26
この度もお読みくださり、ありがとうございます。
ユリアーヌに警護の術を施してから1月余り。
植物公園以降に王宮や庁舎などで顔を見ることは何度かあったが、術が発動してユリアーヌのもとに駆けつけるということはなかった。
リカルドは本を執務室に届けて貰えるサービスを利用して、ユリアーヌとほんのひと時だが話をすることを密かな楽しみにしていた。
その会話は他愛のないもので自称リカルドの恋愛指南役のジョゼフには、じれったいものでしかなかった。
たまたまジョゼフがリカルドの執務室を訪れていたときに、本を届けに来たユリアーヌと鉢合わせるということがあった。
ジョゼフは前々から一度ユリアーヌと会っておきたいとリカルドに言っていたが、故意か偶然かそのような機会に恵まれずにその日まできていた。
このような状況になってしまえばリカルドだってジョゼフを紹介しないわけにはいかなくなり、不本意そうに彼女をジョゼフに紹介した。
「彼は魔道学校時代からの友人で、第4騎士隊長をしているジョゼフ・マーレンだ。」
「君がユリアーヌちゃんだね。よろしく!『ジョー』って呼んでくれていいからね。」
輝くような笑顔にウインクまでして、握手を求めるように右手を差し出す。
ユリアーヌも握手を求められたのかと、自分の手をジョゼフの手に重ねる。
ジョゼフは彼女の手を軽く握るようにすると角度を変えて持ち上げ、ユリアーヌの手の甲に唇を寄せた。
「なっ!」
リカルドがジョゼフのとった行動に思わず声を出した。
騎士の淑女に対する一般的な挨拶ではあるが、ここは舞踏会でも夜会の会場でもないからそこまでする必要はない。
ジョーのしたことが気に入らなかったリカルドは、ユリアーヌの両肩に手を置くと自分の方へと引き寄せジョゼフから離した。
マナーとして手の甲へのキスのことは知ってはいたが、子どもの頃のマナーの勉強相手はエリックであったし社交に出ていないユリアーヌにそのようなことをするのは、父や叔父のシルベスくらいだった。
「そ…それでは、私は失礼します。」
いたたまれなくなったユリアーヌは返却用の本を抱えて慌てて出て行った。
「真っ赤になっちゃって可愛い。」
ニヤニヤとしてユリアーヌが出て言った扉を見ながら言っていたジョゼフが、リカルドに向き直ると急に真剣な顔つきになった。
「けれど…本当にスパークは起こらないのだな。彼女のルーニーも少し変っている。」
プレイボーイを自他ともに認めるジョゼフだが、きちんと『仕事』はしていた。
「彼女はなかなか貴重な存在だぞ。誰かに取られないように積極的に行けよ。それからお前が掛けた術式の他に、位置情報を知らせるようなシルシが付いている。オルスター総務官が付けたものか?まあ、…頑張れよ。」
リカルドの肩をポンポンと叩き、アドバイスを残してジョゼフは自分の騎士隊へと戻って行った。
ある日、ユリアーヌにかけた警護の術が発動した。
その時のリカルドは、魔道騎士を目指す騎士見習いへの実演教授中であった。
術の発動を察知すると突然険しい顔になり、素早く転移の魔法陣を作りあげその中へ消えて行った。
転移の魔法陣を作りながらユリアーヌのルーニーの痕跡を捜す。
ルーニーは人それぞれ違っていて、個人を認識するためにも使われている。
彼女のルーニーは強くなく不思議ではっきりとした特徴を持たないのが特徴だ。
周りに溶け込んでしまうような…周りのいろいろなものが少しずつ混ざり合ったような独特なものを感じさせる。
そのはっきりとした特徴を持たない独特なルーニーを捜す。
『見つけた!』
剣に手を掛けユリアーヌの元に転移する。
自分が出現したときに、すぐに剣を抜かなければならない事態に備えてリカルドは構えた。
リカルドがユリアーヌの元に出現すると…
「キャー!」
女性の叫び声が耳に入ってきた。
叫び声の主はユリアーヌ!・・・だと思っていたリカルドは戸惑っていた。
「大丈夫か?」
ユリアーヌに声を掛けたものの、叫び声は彼女のものではなかった。
リカルドの前には職員ではない4人の着飾った令嬢たちが尻餅をついて倒れていた。
今日は実演演習だということで、リカルドは騎士服ではなく戦闘服だった。
顔の大半は黒のマスクで覆われていて誰だか分からないだろう。
そのマスクで戦闘服を着た大柄な男が突如現れたのだから悲鳴も致し方ない。
令嬢たちは腰を抜かして互いに支えあい、ユリアーヌを一瞥することは忘れずに慌ててその場を去っていった。
剣にかけていた手を下ろし、状況を把握する。
その場にいたのは先ほどの令嬢たちとユリアーヌ、そして見知った彼女の同僚の女だった。
同僚の女は左頬を赤く腫らしている。
リカルドはマスクを外した。
「あっ!警護の術が発動したのですね。」
突然現れたリカルドに驚いていたユリアーヌであったが事態を察した。
