大きく恐ろしいものに追いかけられていて…追い詰められてもう逃げられなくて…。」
そこまで言ったユリアーヌはその恐怖を思い出したのか、ゾクリと体を震わせた。
「体もまだ完全に良くなっていないから眠ったほうがいい。」
「はい…。でも、…眠るのが怖いです。」
それなら暫くこのままでいようとリカルドはユリアーヌを胸に抱いたままベッドに横になった。
男の人と、それも想いを寄せている人と同じベッドにいるというとんでもない状況に、ユリアーヌは緊張して体を強張らせてしまう。
それをリカルドは怖い夢を見る恐怖を感じてなのだと思い、ユリアーヌを更にしっかりと抱きしめた。
そのうち二人の体温で寝具は温まり、リカルドの腕に包まれている心地良い拘束感と安心感でドキドキしていた心も落ち着き、ユリアーヌはいつの間にか眠りについていた。
リカルドは抱きしめているユリアーヌの体の力が徐々に抜け、呼吸がゆっくり規則正しくなったのを感じた。
自分の胸にぴたりと付けられた彼女の穏やかな寝顔を見つめ、彼女の額に唇を寄せる。
リカルドは口付けを彼女の唇にはせず額にするようにしていた。
それはリカルドが理性を保てる自信が無いからだった。
やはり彼女のことを大切に思うからこそ、皆に祝福されて一緒になりたい。
でも、もう少しこの幸福感を味わいたいとリカルドは、目を瞑り腕に抱くユリアーヌを感じていた。




