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この度もお読みくださり、ありがとうございます。

令嬢数人に取り囲まれた日をきっかけに、キャロルとは互いの家のことについても話すようになった。

ユリアーヌはオルスター家の娘だと告白したが、キャロルにはさほど驚かれなかった。


「なんとなく上位貴族…そんな感じがしていたわ。でもオルスター総務官が父親だとは思わなかったから、そこはビックリした。ユリアはお母さん似なのね。」


父アーノルドとは見た目が似ていないので母のマリアンヌを見知らないキャロルは、ユリアーヌを母親似だと思ったらしい。


「でも…纏っている雰囲気というか…その家『らしさ』っていうのかなぁ。それはお父さんに似ているわ。」


キャロルに父と似ていると言われてユリアーヌは嬉しく思った。



キャロルの家は大手の貿易商だ。

彼女の祖父の時代は外国からの砂糖・香辛料を扱う小さな貿易商だったようだが、父親が成人して手伝うようになって鉱石・鉱物の分野にも事業を拡大。

その数年後にある男爵家の令嬢と結婚したことにより、妻の実家が織物や生糸などの分野に融資をしてくれた。

手掛ける分野が新しく加わる度にその波に乗り、事業は成功を収めている。

近年は輸入した鉱物を新たに設立した自社で研磨・カット・加工し宝飾品も作っている。

宝石商でも高値で取引される技術の高さとセンスの良さで話題になっている。


最近ではキャロルの兄が外国に買い付けに行った際には、目についた小物や雑貨などを数点ずつ買ってくる。

そうやって3年前に兄がオープンさせた小さな店には、数量限定の趣味の良い物が置かれている。

もう一つ人気なのが自社でカットした後に残った企画外の宝石を加工し、シンプルな装飾と手ごろな値段で提供しているアクセサリーだ。

庶民にとって「宝石は金持ちのもの」という概念から「自分へのご褒美」や「大切な人への贈り物」と、少し背伸びをすれば届くもの…に認識が変わった。

金持ちが買う宝石と比べれば透明度や輝き・大きさなどは劣るが、専用の道具で見なければ透明度や輝きなど分からないほど良質だ。

これが昨今の『誕生石』ブームもあって若者にも人気になっている。



ある日、キャロルに兄の店『クラッチュモーン』に行かないかと誘われた。

兄のお嫁さんが昨年カフェを併設したのだそうだ。

まずまず人気はあるものの、オープンして約1年。

店の看板メニューが未だ定まらないのが悩みらしい。


以前職場にユリアーヌが焼き菓子を持っていったところ、とてもおいしかったのでキャロルは持ち帰って義姉に参考になればと渡したのだ。

キャロルがユリアーヌと彼女の母がお菓子作りをすることを義姉に話したところ


「美味しいものを食べられる環境にあって、尚且つ再現できる手腕がある人から意見を聞きたい!」


キャロルは義姉にユリアーヌに会わせてほしいと強くお願いされ、ユリアーヌも何度も身に余ることだと断ったのだが結局は、キャロルの熱意に負けてお邪魔することになった。


決まったところ以外に出かけることのないユリアーヌは、外観さえ見たことのない初めての場所に加えて見知らぬ人が多くいる場所に出かけることに不安を覚えた。

初めての場所に出かけることになったと伝えておいたほうがいいように思えて、リカルドのもとに向かうことにした。



詰め所も隊員の半分ほどは警護や巡回などの持ち場についていて、交代で休憩を取ったり報告書などを書く者しかいないので静かであった。

午後のこの時間は執務室にいるだろうという予想通りにリカルドは書類に目を通してはサインをしたり、一筆書いたりと処理をしていた。

ノックの後に「どうぞ。」の声があったので、そっと扉を開けるとリカルドの視線は机上の書類に落とされたままだった。


「あの…失礼します。」


ユリアーヌが声をかけると、リカルドは思ってもみなかった人の声に驚いて顔を上げた。

