キモオタの初デート
道場の掃除をして帰ろうとする3人を明日香が呼び止めた。
「ねぇ、明日どこか遊びに行きませんか?」
3人の体は途端に硬直してしまった。道場では会話をすることに慣れていたが、リアルの女子と遊びに行くなんて体験したこともない3人だ。
「私、新学期始まる前に携帯電話を購入したいと思っておりますの。その買い物に付き合っていただけませんか?」
いち早く反応したのは藤野だった。
「あ、じゃあ僕店知っているから付き合うよ」
一呼吸遅れて滝川と井川も参戦した。
「我輩、ちょうど明日は予定がございませんでした」
「俺も、俺も付き合うよ」
明日香は嬉しそうに優雅に微笑んだ。
「それでは明日、駅前で12時に待ち合わせいたしません?」
「うん、わかった」
「遅れずに行きますよ」
「楽しみにしてるね」
明日香が去るとキモオタ達は嬉しそうにガッツポーズを決めた。
翌日、駅前にはキモオタ達が30分前には集合していた。各自デートで着ていく服なんて持っていなかったため、必死でコーディネイトに励んだ。
3人は明日香とともに携帯ショップに行き携帯の契約をした後、雑貨屋や小物屋などを見て回った。キモオタにとっては初めての体験だったが、終始明日香はハイテンションで思ったより会話に困ることはなかった。
「あの、あれは何ですか?」
明日香は虹色に輝く観覧車を指差した。
「あれは観覧車だよ。ああ、最近できたから伊集院さんは知らないのか」
藤野が答えると明日香は目をキラキラ輝かせながら
「乗ってみたいです! この街を上からみたいです」と言った。
明日香の頼みを断る理由はどこにもない。3人は即観覧車に移動した。だが、ここで大きな問題が発生した。
「おい、これ2人乗りって書いてあるぞ…」
「あら、本当ですね」
「ちょ、ちょっと伊集院さん待ってて」
藤野は井川と滝川を呼んで作戦会議を開き始めた。
「ねぇ、僕が伊集院さんと乗っていいよね?」
「なぜ藤野殿が乗るんですか。ここは我輩が行きますよ」
「おいお前リアルに興味ないって言ってたじゃないか、俺に譲れよ」
キモオタの交渉は完全に決裂した。3人は互いの顔を見つめる。3人とも明日香との観覧車の同乗を譲る気はなさそうだ。井川が諦めて言った。
「しかたない、じゃんけんだ」
「公平ですな」
「恨みっこなしだよ」
「いくぞ、最初はグー、じゃんけんほい!」
井川がチョキ、藤野と滝川はパーだった。
「いよおおおおおおおおおおおし!!!」
「ちょっと今のは井川殿が遅く出しませんでしたか!」
「そうだ! 井川! もう一回だ!」
「きこえませーん。負け犬どもの声はきこえませーん」
藤野と滝川が再戦を要求するが、井川は再戦に応じない。当然だ。井川は颯爽と明日香の元に戻った。
「さあ、伊集院さん。行こうか」
「はい!」
観覧車は負け犬のキモオタを残し高く上がっていく。明日香は眼下に広がる景色に見惚れている。もちろん井川はそんな明日香の横顔に見惚れていた。
ゲームの観覧車イベントはどんな会話だったか。井川は必死に思い出すが頭が真っ白で何も出て来ない。実に情けないキモオタだ。
「わぁ、素敵ですわ。街があんなに遠くまで見えますわ」
「そ、そうだね」
「やっぱり日本に帰って来て良かったです」
「そ、そう」
「井川くんたちという素敵なご学友も出来ましたし」
その一言に井川のハートは完全に射抜かれてしまった。もうゲームなんてどうでもいい。やはり恋愛はリアルだ。井川はリアルゆえの幸せを初めて実感した。
「お、俺も伊集院さんと友達になれて良かったよ」
「本当ですか?」
「もちろん! 初め見た時、きっと俺に神様が与えてくれた贈り物だと思った」
明日香は優雅に嬉しそうに笑っている。なんて美しいんだ。井川は穴が空くほど明日香を見つめた。
「いやですわ。井川くん景色全然見てませんよ」
「え、いや、あの、その……」
明日香は自分の顔ばかり見ている井川に気づきおかしそうに笑った。井川は何も言えず慌てて俯いてしまった。実に情けないキモオタだ。
井川はこのまま時が止まればいいと願ったが、無常にも観覧車は10分ほどで地面に降り立った。途端に負け犬のキモオタ達が井川に寄ってくる。
「どうだった!? 伊集院さんとの観覧車は!?」
「俺は、俺は……」
井川は苦しそうに呻いた。
「俺はもうゲームに恋できないかもしれない…」
「井川殿! お気を確かに! リアルは所詮虚無! 2次元こそが至高! それが我々の合言葉だったじゃありませんか?」
藤野は井川に語りかける滝川を置いて、いち早く明日香の元に戻った。いつも先に動くのは藤野である。
「いいい伊集院さん、よかったら、もう一回乗らない?」
藤野は明日香に爽やかに尋ねた。
「ううん、一度乗れば十分ですわ」
藤野はがっくりうな垂れた。その肩を滝川が掴んだ。
「藤野殿! 何という抜け駆けを!」
「いや、藤野の気持ちわかるわー。やっぱリアルだわー」
