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キモオタの屈辱


 翌日は終業式で午前中に学校が終わる。学校から急いで帰ればイジメにも合わない。そして翌日から春休みというイジメられっ子にとっては夢のような日だ。


 当然3人は意気揚々と帰る準備を始めていた。それを川瀬が呼び止めた。


「おい、キモオタ共」


 川瀬はチラリと明日香の様子を伺う。明日香は女子に囲まれて何やらお喋りに夢中だ。


「学校終わったら体育館裏に集合だ。一人でも欠けてたら殺す。分かったな」


 キモオタトリオは川瀬に連れられて、おずおずと体育館裏に向かった。そこには伊良部を初めとしたイジメっ子が全員集合していた。


「ほら伊良部、連れてきたよ」

「サンキュー、川瀬」


 伊良部を目の前にしてキモオタトリはビシッっと直立不動の構えをとった。


「お前ら、昨日はよくもコケにしてくれたな。あぁ!?」


 伊良部は既にキレていた。キモオタトリオは自分たちの考えが甘かったことを悟った。


「転校生がいなければ、お前らなんてゴミクズってことを教えてやる。おい、今日は人間サンドバックだ」


 キモオタトリオは戦慄の言葉に体がガタガタ奮え出した。人間サンドバックとは木にキモオタを釣るし、素手や鈍器で思う存分叩いてストレス解消できる大変楽しい遊びだ。説明するまでもないが、キモオタにとっては最上級の苦行である。イジメの中でもほぼトップクラスと言ってよかった。


「いいいらぶさん、かんべんしてください」


 いち早く藤野が土下座した。滝川と井川もそれに続く。だが現実は果てしなく残酷だった。


「うるせぇ。おいお前ら、まず裸になれ」


 3人は必死で抵抗を心みるが、その度に蹴られ殴られる。3人は下着姿一枚にさせられた。


「よし吊るせ」


 両腕を縛り付けられ、3人は仲良く木に吊らされた。これから起きる惨劇を想像するだけで失禁しそうだった。


「じゃあ、まずは1番バッターいきまーす」

「いけいけー!」

「ホームラン行けよ!」


 その日はいきなり金属バッドだった。イジメっ子は遠慮なく振りかぶり藤野のお尻に強烈な一撃を食らわせた。


「ぎゃあああ!」


 藤野は傷みのあまり悶絶している。続いて川瀬が竹刀をとった。井川にターゲットを絞る。


「いいか? これもお前らが伊集院さんと仲良くしようとするからなんだぜ?」


 川瀬はそう言うと、竹刀で井川の背中を滅多打ちにする。そして残る滝川には正面から強烈な突きをお見舞した。


「ぐへぇぇ」


 滝川の喉に竹刀が突き刺さる。たまらず滝川は失禁してしまった。


「きたねぇな。このキモオタ!」


 素手、木刀 金属バットがキモオタトリオに容赦なく浴びせられる。頭にはなかなかヒットさせないため、全身を覆う傷みを避けるため失神することもできない。


 30分もすればキモオタトリオの体は青や赤痣だらけになっていて、肌色の面積のほうが少ないくらいだった。既に3人とも失禁し、それでいて意識が飛ぶこともできない。これまで受けたイジメの中で最も酷かった。いや。もはやイジメというレベルを遥かに超えていた。これは殺人だ。


「おい、キモオタ共、転校生と一緒に歯向かうこうなるんだよ? ああぁ? クズはクズ同士で隅に固まってればいいんだよ?」


 伊良部は釘バットを取り出した。言葉にならない悲鳴が3人から漏れる。伊良部はそれに灯油をかけるとマッチで釘バットに火をつけた。


「おら、ファイヤー釘バットの完成だ! くらいやがれ!」 


 3人に向かって強烈な一撃を叩き込む。それでやっと満足したのだろう。イジメっ子たちは木に吊るしたロープを切った。3人の体が地面に崩れ落ちる。満足気に川瀬がキモオタトリオを見下ろした。


「いいか? これ以上伊集院さんに近づくなよ。お前らがこんな目に合うのは伊集院さんのせいだからな。聞こえてんのかゴミオタ」


 川瀬の声は耳に届いているが、3人には指一本動かすこともできなかった。イジメられっ子は虫みたいにもがいているキモオタを見下し、ようやく全員満足したのかその場を後にした。


 伊良部たちが去った後でも3人はしばらく動くことができなかった。3人とも嗚咽を漏らして泣いていた。何故自分たちがこんな目に合わなければならない? 一体自分たちが何をしたというのだ? ただ容姿が悪くて趣味が平均じゃなければこんな目に合うのか?