日常でも時々顔を合わせているものの、食堂などで偶然出会ったりリカルドからの依頼の本を届けたりするだけでユリアーヌから用があって訪ねるのは初めてのことだった。


「お忙しかったでしょうか?」


机上の書類に熱心に目を通しているリカルドに「お忙しかったかしら?」と少し不安になったユリアーヌは尋ねた。

慌てて立ち上がったリカルドは、ガタンと大きな音を立ててしまう。


「いやいや、そんなことはない。こちらにどうぞ。」


小さな応接セットのソファーに座るように案内する。

あいにくリカルドの部屋を訪れる来客のほとんどは武骨な男性なので、ティーセットなどの気の利いたものは置いていなかった。


「茶の一つも出せずにすまない。そ…の…、ユリア…から訪ねてくれるなんて驚いたよ。何かあったのか?」


植物庭園での帰り際に『ユリア』と呼んでいいと言われたが、その後初めて口にしたその名前に互いに少し照れてしまう。


「報告…というかお知らせ…というか、少し不安なところもあって。リカルド様には新たな場所に出かけることを伝えておいた方がいいのかな…と思ったので話を聞いていただければと。」


ユリアーヌはキャロルと2週間先の休みが同じになる日に彼女の兄が営む店に行くことになったこと、楽しみでありながら初めて行く場所を少し不安に思っていることを伝えた。


「では私も同行する手筈を整える。それでどうだろうか?」


「そんな…、それではリカルド様のお時間を取らせてしまいます。それに警護の術式も施されているのだからそれこそ申し訳ないです。」


「先日のことを思えば術が発動するということは、ユリアに何事かが起こらないといけない。本当は何かが起こって駆けつけるよりも、私はその前に防ぎたい。だからその日は一緒に行かせてくれ。」


今までになく少し強引なくらいの申し出に、ユリアーヌは真っ赤になりながら「はい、では…お願いします。」と小さく言った。

リカルドは自分の馬車で迎えに行こうと考えたが、父親のアーノルドがそれを見て大騒ぎになったあげく出掛けることもできなくなってしまう…そんなことがリアルに想像できてしまい、ユリアーヌの家と店の中間くらいにある公園で待ち合わせることにした。

待ち合わせの場所を提案し、おおよその時間も決まった時に扉が強く叩かれた。


「隊長、お話中にすみません。団長から来てくれと連絡が入っています。」


扉越しに副隊長のアブルーノが申し訳なさそうに声をかけてきた。

リカルドはユリアーヌに「すまない、失礼する。」と言って、足早に部屋を出て行ってしまった。

彼の執務室から退出して歩くユリアーヌの胸の鼓動は早く、あんなに不安に思っていたことも嘘のように出かけることが楽しみになっていた。



少し浮ついた気持ちを切り替え、第2騎士隊の詰め所を出ると次の届け先に向かう。

庁舎の中にある2つの部署に本を届け、本日最後の届け先を確認する。

届け先は珍しいことに王宮内にある王太子の執務室だった。

王宮にも王族方が利用する素晴らしい王宮図書館があり、もしそこで求めた本が無ければ王宮図書館から王立図書館に連絡が入り、そこで職員を通じて本の受け渡しがされることが常であった。

「王太子殿下のところへなんて、手違いかしら?」と少し疑問に思いながら、念のため訪ねて行って侍従の方に聞いてみようとユリアーヌは王太子の執務室を目指した。


今日は偶然にも王宮の入り口を護る護衛騎士が第2騎士隊の隊員だったのであちらから気さくに挨拶してくれた。

その気安さで彼らに相談すると、殿下は気取ったところが無い方だから自分で頼んだのかもしれない…とのことで、執務室に行って聞いてみたらいいのでは?ということになってしまった。

説明された通りに歩いてきたつもりだったが、白い壁に豪華な装飾の王宮内はどこまで行っても同じように見えてとても分かりにくく、ユリアーヌはすっかり迷ってしまっていた。