「井川殿はお気を確かに!」
明日香はわぁわぁ叫んでいるキモオタトリオをおかしそうに眺めた。
「さてと、そろそろ仕掛けますか」
明日香はきょろきょろ当りを見渡した。ターゲットを決めると思い切り肩からぶつかりに行った。
「いってぇ!」
「あら、ごめんあそばせ」
「ごめんじゃねぇよ! どこ見てんだ!」
「いやちょっと待て、結構可愛い女の子じゃん」
「本当だ。ねぇ一緒に遊びに行こうよ」
「いやですわ。あなたたちみたいな吐き気のする人とは一緒にいたくありません」
「あんだとこのアマ!」
明日香がぶつかったのはガラの悪そうな3人組だった。
「おい、伊集院さんがなんか絡まれてるぞ」
「何ですと!」
キモオタトリオは急いで明日香の元へ駆け寄った。
「あん? なんだてめえらは?」
ガラの悪い3人組はキモオタトリオを見て睨みつける。明日香は井川の背中にさっと隠れて、
「助けてください! 襲われました!」と叫んだ。
キモオタトリオの間に戦慄が走った。相手はかなりガラの悪い不良だ。年は同じ高校生くらいだろう。相手は3人とも金髪にピアス、こっちは全員キモオタだ。普通に考えると勝ち目がない。
「ああああの、ぼぼ僕らの連れの子なんで、失礼しますね」
藤野は明日香の手をとって逃げようとした。
「おいちょっと待てや!」
金髪の一人が藤野の腕を掴んだ。反射的に藤野はそれを払いのける。相手の3人の目が殺気を帯びた。
「なんて気持ち悪い不良なんでしょう! 吐き気がしますわ!」
明日香がとんでもないことを叫ぶ。完全に相手はキレた。3対3で人数数は互角だが、相手は相当喧嘩慣れしているだろう。怯える井川の耳元で明日香が囁いた。
「大丈夫です。稽古を思い出して」
はっと井川は我に帰る。さっと左足を出し何度も練習した構えをとった。
「藤野、滝川、やろう」
藤野がその言葉にうなずき右足を前を出して構えた。
「い、井川殿、ほ、本気ですか」
「ここで勝てなきゃ伊良部には勝てない、伊良部に比べれば怖くも何ともない!」
井川の声に滝川も覚悟を決めた。左足を出して構える。
「我輩たちは三本の矢…」
「そうだ僕たちは3人で…」
藤野の声に合わせて3人は叫んだ。
「ひとつ!」
井川は中央の男を睨みつけ、滝川も藤野もそれぞれ1対1になるようにターゲットを定めた。
「あんだてめぇら自分から因縁つけてきて、俺らとやる気か? あん?」
大丈夫だ、何度も練習した。井川は自分の中の弱気な自分を吹き飛ばすように叫んだ。
「はっ!」
井川は姿勢を低くし、相手の懐に飛び込み右足を刈った。そのまま相手を巻き込み自分の体重を乗せて倒した。そのまま素早くマウントポジションに移行する。
「なっ、てめぇ!」
相手は一瞬で倒されて井川を見上げた。上になった井川を殴ろうと何度もパンチを繰り出すが井川は冷静だった。師範の言うとおり真下からのパンチはあまり威力がない。相手の右腕を掴むとそのまま腕ひしぎ十字固めに移行した。
「いだだだだだ!」
相手の筋を痛めつけ腕を放す、完璧に決まった。師範から教えてもらった必殺技のコンボだ。
「どこ見てるんですか、あなたの相手は我輩です」
滝川が挑発するようにもう一人の不良を煽る。
「なんなんだてめぇら!」
前蹴りが飛んできた。滝川は転換してそれを避けると、肘打を相手の鼻柱に打った。師範から教わった必殺技の当身だ。そのまま流れるように腕をとり一教を決める。相手はたまらず顔から地面に倒れた。
藤野はジリジリと相手に近づき間合いをはかっていた。合気に長けている藤野は相手からの攻撃を待っているのだ。相手が大降りの右ストレートを繰り出すのを確認すると、素早く入り身転換で避け相手の手首を取って小手返しを決めた。
「いづづづ」
秒殺だった。キモオタトリオがガラの悪い相手に秒殺で勝った。明日香は小さくガッツポーズを決める。
「まだやる?」
井川は構えながら相手に尋ねる。全員片腕がしばらく使い物にならないはずだ。
「ちっ」
相手は舌打ちをうって走って逃げ去った。3人はふぅと息を吐いた。
「すごい! すごいじゃないですか!?」
明日香は自分のことのように飛び跳ねて喜んでいる。3人に実戦経験を積ませるため自分から喧嘩を売りに行ったが、ここまで3人が圧勝するとは明日香も思っていなかった。
「ううううう…」
井川が呻いた。膝がガタガタ震えている。
「こここわかったよう……」
「わわわ我輩も、ビビりました……」
「う、うそみたいだ……あっさり決まった……」
3人は恐怖に震えながらも勝利したという歓喜に体が揺れている。これまでキモオタが味わったことのない勝利の感覚だ。
「……勝てる」
藤野が自分の掌を見つめて呟いた。
「僕たちは、伊良部に勝てるよ!」
「ああ、我輩たちならやれます!」
「もうイジメられる生活とはおさらばだ!」
キモオタトリオは叫んだ。3人の復讐の時は近かった。