「いったい何があった?」
「あのですねぇ」と興奮気味に話をしようとするキャロルを、ユリアーヌは「キャロルってば、いいのよ。」と宥めようとする。
「あの女たちがユリアを取り囲んで…」
怒りが収まらないキャロルは今起こった出来事をリカルドに説明した。
ユリアーヌがいつものように依頼を受けた本を届けに行き、返却の依頼を受けた本を受け取ってカートに乗せて図書館に戻るところだった。
「ちょっと!」
行く先を立ちふさぐようにして自分と変わらない年齢の令嬢が4人、腕を組んで立っていた。
一瞬声を掛けられたのが自分であると思えず、後ろを振り返ってしまった。
後ろには誰もいないので、自分が呼び止められているのだと気付く。
「はぁ?黒髪のあなたよ!」
ユリアーヌのそんな仕草にイラッとしたのだろうか、ひときわ豪華なドレスを纏ったリーダー格と思われるブルネットの令嬢が閉じた扇でユリアーヌを指した。
彼女たちは逃げられないようにするためか、ユリアーヌを囲むようにした。
「ご…、ご用は何でしょうか?」
本や図書館に関することではないだろうことはユリアーヌにだって察しがつく。
「やっぱり茶会や夜会では見かけない顔ね、あなた。」
「そういう場所に縁のない家の方なのでしょう?」
「わきまえ方を知らないとは恥ずかしいことですわね。」
「皆さま、仕方のないことですわ。そういう教育を受けられなかったのですから。」
うふふふ、くすくす 令嬢たちは代わる代わる言いたいことを言っている。
「難しいお話をするつもりはないのよ。」
「そうなの。」
「エリック様に馴れ馴れしくしないで。近づかないで欲しい…ってこと。」
「あなたとは住む世界が違うってことは、お分かりになるわよね?」
一見にこやかに聞こえる声だが、令嬢たちの顔は笑ってはいない。
「ユリア!」
令嬢たちに囲まれているユリアーヌを偶然見かけたキャロルが駆け寄ってきた。
「何よ!あなたには用はなくてよ!」
「そうよ、商人風情が慣れ慣れしく話に入ってこないでちょうだい!」
令嬢たちはキャロルのことをよく知っているようで噛みつくような態度をとる。
そんな彼女たちからユリアーヌを背にかばう様にして、キャロルは間に入りながら言った。
「その商人の力が無くちゃ、あなたたちの綺麗な衣装や宝飾品はそろわないでしょう!それに我が家は物を広く扱う貿易で成功しているの。悪いけれど昔の威光を引きずっているだけのお貴族様よりよっぽど資産はあるわ!」
実際、昔と違って貴族籍を持つ家でも領地経営に力を入れ、その土地の特産物を作り売買をしている。
中には産物を加工する特別な技術を開発し、安定した収入を得るまでになったものもいる。
その他にも貿易を手掛けたり、これから伸びゆく事業や産業に投資をしたりなどしないと、今まで通りのやり方では没落への道を進むだけだ。
キャロルの言葉に自身の家の状態を当てられ馬鹿にされたように感じたのか、ブルネットの令嬢の扇を握る手がプルプルと震える。
「生意気なことを言って!」
その言葉と同時に扇がキャロルの頬に打ちつけられた。
もう一度キャロルに向かって扇を振り上げる。
「やめて!」
扇で打たれて倒れ込んだキャロルの前に、ユリアーヌが両手を広げて立ちふさがる。
そこへ金髪の令嬢がユリアーヌに近づいてくると
「どきなさいよ!」
声高に叫ぶとユリアーヌの左肩をドンと突き飛ばした。
その瞬間、僅かだがユリアーヌの手首が光った。
すると突然、黒いマスクと服の屈強な男が剣に手をかけ構えた姿勢で現れたのだ。
令嬢たちは「キャー!」と叫び、尻餅をついた。
ユリアーヌも含めてとても驚いたが、腰を抜かして慌てて逃げていく情けない様子を目にしたキャロルはいいきみだと言った。
結局のところ令嬢たちはエリック・フィルダナの学校のファンクラブ(非公認)の一員らしい。
彼が特定の女性を気にかけることが今まで無かったのに、最近ユリアーヌに会いに来たり話しかけたりしているところを目撃して気に入らないのが理由らしい。
リカルドはキャロルからこの件の一部始終を聞き、脱力感を感じたのと「またエリックか。」と少々面白くない気持ちにもなった。
話を聞き終えたリカルドは本来、戦場で戦うための服(戦闘服)でウロウロすることもできず、再び転移魔法で騎士隊の詰所へ消えて行ってしまった。
ところで術が発動したときの実演演習会場は…
何も言わずに突然魔法陣を描きだしたリカルドに、その場の皆が注目した。
魔法陣の完成と共に消えたリカルドに皆が総立ちになる。
「おお~っ!!!」
あまりの早さと見事な魔法陣に会場からは感嘆の声と拍手が沸き起こり、そしてリカルドを尊敬し憧れ、目標とした騎士がますます増えたことは…リカルドの知らないことである。
拍手&コメント、ありがとうございます。
たいへん励みになっています!




