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キモオタとの友情


「ねぇ、今日から休むんじゃなかったの」

「藤野殿こそ学校に来てるじゃありませんか」

「俺は別に休むって言った訳じゃないし」


 翌日、3人は普通に学校に登校していた。伊良部からのイジメは過酷を極めるだろう。覚悟の上だった。だが、何故そんな風に覚悟できたのか、3人はよくわからなかった。教室に入るといつも通り3人は無視される……はずだった。


「あー! 藤野くん、滝川くん、井川くん! おはようございます!」


 3人は驚いた。そして教室にいる誰もが驚いた。キモオタトリオにはただでさえ関わりたくない負のオーラが出ている上イジメられっ子だ。関わりがあると思われれば伊良部たちから強烈なイジメを合う。だから基本無視することが学園生活を円滑に過ごすことができるコツなのだが、そのコツを完全に無視したものが現れたのだ。


「おお、おはよ、伊集院さん」


 辛うじて返事を返せたのは井川だけだった。藤野と滝川は口の中をもごもごさせただけだ。もうちょっと勇気があれば井川のように挨拶を返すことができたであろう。全く情けないキモオタだ。


「3人とも凄い顔です。腫れてますねぇ、大丈夫ですか?」

「あ、ああいつものことだから」

「そうなのですか? 頑丈ですね」


 クラスメイトの誰もが驚いていた。明日香はクラスの誰よりも3人に対してフレンドリーに振舞っている。伊集院の気をひきたい男子も、その優雅さに惹かれて友達になりたいと思っている女子も、全てみなキモオタトリオに完全敗北していた。


 明日香はころころと表情豊かに笑っている。キモオタトリオはゲームのイベントがリアルに再現されているような錯覚に陥った。だが、如何せんキモオタはキモオタでしかない。リアルで女子と会話する術など持っていなかった。


「あ、予鈴がなりました。御機嫌よう」


 明日香は自分の席に戻って行った。キモオタトリオは何も言うことができず、おずおずと自分の席に座った。


「ねぇねぇ伊集院さん」


 明日香の隣の席であるイケメン川瀬は明日香に話しかけた。


「悪いこと言わないから、あの3人と関わらないほうがいいよ」

「え? 何故ですか?」

「アイツらキモいじゃん。それにイジメの標的に合うよ。悪いこと言わないから無視したほうがいい」


 明日香はあくまで優雅な笑顔を浮かべて川瀬に答えた。


「あら。だから昨日あなたも私を無視されたのですか?」


 川瀬は返答に詰まった。昨日、明日香が伊良部に殴られそうになった時、黙って見ていることしかできなかったのは川瀬も同じだ。


「あなたは背も高いし、力もかなり強そう。でもあの3人のほうが勇気は勝ってると思いますわ」


 そう言うと川瀬との会話を打ち切るように前を向いた。川瀬は大変なショックを受けた。初めて女子にキモオタトリオ以下と言われたのだ。イケメンの座をずっとキープし続け、常に女子から羨望の眼差しで見られることに慣れていた川瀬にとって、これは大変な屈辱だった。川瀬は憎しみをこめてキモオタトリオを睨みつけた。




 昼休みになった。女子は明日香と一緒に昼食を取ろうと誘いあっている。キモオタトリオにとって昼食の時間は、ほとんどが伊良部からの拷問の時間だ。だが、その日は勝手が大きく違った。


「ねぇ、藤野くん」


 明日香が近くにいたキモオタトリオの一人に声をかけた。藤野はびくっと体を震わせて「な、なに…?」と声を出すのが精一杯だった。


「お昼はいつも3人で食べるんですよね? 私もご一緒していいかしら」


 教室は騒然となった。


「伊集院さん、あたしたちと食べようよ!」

「あんなキモイ奴らと一緒にいちゃダメ!」

「キモオタが移っちゃうよ!」


 たまらず川瀬が立ち上がり近くにいた藤野の胸倉を掴んだ。


「おい、藤野」

「え? ええ?」


 藤野は突然の川瀬の行動に驚いた。川瀬はイジメを静観するイヤな奴だが、これまで直接行使に出ることはなかった。


「パン買ってこい」

「パ、パン?」

「2度も言わせるな。あんぱんとジャムぱん買ってこい。金はお前が出せ」

「ちょっと川瀬くん」


 明日香が川瀬に声をかけた。


「同級生にそんな物言いはないんじゃありませんか?」

「伊集院さん、これは俺と藤野の問題だから。ほら早く行けよ」


 藤野は川瀬に蹴られて教室を飛び出した。


「酷いことしますのね」

「別に? これがいつもの日常さ。アイツらはパシリ。イジメられっ子。伊集院さんが相手にするような奴らじゃないんだよ」


 その言葉を合図としたかのように、教室の扉から伊良部が入ってきた。条件反射のように滝川と井川はピシッと直立不動する。伊良部は明日香の姿を見ると舌打ちし完全に無視した。