そこに話し声とともに見慣れた騎士服の背の高い青年が2人現れた。

しかもそのうちの一人は先日リカルドが紹介してくれた、第4騎士隊隊長のジョゼフ・マーレンだった。

あの時リカルドの執務室では何も言わなかったが、実はジョゼフの母マーレン伯爵夫人はフィルダナ家と交友関係にあり度々フィルダナ夫人のお茶会に招かれていた。

ユリアーヌも10歳になるまでフィルダナ家で行われるお茶会には同席していたので、優しく親切に話しかけてくれたマーレン夫人のことを覚えていた。

ジョゼフは母親のマーレン夫人によく似ているので、余計に親しみを感じてしまっているのかもしれない。

ジョゼフを見つけたとき思わず知った顔の嬉しさと安心感で、微笑んでしまう。


「すみません。王太子殿下の執務室はどちらですか?」


ジョゼフに向かって聞いたのだが、笑顔で答えたのは少し年上だと思われるその隣の男性だった。


「殿下のところ?我々も向かうところだから一緒に行こう。」


ジョゼフよりも職務地位が高そうな少し年上の男性は、そう言ってユリアーヌを案内してくれた。

彼らの案内でたどり着いた王太子の執務室に殿下はおらず、ユリアーヌはその男性の許可を得て共に入室し不在時のメモを本に挟むと机の上に置いた。


「あっ。君、ちょっと待っていて。」


その男性は米神に手を当てると目を瞑って何かを念じているようだった。


「迷わず戻ることができる?」


彼は目を開けるとユリアーヌに聞いた。


「たぶん大丈夫だと…思います。」


自信なく微笑みながらハッキリと言い切れないユリアーヌが可愛らしくて、ジョゼフの顔も緩んでしまう。

ルーカスが出入り口の方にユリアーヌを誘導すると扉を開ける。

開けた扉の外には今まさにノックをしようとしていたリカルドが、突然開いた扉を前に驚いた顔で立っていた。


「ああ、リカルドちょうどいいところに!」


そんなことを言われて一番戸惑っているのはリカルドだ。

団長の話がひと段落したところに『今すぐに来い!私の執務室だ!最優先事項だ!急げ!』と突然頭の中に話しかけてきたのは当のルーカスだからだ。

急いで駆けつければ「ちょうどいいところに」などと言われて、訳が分からずポカンとしているリカルドにウインクしてその瞳は何かを汲み取れと訴えている。

ルーカスの後方に見えたジョゼフは、笑いをこらえているのか肩を揺らしていた。


「この子は来るときにも迷っていたから、迷わず職場に戻れるように送ってくれないか?よろしくな。」


部屋の中からユリアーヌの背をリカルドの方へぐいぐいと押してくる。

結局執務室に一歩も足を踏み入れることなく、言葉を発することも許されなかったリカルドはユリアーヌを連れて執務室を後にした。


「リカルド様のご用は良かったのですか?」


歩きながらユリアーヌに問われて「ああ…済んだのだと思う。」とあいまいな返事をした。

ジョゼフが殿下に自分が彼女のことを好ましく思っていることを喋ったりして、殿下なりの気の利かせ方だったのかもしれないが職権乱用では?…とリカルドは思った。


「本をお届けに行ったのですが私、迷ってしまって。偶然出会ったお二人に案内してもらったのですが王太子殿下はお留守でしたので、不在時のメモを挟んで本を置かせてもらいました。」


「そうか…。ん?」


ユリアーヌは殿下のことを不在と言っていた。

そういえばルーカス殿下が先ほど着ていたものは我々と同じ騎士服だったな…と思い出したリカルドは大体のことを察した。

またいつもの様に自分のことを、王太子だと分かっていない者が普通に接してくるのを楽しんでいたのか…そう思うとため息をついた。

ブクマ・評価・拍手・メッセージ とても嬉しいです。

ありがとうございます。

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