「ちくしょう……」


 井川は嗚咽交じりの声で呻いた。ここまでの傷みは味わったことがない。あまりの苦しさに胃液が喉から溢れた。


「あぅ…こぇ……」


 滝川の眼鏡は粉々に潰されて、その体はぴくぴくと痙攣している。


 藤野は声も出すことが出来ず体を痙攣させている。


 3人とも体を動かせるようになるまで、1時間は費やした。体中が燃えるように痛い。制服に袖を通すたびに布と傷が触れ合って痺れるような傷みが襲う。


「うぐ、ひっぐ……」

「…はぁ、あぐぅ……」

「おえっ……ひっく……」


 3人は体を支え合いながらゆっくり歩き出した。一歩一歩が果てしなく重い。校門までの距離がこんなにあるとは知らなかった。


「ちくじょう、ぢぐじょう……」


 井川は苦しげに呻きながらも、伊良部たちへの憎悪の気持ちでいっぱいだった。なのに自分は何だ? 何の抵抗もできなく一方的にやられただけじゃないか。井川は自分の運命を呪った。


「うぐぅ……ごえっ」


 滝川は喉のダメージが深刻だった。言葉を発することができない。入学してからなんど眼鏡を買い替えたかわからない。アイツらは人間のクズだ。そのクズに弄ばれていることが悔しくてしょうがなかった。


「えっぐ……ひっく……」


 藤野は学園に入学して何度泣かされたのか分からない。こんな惨めな思いをするために生まれたんじゃない。こんな悔しい思いをするために生きている訳じゃない。一体なんのためにこんな試練を自分に与える? 神も希望も何もないと藤野は思った。


 3人がいつもの川原にたどり着いた頃には日が暮れていた。いつもは携帯ゲーム機を開く場所だが、3人ともその体力がなかった。ただ、今の自分を慰めてくれる存在はそのゲームしかない。3人は震える手でゲーム機を起動した。


「今日も楽しかったですね。一緒に帰りましょう」


 ゲーム機の明日香ちゃんはそれぞれのキモオタに語りかけた。


「あは、あははは……」


 井川はもう笑うしかなかった。明日香ちゃんはにこにこと笑い、スキンシップを求めている。


「見てよ、この体。明日香ちゃん、楽しくなんかなかったよ……」


 井川はゲーム機の自分だけの明日香に語りかける。


 明日香はにこにこと笑みを浮かべているだけだ。


「なんで、なんで笑ってんのさ……こんなにボロボロになって……」


 明日香はにこにこと笑みを浮かべているだけだ。


「小便まで漏らしてんだぜ……なんで笑ってんだよ……」


 井川の手からゲーム機が落ちた。落ちた衝撃でゲーム機のふたが閉まり、自分だけの明日香ちゃんは消えた。


 滝川も藤野も同じ気持ちだった。ゲームの中の明日香は自分達の現実を見ていない。ボロボロに傷みつけられた自分に


「ねぇ、もっと明日香のこと構ってください」


 と、スキンシップを強請るばかりだ。誰も自分のことなんか見ていない。自分が世界で一番愛する彼女は自分のことなんか見ていないのだ。2人もそっとゲーム機のフタを閉じた。そしてそれぞれの明日香ちゃんは消えた。後は惨めなキモオタトリオの姿しか土手には残っていなかった。