「おい滝川、井川。もう一人の藤野はどこだ」


 伊良部は教室を見渡し2人に尋ねた。


「パパパパンを、川瀬くんに言われてパンを買いに行ってます」

「ああ?」


 伊良部は川瀬を睨みつけた。川瀬は肩をすくめて


「いいじゃん。たまには俺にもパシリを使わせてよ」と言った。


 伊良部は舌打ちすると滝川と井川に向き直った。


「おい、今日はプロレスするぞ。お前らは昨日俺様に逆らったからな。特別にみっちりしごいてやる」


 滝川と井川は憂鬱な気分になった。覚悟していたとはいえ、よりよってプロレスだ。ちなみにここでいうプロレスとは、キモオタ相手に好きなプロレス技をかけ続けることができ、しかも相手は一切抵抗しないというストレス解消にはもってこいの大変楽しい遊びだ。説明するまでもないがキモオタにとっては、延々技をかけられ続けると言うイジメの中でも過酷を極める内のひとつである。しかも昨日の件もある。今日はより強烈な技を受けることになるだろう。


「ちょっと伊良部くん」


 2人の首根っこを掴んだ伊良部の前に明日香が立ちはだかった。


「2人はお昼を食べます。あなたと遊ぶ暇はございません」

「ああ?」


 まずい、伊良部がキレかかっている。咄嗟に判断した井川は明日香に言った。


「いい伊集院さん、いいんだ、俺たちが好きでやってるんだ」

「そそ、そうです。我輩たちの、ただの遊びです」


 滝川も井川の意図を把握したのだろう。同調するように明日香に言った。


「でも……」

「本人がいいって言ってんだろ? どけよこら」

「面白そうじゃん。俺も混ぜてよ」


 驚いたことに川瀬が伊良部に声をかけた。


「ああ、いいじゃん、お前も来いよ」


 2人は伊良部と川瀬に連れられボクシング部の部室まで連れていかれた。部室にはリングがあるが当然ボクシング用だ。


「おら、上がれ」


 2人はすごすごリングに上がった。恐怖のあまり失禁しそうだった。伊良部と川瀬を初めとしたいつものイジメっ子たちが集まっている。


「いつもは立ち技や寝技が中心だが、今日は昨日の件があるからな。雪崩式に挑戦してみようぜ」


 伊良部は恐ろしいことを言い出した。伊良部の仲間たちは「いいねー」と歓声を上げている。冗談ではない。ボクシングのリングで雪崩式の技なんてやったら下手をすれば死んでしまう。説明するまでもないが、雪崩式とはコーナーポスト上から固い床に相手を投げつける行為だ。本職のプロレスラーでも死人が出る危険極まりない技だ。しかもボクシングのリングはプロレスのものよりも圧倒的に固い。


「いい伊良部さん、それだけは勘弁してください」


 たまらず井川が土下座して頼んだ。滝川もあとに続く。


「わ、我輩、まだ死にたくございません」

「ダメだ。てめぇらにはお仕置きが必要だ」


 歓声を上げてイジメっ子たちがリングに上がり、2人を無理やりコーナーポスト上に上げた。


「いやだ、いやだ、やめてください」

「いくぞ雪崩式パワーボムだ!」

「いいぞ! 伊良部!」

「決めちまえ!」


 伊良部が持ち上げようとした時だった。


「やめなさい!」


 ボクシング部の部室のドアから一人の女性の声が響いた。明日香だ。つかつかとリングに上がり伊良部の腕を掴んだ。


「おいおい、伊集院さん今いいとこなんだから……」


 川瀬が明日香に近づいた瞬間、明日香は川瀬の手首をとり、とんでもないスピードで川瀬の腕を曲げたかと思ったら、一瞬のうちに川瀬を反転させた。そのまま手首をあらぬ方向へ捻じ曲げた。


