キモオタの逆襲
新学期が始まった。学年はひとつ上がったがクラス替えはない。キモオタトリオはいつものように集合し、新しい教室へ向かった。
「よう、小便もらしトリオ」
川瀬がニヤニヤしながらキモオタトリオに話しかけた。
「よく学校来れたな? あれだけやればもう二度と来ないと思ったぜ」
キモオタトリオは吊るされた時のことを思い出した。二度と味わいたくない屈辱の記憶だ。
「今思うと…」
「あん?」
藤野が川瀬を睨み口を開いた。いつも先に動くのは藤野だ。
「今思うと、何でお前みたいなクソ野郎にやられたのかって思うよ」
川瀬は藤野の言葉に驚いた。が、次の瞬間には藤野の胸倉を掴み上げた。
「今なんて言った? あん? このキモオタが?」
藤野は冷静に言った。
「放課後まで待てよ。そこで決着をつけてやる」
川瀬は藤野から手を放した。
「いい度胸してやがる。何があったがしらねぇがまた体育館裏だ」
川瀬は吐き捨てると自分の席に戻った。
「今やっちまえば良かったのに」
井川が横に立って藤野に言った。
「本命は伊良部だ。あとちょっと僕の技は教室だとやりにくい」
藤野とキモオタたちは川瀬の背中を睨みつける。その闘志に燃えた瞳は、もう3月までのキモオタ達の瞳ではなかった。
始業式もあっさり終わり、新しい担任や授業の説明などもさくさく終わり、昼には全てのカリキュラムが終了した。
HR終了後、川瀬が早速キモオタトリオに近づいてくる。
「おら、体育館裏だ。ついて来い」
川瀬に言われるまま3人はすごすごとついて行った…訳ではなかった。
「なぁ、川瀬は僕にやらせてくれないか」
藤野が言い出した。井川も滝川も親指をぐっと突き出した。
「川瀬くん」
藤野は体育館裏に到着する前に川瀬を呼び止めた。人気も少なくスペースもある。そして一人一人潰していくのがキモオタトリオの作戦でもあった。
「あん?」
川瀬が振り返った。藤野は挑発するように川瀬に言い放った。
「お前ってさ、前僕をパシリに使ったよね」
「それがどうした」
「あの時さ、思わず内心笑っちゃったんだよね。あんぱんとジャムぱんだって。両方とも甘いの好きってお前どんだけガキなんだよってさ」
「ああッ!?」
藤野の挑発に身長180cm近い川瀬が激怒して近づいてくる。藤野はゆっくり右足を前に出して構えた。
「そんだけガキだったらさ、ママのミルクでもチューチュー吸ってろよ」
川瀬は完全にキレた。藤野の胸倉を掴もうと伸ばした手を藤野が取った。
「なっ?」
手首を取ると同時に川瀬の重心がずれる。そのまま藤野は川瀬の手首を思いっきり反転させた。うまく受身が取れるはずがない川瀬は、中途半端な体制のまま倒された。だが、それが良くなかった。藤野は明日香ほどうまく小手返しを決められないため、綺麗に相手を反転させられないのだ。そのため肘が変な方向に曲がりグギギギという骨が軋む音が聞こえた。
「うぎゃあああああ!」
危なかった。藤野が手を放さなければ折れていたろう。藤野はふぅーと息を吐いて脱力した。
「て、てめぇぇぇ」
川瀬が左腕を抑えながら立ち上がった。なかなかの根性だった。キモオタ相手に負ける訳にはいかないと思ったのだ。だが、所詮は小物だった。蹴りを入れるが藤野はうまく避けて避ける。
「どうした川瀬、ほら、殴ってみろよ」
藤野は自分の頬を出しさらに挑発した。殴りかかって来て欲しいのだ。その残った右腕で。
「てめぇえぇ!」
川瀬は右腕を上げた瞬間、藤野は間合いをつめた。痛めた左腕を下にひきながら右腕は高く上げる。師範に新たに教わった技、天地投げだ。藤野は川瀬を側面から思い切り地面に投げつけた。
「がはっ!」
藤野は投げた後も両手を離さなかったため、川瀬は受身を取れず頭を激しく打った。傷みに悶える川瀬に藤野は冷静に尋ねた。
「川瀬、もう僕らをイジメないか?」
「ひぃぃ」
川瀬は信じられなかった。3月までの藤野ではない。構えを崩さずゆっくり近づく藤野に対して、川瀬は初めて恐怖を抱いた。
「く、くるなぁぁぁ!」
川瀬は這い蹲りながら逃げ去った。藤野は川瀬の逃げ帰る姿を見送るとゆっくり構えを解いた。
「藤野殿、見事でした」
「ああ、すげぇ殺気感じたよ」
「あと、4人、だね」
キモオタトリオは頷いた。本番はこれからだった。
体育館裏に行くと伊良部を初めとしたイジメっ子が集まっていた。もうキモオタトリオの作戦は決まっていた。
「なんだよおせぇじゃねぇか……あ?」
