29 - ②
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「キャロル、そちらがユリアーヌさん?」
キラキラ光る光を楽しんでいると、奥の方からすらりとした長身の女性が現れキャロルに声を掛けた。
「ええ!紹介するわ。私の同僚でユリアーヌ・オルスター嬢と騎士のリカルド様よ。こちらは私の兄のお嫁さんでオルビア義姉さん。」
今日の訪問のもう1つの目的でもあったカフェ経営をしているキャロルの義姉がカフェの方でお話ししましょうと言うので、そちらに移動することになった。
リカルドは雑貨店で先ほどのネックレスを受け取って代金を払って後からカフェに行くからと言って、来るときからずっと預かっていた包みをユリアーヌに渡した。
隣接するカフェは雑貨店と同系色でまとめられていたが、天井を高くして緑を多めに配置してあり安らげる雰囲気作りがとても心地よかった。
店内席とテラス席、店の奥には間仕切りすると個室のように使える部屋があり、そこに通された。
「現在のメニューがこれ。どれも評判はまずまずなのだけれど、そろそろ看板メニューが欲しいと考えているの。」
「そうお聞きしてキャロルの話を参考に、いくつか作ってきました。」
そう言ってユリアーヌは持ってきた包みを開けた。
彼女は数週間前からキャロルに必要となるものを取り寄せてもらって家で試作していた。
貿易商であるため他国からのナッツ類やスパイスを手に入れることはお手の物だ。
国内外のナッツの食感・味の組み合わせを探り、吟味して6種類のナッツを選び出した。
焼き菓子に混ぜたりパイの中に閉じ込めたり…中でもオルスター家で皆の支持を得たのが、東の国の甘くスパイシーな香りの『桂皮』を練りこんだ生地に吟味したナッツを混ぜ込み、大人の片手を開いたくらいの大判のクッキーだった。
「いい香りね、試食しましょう!飲み物も合いそうなものを数種類用意するわ。」
雑貨店で会計を終えたリカルドも店員に案内されカフェの奥の間に顔を出した。
女性ばかりの華やかな場所に気後れしたのか、店の外で待っているからと言うリカルドをオルビアが引きとめた。
「お客様が女性ばかりとは限らないの。女性と一緒に来る男性のお客様も多いのよ。そんな男性のためにも男の方の率直な意見が聞きたいわ。」
言い含められてリカルドの参加も決まった。
オルビアがスタッフに取り皿と飲み物を用意するように指示を出し、暫くすると奥の間の大きめのテーブルには次々と皿や飲み物が置かれる。
皿にクッキーが置かれ、それを配りながらオルビアがユリアーヌに尋ねた。
「どうしてクッキーをこの大きさで焼いたの?」
「その…子どもの頃、クッキーが手のひらくらいあったらいいなって思いました。今はもう子どもじゃないけれど…子どもじゃなくても大きかったら嬉しいかな?って。」
はにかみながら答えるユリアーヌにキャロルが続いて言った。
「ああ、その気持ちわかる!」
その言葉で皆が笑顔になった。
誰もが幼い時に抱く思いなのだろう。
大判のクッキーを手で割ると口に入れる。
「『桂皮』なんて珍しいものを入れたのはなぜ?」
「リングラン国にいる親戚の手土産のパンに使われていたのです。我がフォルスタ国に『桂皮』は主に薬として入ってきているらしいのですが、リングランでは近年甘くしたパンや焼き菓子、料理にも使うそうです。もちろん香りが良いだけでは無くて『桂皮』は血流を良くするという薬効もあるので、女性向けにはそれも狙っています。」
「なるほど。さすが上流階級の交流や情報は素晴らしいわね。ごめんなさいね、悪く取らないでね。生地のサクサクとしっとりの絶妙な食感とスパイシーな香りに、ナッツの歯ごたえもたまらない。男性の感想も聞かせてくださる?」
オルビアは最後の一口を口に入れたリカルドに感想を聞いた。
「普段あまり甘いものは食さないが、このスパイスで甘みが抑えられている気がする。恐らく一緒に来た男性はコーヒーを頼むことが多いだろう?ケーキやパイ・スコーンなどには少し抵抗があるが、大判ではなく普通のサイズであれば男性にも好まれるのではないだろうか。」
リカルドの話を聞いてキャロルが何やら閃いたようだった。
「今はコーヒーを頼むのは大半が男性ね。コーヒーを頼んだ方にお茶請けとして小さなクッキーを1枚付けたらどうかしら?」
キャロルの出した案は前向きに検討されそうだ。
ユリアーヌがレシピをまとめた紙をオルビアに渡し、要点とコツを説明した。
その後もいくつか意見やアイデアを出し合ってお開きになった。
店の前でキャロルがユリアーヌの手を握りこっそり耳元で言う。
「ユリア、頑張るのよ!」
何のことだか呑み込めなかったユリアーヌだったが、キャロルの力強い目が言わんとすることがやっと理解できて曖昧に微笑んだ。