「いででででで!!」


 川瀬は手首を押さえてのたうち回り、リングから転落した。一瞬の早業にあっけにとられたイジメっ子は思わず滝川と井川を離した。2人は急いでイジメっ子からリングの隅へ逃げる。


「てめぇ、合気道か何かやってやがるな」


 伊良部が呻いた。


「おい! 女だからって遠慮すんな! やっちまえ!」


 明日香はふぅーと息を吐いて脱力した。イジメっ子の一人が明日香の胸倉を掴んだ。


「可愛い子ちゃんなのに傷が…」


 喋っている最中に手首を支点として体がくるりと反転し、リングに叩きつけられた。手首の痛みと叩きつけられた傷みに悶絶している。


「受身がなってないですわ」


 明日香は男を見下ろし呟いた。


「バカヤロウ! 手首を取られるんじゃねぇ! 蹴りでいけ!」


 リング上に立っているイジメっ子は伊良部を含めて3人だ。その内一人が前蹴りを放つが明日香は蹴りと合わせて前方へ移動し、相手の首を腕を掴みながら片方の足を蹴った。男はリング上に叩きつけられそのまま腕関節を捻られる。


「てめぇ!」


 もう一人のイジメっ子は背後から明日香の首を締め上げた。だが、明日香は姿勢を落とし、両肘を相手の腹に打ち込んだ。その一瞬の隙に相手の指と腕を持って前方に背負い投げた。


「ごめんなさい。指が折れたかもしれません」


 明日香は悪びれずにしれっと言い放った。男は指があらぬ方向に曲がっている。間違いなく折れていた。


 この間キモオタの2人は呆然と明日香の戦いを眺めていた。あっという間に4人の男を次々と投げつけ、しかも腕関節を痛めつけている。前方に投げた時に明日香のスカートから白いパンツ見えていたが、あまりの早業にそこまで気が回っていない。実に勿体ないキモオタだ。


「どう? もうあなた一人だけですが。私と勝負します?」


 伊良部は呻いた。あっと言う間に4人がやられた。4人まとめて秒殺されている。自分に勝ち目が薄いことは明白だ。


「勝負しませんのね。じゃあ、この2人は連れて帰ります」


 明日香は伊良部に戦意がないことを確認すると、滝川と井川の元に駆け寄った。


「2人とも大丈夫ですか? お昼食べに行きましょ」


 滝川が慌てて明日香の後ろを指差した。伊良部が背後から明日香に殴りかかろうとしている。


「あぶない!」


 井川が叫んだ。明日香の体がふっと消えた。少なくとも伊良部にはそのように見えた。次の瞬間には伊良部の鳩尾に明日香の肘が打ち込まれていた。もの凄いスピードでしゃがみながら後方に肘を突き出したのだ。


「が、はっ」


 伊良部の喉から嘔吐物が飛び出た。明日香はそれを避けるように伊良部の左側に移動し腕を取って脇を固めながら伊良部をリングに叩き付けた。ボコッと嫌な音が響いて伊良部が声にならない悲鳴を上げた。


「あがががが」


 伊良部の無様な声が響く。


「間接を外しました。本日中に整骨院にでも行くことをお勧めしますわ」


 明日香は再びキモオタ2人に向き直った。


「お昼休み終わっちゃいます。早くお昼食べに行きましょ」




 明日香とキモオタ2人は学食で昼食をとった。明日香が色々とにこにこ話しかけてくるが、2人とも先ほどの明日香の姿が信じられず絶えず上の空だった。こんな美人と仲良く会話しないとは、全く勿体無いキモオタだ。


「あ、あの、伊集院さんは、格闘技とか、やってるの?」


 やっと質問できるまで井川の意識が回復した。


「はい、柔術を少々」

「柔術!?」

「ええ。幼いころから護身用に習いましたの。結構強いのですよ」


 明日香は誇らしげに胸をはった。その強さは十二分に目の当たりにした。いつもキモオタをゴミみたいにイジメていた奴らが、まるで明日香に適わなかった。まさに赤子の手を捻るとはあのことを言うのだろう。