「あぁ! やっぱり3人ともここにいました!」


 後方から明日香の声が聞こえた。3人はゆっくり後ろを振り返る。私服姿の伊集院明日香だった。


「先に帰ってしまうから探してましたよ。まだ学校にいたんですか?」


 明日香は制服姿の3人を不思議そうに眺めた。


「……れたんだよ……」


 井川は呟くように言葉を吐き出した。


「え?」


 明日香には聞こえなかったようで、井川に近づいた。


「伊良部たちに、ボコボコにされたんだよ!」


 井川は泣きながら明日香に訴えた。明日香のせいではない。明日香はむしろ助けてくれた存在だ。それでも言葉は喉から溢れて止まらなかった。


「お前のせいだ! お前が伊良部に歯向かうから、木に吊るされて、裸にされて……ううっぐ、小便までもらじで……ひっぐ……」


 後は言葉にならなかった。珍しく藤野が冷静に明日香に言った。


「伊集院さん……もう僕たちに構わないで…伊集院さんのせいで、川瀬にも叩かれたんだ……」


 明日香は何があったか察したようだった。自分の行動が全てキモオタトリオに跳ね返った。そのことに気づいたのだ。


「ごめんなさい…私…」


 滝川は泣きながら明日香に言った。


「いいんす…どうせ、我輩たちは、ゴミクズみたいな存在……伊集院さんが、関わる相手ではございません…」


 後は3人とも言葉にならなかった。悔しさと悲しさが嗚咽になって3人のキモオタの口から溢れた。


 明日香はしばらくその泣いている様子を見ていた。日は沈みすっかり暗くなっていた。やがて嗚咽がおさまってきたころ、明日香が強い口調で3人に問いかけた。


「みなさん、それでいいんですか?」


 3人は明日香の質問の意図が分からなかった。


「みなさん、負けたままで、いや、この先ずっと負けたままでいるんですか?」


 井川が明日香に向き直り答えた。


「俺達はキモオタだ。一生勝てることなんかないよ」

「そんなことはありません」


 明日香は首を横に振って否定した。


「悔しくないのですか? 弱いのに私を助けてくれようとしたあなたたちの勇気を私は知ってます。このままやられたばかりで悔しくありませんか!?」


 藤野は泣きながら叫んだ。


「悔しいよ! でもどうしようもないじゃないか!」


 滝川も叫んだ。


「悔しいですよ! このままなんて嫌ですよ!」


 井川も叫んだ。


「好きでこんな人生やってんじゃない! ちくしょう!」


 明日香は満足気にその様子を見て頷いた。


「そうなれば答えはひとつしかありません」


 明日香はキモオタトリオに言い放った。


「私はいつだってあなたたちの学友です。強くなりましょう。そして野蛮人を倒す力を身につけましょう!」


 そこにいる明日香はゲーム中の明日香とは違って凛とした強さを持っていた。だが、キモオタトリオをしっかりと見つめていた。




 明日香は3人を連れてひとつの建物に向かった。


「ここは私の叔父がやっている柔術の道場です」


 明日香はキモオタトリオに向かい直った。


「悔しいという気持ち、負けたくないという気持ち、まだ心の中にありますか?」


 キモオタトリオは互いに顔を見合わせた。涙でぐちゃぐちゃの酷い顔をしている。やがて互いにそれぞれ黙って頷いた。


 明日香は建物の中に入って行った。昔ながらの古い歴史を感じる建物だ。中に入ると一人の中年の男が現れた。


「叔父様、お久しぶりです」

「やあ、明日香ちゃん。日本に帰って来ているとは聞いたけど、こんな夜にどうしたんだい?」

「叔父様、お願いがございます。またご指導をいただけませんか?」


 中年の男は顎をかきながら不思議そうに尋ねた。


「明日香ちゃんは護身としてはもう十分な力を持っているよ。これ以上強くなりたいのかい?」

「いいえ」


 明日香は後ろのキモオタトリオを紹介した。


「新しい学校のご学友、井川くん、滝川くん、藤野くんです。この方たちにご指導をお願いできませんか?」

「ほう」


 中年の男は興味深そうに3人を見つめた。明日香は更に驚くべきことを言い出した。


「春休みは2週間ございます。その間に、学校の不良を倒せる力を授けて頂きたいのです」

「ほう。なんと」


 中年の男はじろじろとキモオタトリオを眺めた。気持ち皆股間を抑えている。失禁しているからだ。


「相当ケガをしてるね。それは学校の不良にやられたのかい?」


 井川は黙って頷いた。


「3人とも力はなさそうだ。上背もない。相手はどのくらい強いのかい?」


 滝川が口を開いた。


「ボクシング部で、身長190cmほどございます……」


 中年の男は困ったように顔をしかめた。


「強敵だね。君たちが適う相手ではないだろう」


 キモオタトリオは困ったように顔を伏せた。


「だが2週間あれば、自衛の力を身につけることは可能だろう。明日17時、またここに来るといい」

「ありがとうございます!」


 明日香は喜んで頭を下げた。そのままキモオタトリオに向き直る。


「今日は体を休めて、明日から修行しましょう。頑張りましょう!」


 キモオタトリオはただ頷くことしかできなかった。自分達が強くなれる? そんな実感は全く沸いていなかった。



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