井川が近くにいたイジメっ子の一人に即座に切り込んだ。必殺技の巻き込み小内刈りだ。イジメっ子は井川ともつれるようにして倒れる。井川は即座にマウントポジションに移行し腕をとって、腕ひしぎ十字固めに持ち込み、相手の腕を破壊した。
時を同じく滝川がイジメっ子の一人に肘打を放った。急所を外したが、胸を押さえてイジメっ子の動きが止まる。即座に転換して近づき、手首を捻って小手返しに持ち込んだ。
キモオタトリオの作戦は、常に先手必勝、そしてまずは伊良部以外のイジメっ子を潰すことだった。もちろん藤野は残る一人に蹴りを入れる。だがこれはフェイクだ。藤野の動きを抑えようとした手首を取り、川瀬の時より鮮やかに小手返しを決めた。
伊良部は唖然としてしまった。これまでイジメにイジメてきた3人が突如襲い掛かってきたのだ。しかも三人とも同じような技で手首と腕を完全に破壊していた。
キモオタトリオはイジメっ子から離れて、伊良部と向き合った。今日は完全に骨を折る覚悟で投げた。イジメっ子らはしばらく参戦できまい。
「てめぇらぁぁぁ!!」
ようやく事態を把握した伊良部がキレた。
「俺らに歯向かいやがったな!? あぁ!? このキモオタがぁぁ!!」
さすが伊良部は別格だった。伊良部がキレた瞬間キモオタトリオも思わず背筋がビッとなった。だが飲まれた負けだ。勇気を取り戻し、相手への怯えを取り払う時のサインを決めていた。
「我輩たちは三本の矢!」
滝川が叫ぶ。それに藤野が続く。
「僕たちは3人で…」
キモオタトリオは全員高らかに叫んだ。
「ひとつ!」
井川が切り込んだ。先ほどと同じように伊良部の右足を狙う。だが、伊良部は先ほど目の前で見ていた技だ。井川の上半身を押さえ込む。こうなると力量差で何もできない…のは承知だった。
「おおおっ!」
井川は反転し全力で伊良部の右腕と指を掴み、一本背負いを決めるために持ち上げる。巻き込み小内からの一本背負いだ。だが伊良部にはウエイトもある。途中で動きが止まった。
「いらぶううう!!」
中に浮いた伊良部の顔面を、滝川の肘が的確に捉えた。鼻がバキッと折れる音が響く。右、左、下、さらに3発肘を滝川が叩き込んだ。そこに入れ替わるように藤野が飛びこみ、伊良部の首を腕でがっちり挟んだ。
「いけええええ!!」
井川は一本背負い、藤野はDDT、滝川は伊良部のベルトを掴み、伊良部を脳天から垂直に地面に叩きつけた。果てしなく危険な技だ。キモオタトリオは伊良部を殺すつもりだった。殺すつもりでなければ勝てないと踏んでいた。そして地面に叩きつけられた伊良部の動きが停止した。
「やったか…?」
井川が動かない伊良部を見て呟く。
「勝った、のか…?」
藤野が伊良部の生死を確かめようとした瞬間、伊良部が藤野の足を掴んだ。
「うわぁぁぁ!」
足を掴んで藤野を片手で投げ飛ばした。とんでもない怪力だ。伊良部は呻きながらゆっくり立ち上がろうとしている。
「くそぉぉぉぉ!」
井川がたまらず中腰の伊良部の顔面に膝を放った。まるで効いていない。伊良部はゆっくり立ち上がった。
「キモオタが、なめ、やがって……」
「井川殿、一教を!」
滝川が叫んだ! ちょうど伊良部の両隣に滝川と井川が立っている。井川は頷き右腕を、滝川は左腕を同時に捻り上げ、伊良部の背中に体重をかけ、脇固めでうつ伏せに倒そうとした。
「ぐおおおおお!!」
伊良部は傷みにこらえながら倒れることを必死に拒んだ。
「ふじのぉぉ! 決めてくれぇぇ!」
井川は叫んだ。視界の片隅に藤野が釘つきのバットを持ったのが見えたからだ。藤野は大きく振りかぶって伊良部の両足めがけてバットを叩き付けた。伊良部はたまらずうつ伏せに倒れこんだ。
「折れ! おっちまえ!」
藤野が叫んだ。井川と滝川が全力の力をこめる。ボコ、ボコ、という音が響いた。さすがに一教で折れるほど2人の技術は向上していなかった。ただ両肩の間接が完全に外れて脱臼した。
「うがあああああああ」
伊良部があまりの傷みに悶絶する。一度明日香に間接を外されている箇所な上に、両肩の同時破壊だ。もう戦闘不能だった。
「勝った!」
井川が叫んだ。そして手首や腕を抑えていたイジメっ子共を睨んだ。最強の伊良部がなす術もなく破られイジメっ子たちは怯えている。
「てめぇらよくも今までイジメてくれたなぁ……」
井川は金属バットを広い、滝川にアイコンタクトを送った。
「我輩たちは三本の矢!」
滝川が再び叫ぶ。そして近くにあった木刀を手にした。
「僕たちは3人で……」
藤野も続く。まだ手には釘バットを持っていた。
「ひとつ!!」
3人は叫んだ。そして残りのイジメっ子をフルボッコにするために飛び掛った。