「あの……」


 滝川がおずおずと質問を切り出した。


「伊集院さんは、『プラスラブ』というゲームをご存知でありますか?」

「『プラスラブ』? いいえ、私は存知あげませんわ」

「そ、そうですか…」


 滝川がしょんぼり肩を落とす。井川が慌てて言った。


「そのゲームに出てくるキャラが伊集院さんにそっくりなんだ。ほら」


 井川は携帯ゲーム機を取り出し、明日香に見せることにした。ゲーム中では井川の明日香ちゃんが「お昼いっしょに食べませんか?」と質問しているシーンだ。


「あら、昨日も拝見しましたが、本当に私と似ておりますわね」

「そ、そうなんだ。姿も声もそっくりだ」

「凄いですわ。こんなことって世の中にございますのね」

「あ、あの伊集院さん……」


 滝川がおずおずと勇気を出して質問した。


「伊集院さんは、ゲームの中からやってきたのですか?」


 バカな質問であることは重々承知の上だった。現実問題そんなことはある訳がないが、明日香はゲームの中から飛び出してきたと言われても素直に信じてしまうくらい似ていた。


「そんな訳ございませんわ。実家は埼玉です。12歳の時に父の仕事の都合でアメリカに渡ったんです。最近日本に戻ったばかりですよ」


 滝川はがっくり肩を落とした。当たり前だ。どこの世界にゲームから飛び出す女の子がいるのか。そんなものはキモオタの妄想の中にしか存在しない。全くクズみたいな質問をするキモオタだ。


「伊集院さんは、どうして4月まで待たずに今転校してきたの? もう明後日から春休みなのに」

「春休みの間、一人では寂しいではございませんか。早くご学友を見つけたかったんです」

「それなら……」


 井川は自分で言うのも情けないと思ったが、明日香のために言うことにした。


「それなら、俺達と話さないほうがいい。君は美人だし、もっといい友達が見つかるよ。俺達はキモオタトリオで学校のゴミみたいな存在なんだ」

「キモオタ? キモオタとは何ですか?」

「気持ち悪いオタクって意味さ。大抵は俺達みたいなゴミを侮蔑するために使われてるんだ」

「あら。私、お三方を気持ち悪いとは思っていませんわ」


 明日香はキモオタにとって信じられないことを言い出した。


「ぜひ私の最初のご学友になっていただけませんか?」


 光だ。明日香からキモオタに救いの光が放たれた。井川も滝川もその眩しさに目を当てられて涙が出そうになった。


「こここ、こんな、俺たちだったら、ぜぜ是非……」

「わ、我輩、こそお願いいたします」


 明日香は嬉しそうに優雅に微笑んだ。


「やりました。早めに転校したかいがございましたわ。是非春休みにでも一緒に遊びに行きませんか?」


 明日香からの光が爆撃となってキモオタ2人を襲った。リアルの女子から春休みに遊びに行こうと誘われたのだ。神は時に慈悲深い。こんなキモオタに明日香のような友人が出来る上に、休みの日の遊びの誘い。ゴミクズみたいな生活を送ってきた2人には奇跡以外の何物でもなかった。


「うっ……あり、ありがとう……」

「わが、わがはい……ひっく、大変、嬉しいです…ひぐ」


 案の定キモオタ2人は泣き出してしまった。もしかしたら生まれて初めてかもしれない。キモオタ以外の人間から人として扱われ、友人となって欲しいと誘われることなど一生ないと思っていたからだ。


「あらあら、どうしましたの?」

「ひっぐ、おれだち、ごんな、人みだいな、扱い……」

「ずっと、ざれだごどが、うっぐ、ございまぜんでじたがら……」


 学食の面々は汚い涙を流す2人のキモオタと超絶美人、という異色の組み合わせに好奇の視線を送っていた。明日香はそんな視線など全く気にせず、持っていたハンカチで2人の涙を拭いた。


「いけませんわ、男子が泣くなんてはしたないですわよ」

「うん……うん……ごめん……」

「我輩……感涙で、ございます……」


 昼食時間終了までキモオタ2人は泣き続けていた。全く情けないキモオタだ。明日香はそんな2人の様子を物珍しそうに眺めていた。




 昼食後、教室にはあんぱんとジャムぱんを持ってオロオロしている藤野の姿があった。ふと見ると明日香と一緒に滝川と井川が教室に入ってきた。しかも何故か楽しそうに談笑している。藤野は慌ててキモオタ2人に詰め寄った。