手を振りながら「また明日、職場で!」とキャロルと別れ、二人は来た道を公園に向かって歩き出した。
「疲れたのではないか?」
積極的にあちこち出かける性分ではないことと、社交的ではない性格を知っているリカルドは気にしてくれたようだった。
「少しだけ。でもその何倍も楽しかったのです。」
平日の夕刻少し前というのは通りに人が少なかった。
リカルドはルーニーを集中させ手のひらに金の鳥を出し空へと放った。
御者のヨハンへの伝令なのだろうとユリアーヌが目で追っていると、リカルドは彼女の手首をそっと手に取り自分の腕に置いた。
手首を取られた時ビックリして彼を見つめてしまったユリアーヌだったが、リカルドが自然な動作で自分の腕に誘導したのでこれは『紳士の嗜み』なのだと思って、意識しないように努めた。
「今日の話を聞いていて菓子作りが本当に好きなのだと伝わった。知識も豊富でそれを形にする技術もある。ユリアと一緒に作ったり食べたりできる孤児院の子どもたちが羨ましい。」
「そんな…」
ユリアーヌは頬を赤らめた。
「実は今日の大判クッキーの話は母に連れられて初めて孤児院に慰問に出かけたときに体験したことだったのです。おやつがミルクにクッキー1枚だったことに驚きました。それまで自分がしている生活を皆もしていて当然だと思っていました。私と同じくらいの子が『クッキーが手をパーにした大きさだったらいいのに…』って言って。」
うんうんとリカルドはただ頷いてゆっくりと歩く。
「それを聞いたときはその意味が分からず、帰りの馬車で母に聞きました。『大きくなくても2個とか3個とか、たくさん食べればいいじゃないの?』って。母はあの子が言った言葉の意味を小さな私が理解するまで教えてくれました。それから母と話し合って孤児院で作るクッキーは大きく作ることにしました。そしたら子どもたちが喜んで…。」
「それはそうだ『夢がかなった!』と思っただろう。」
ふふっと、どこか懐かしいことを思い出すような優しい微笑みと声色でリカルドが言った。
そんな微笑む彼の横顔に見とれてしまい、ドキドキした。
ユリアーヌはリカルド自身について詳しくは知らなかった。
数年前の魔獣討伐の功績が認められて爵位が与えられ今の地位にいる…それはキャロルを含めた周りから耳に入れた情報だ。
爵位を賜ったということはその前は貴族籍を持たなかったのかもしれない。
以前話の中で母一人子一人の環境で育ったと聞いたことがあった。
庶民の母子家庭といえば生活は豊かでないことが多い。
そうだとすれば豊かに育った自分が理解できなかった『あの子の気持ち』を理解できる側だったのかも…と思うと、少し距離を感じてしまい寂しく思ってしまった。
公園に着くと御者のヨハンが待っていた。
リカルドはヨハンにユリアーヌの荷物を渡し、彼女を馬車に乗せると思い出したように自身の内ポケットを探る。
『クラッチュモーン』の飾り文字が入った小袋をユリアーヌに差し出した。
「受け取ってほしい。」
ユリアーヌは戸惑ったものの両手で受け取り、そっと開いて袋の中を覗き込む。
袋の中には絡まらないようにと台紙に巻きつけられたサンキャッチャーが入っていた。
「リカルド様…。」
「君がそれを見つめる表情が…その…幸せそうだったから…それだけだ。」
そうリカルドは照れながら言うと馬車の扉を閉め、ヨハンに出発するようにとの合図を送る。
ユリアーヌは車中からお礼を言うが閉め切られているのと、走りだした馬車の音でリカルドには彼女の声は届かなかった。
子どもっぽいかと思いながらも、ユリアーヌは手を振ってみる。
リカルドもそれには気付いたようで、小さくなりつつある彼が控え目に手を振りかえしてくれていた。
帰宅すると着替えなどを済ませ、クッキーのアドバイスをしてくれていた母に報告をした。
自室に戻ると机を窓の方まで押して行き机にイスを乗せて、その上に上るとサンキャッチャーを窓の上枠に吊るした。
本当はこんなところを家人に見られたら叱られるのだが、リカルドから貰ったサンキャッチャーは自分自身で取りつけたかった。
ソファーに腰掛け陽の光を受け輝く様を見つめながら想いにふける。
リカルドが買ったトルコ石のネックレスは、落ち着いた雰囲気の大人の女性に似合いそうなデザインだった。
彼がその人のことを考えて選んだ『それ』を手にするのは、いったいどのような人なのだろう。
ため息をつきながら、改めて自分は世間知らずで子どもっぽいなと思う。
爽やかな風が通り抜け、キラキラと陽の光を部屋の中へと散らすその様子をユリアーヌは陽が落ちるまで飽きることなく眺めていた。
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