「プ、プロレスって聞いたけど、大丈夫だったの? 川瀬も一緒に行ったって聞いたけど…」

「いや、大丈夫だった」

「伊集院さんが助けてくれました」

「伊集院さんが? え、それどういうこと? 川瀬は?」


 藤野は事態を飲み込めない。当たり前の話といえるだろう。滝川と井川は何故か晴れ晴れとした顔をしているし、川瀬は教室に戻って来ない。


「我輩、リアルにはもう希望を持てないと思っておりました」

「ああ俺もだ。奇跡って起きるんだな」

「ええ? 2人とも何言ってるの?」


 普段のキモオタからは想像もできない発言だ。藤野が困惑していると川瀬が教室に戻ってきた。痛そうに左手を押さえている。


「あ、川瀬くん、パン……」

「いらねぇよ!」


 川瀬の怒号が教室中に響き渡った。教室の皆はいつもクールな川瀬が大声を出したことに驚いている。


「クソが、おい藤野……」


 明日香が川瀬をじっと見ていた。その視線に気づくと川瀬は藤野から手を放し、憮然とした態度で席に着いた。藤野は何が起きたのか分からないといった表情だ。


「藤野殿、放課後に説明いたします。ふっふっふ」


 滝川はそう藤野に告げると自分の席に戻って行った。藤野の頭にはいくつものクエスチョンマークが飛び交っていた。




 放課後の帰り道。いつもの川原の土手にしゃがみこんで『プラスラブ』に興じる時間だ。滝川と井川は意気揚々と携帯ゲーム機を取り出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ。今日昼に何があったのか教えてよ」


 藤野が慌てて2人に尋ねる。2人はにやーと嫌らしい笑みを浮かべながら、


「あんなこと言ってますがどうします滝川さん?」

「そうですなぁ、話してもよいかとは思いますが…」

「別に話すほどの内容でもないですよねぇ」

「そうですなぁ。話したい気もいたしますが…」

「別に話す必要性もないですよねぇ」


 2人は完全に藤野をからかっている。藤野は怒って


「なんだよ! じゃあ、もういいよ!」


 と立ち去ろうとした。慌てて井川が藤野の腕を掴んで呼び止める。


「わりぃわりぃ。実はさ……」


 井川は昼に何が起きたか藤野に説明した。プロレスでの話、明日香の立ち回り、明日香と友達になって欲しいと言われた話を説明した。


「なんだよぉ、僕がパン買いに行っている間にそんなことがあったのかよぉ。ずるいなぁ」

「いやいや、我輩、今日のプロレスは死の危険を感じましたぞ」

「ああ、伊集院さんがいなかったら死んでたかもしれない」


 2人は改めて命のありがたみを感じた。


「伊集院さんがあんなに強いとは思わなかったぜ」

「そうですなぁ。華麗な演舞を見ているようでした」


 藤野はまだ納得がいかない表情だ。自分だけ完全に除け者にされている。井川が藤野の機嫌をとるように言った。


「伊集院さん、お三方とご学友になりたいって言ってたから、たぶん藤野のことも入ってると思うぞ」

「え? ホントに?」


 途端に藤野の表情が明るく輝いた。


「ああ、俺達はいつだって3人でひとつじゃないか」

「そうですよ。我輩たちは3本の矢です。一本では簡単に折れても、3本集まれば固い結束が結ばれるのですよ」

「そうだよね。僕らは仲間だもんね!」


 キモオタトリオはキモオタならではの友情を確認し合った。


「さぁ、いつものように『プラスラブ』やろうぜ」


 3人は携帯ゲーム機を起動させ、それぞれの明日香ちゃんと至福の一時を過ごした。


「ああ、やっぱり明日香ちゃんは可愛いなぁ。伊良部に肘打ち決めた時最高の気分だったよ」


 井川がうっとりとゲーム機の明日香ちゃんを見つめる。


「嗚呼…我輩の明日香ちゃん…。友達になれたなんて奇跡のようですなぁ」


 滝川もうっとりとゲーム機の明日香ちゃんを見つめる。


「ちょっと2人とも、ゲームの明日香ちゃんと伊集院さんが混合してるよ」


 藤野が2人の様子を見て苦笑した。


「あれ? 本当だ。あはは、伊集院さんと明日香ちゃんがかぶっちゃった」

「我輩としたことが、リアルでもゲームでも明日香ちゃんに会える喜びに混乱してしまいました」


 3人は朗らかに笑った。まだこの時は幸せの絶頂にいた。だが、神はそうそうキモオタをリア充にクラスチェンジさせない。そのことを翌日3人は思い知ることになった。


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