エピローグ
八月。昼間は強い日差しが照り付け焼かれるような暑さだが、夜になると少しは涼しくなる。
田畑の真ん中をまっすぐに貫く道を『ふれあいの家 第3ホーム』の子どもたち全員が歩いていく。
みんな、色とりどりの浴衣を着ている。
「ねー、ねー。はやく、はやくー!」
マナの声が響いた。
「もう、そんなに急がなくても大丈夫」
口を尖らせたのはナオカ。
「はしゃぐのはいいけど、転ぶなよー」
軽い調子で言ったのがツバサ。
「サユキちゃんの浴衣、かわいいね」
少し後ろから、アンナはサユキの車いすを押しながら声をかける。
「うん。去年は着られなかったんだけど、今年は車いすでも着られる浴衣、用意してもらえた」
サユキは嬉しそうに笑った。
アンナは持っていた巾着からスマートフォンを取り出す。
「ね、ね。サユキちゃん。ミナミちゃんに写真送っていい?」
サユキはうなずく。
アンナはサユキの横に移動すると、自分とサユキ、二人が写るように画角を調整しながらインカメラで撮影した。
施設からしばらく歩いたところにある広場。普段であれば、夜はひと気がない静かな場所だが、今日は違う。
沢山の出店が出ており、多くの人でにぎわっていた。今夜は地域の催しが開催されているのだ。
「うおー! くじ引きするぞー」
駆け出そうとするマナの後ろ襟を、ツバサが掴む。
「走るな。危ないし、迷子になるぞ」
「でも、くじ引きぃ~」
「くじ引きは逃げないでしょ」
ナオカが呆れたように言う。
その様子を見ていたアンナはクスリと笑い、釣られてサユキも笑った。
それから五人で出店を回った。
顔と同じくらいの大きさの綿あめを頬張るナオカ。
くじ引きの景品で当てたキツネのお面を気に入り、顔につけるマナ。
瓶のラムネをはじめて飲むアンナは、栓代わりのビー玉を落とした後、溢れさせていた。
アツアツのたこ焼きを口に入れ、慌てるサユキ。
ツバサは一度だけのつもりだったのに失敗し、意地になって何度もヨーヨー釣りに挑戦する。
それぞれに、この夜を楽しんだ。
その後、五人は喧騒から少し離れた場所のベンチに集まっていた。
ヒューっという音がして、バッと空が明るくなる。打ち上げ花火だ。
みんなの目線が一斉にそちらへむいた。
次から次へと花火が上がり、子どもたちを照らす。
「たーまやー」
アンナが大きな声で言った。
次の花火が上がる。
「た、たーまやー」
サユキが遠慮がちに言ってから、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「来年も、みんなで見たいな」
マナが言う。
「来年か。私はもういないかな」
ツバサがさらりと返事をした。
「そっか。ツバサお姉ちゃん、卒業……」
ナオカがつぶやくと、会話が途切れる。
打ち上げが続く花火。そのヒュー、ドンっ、という音が数回鳴り響く。
「施設卒業しても、遊びにくればいいじゃん」
口を開いたのは、マナだった。
ツバサは花火を見上げながら、少し考える。
「そうだな。また来年、みんなで見たいな」
そして、時は流れ、夏休みはあっという間に終わる。
始業式の日の朝。
築百年を超える古民家を転用した『ふれあいの家 第3ホーム』のダイニングでは賑やかな声が響いていた。
子どもたちはテーブルを囲み、朝食をとっている最中。
「あ、そうだ。今日ちょっと、帰り遅くなるかも」
ツバサがそう切り出した。
「あれ? 今日はバイト無い日じゃなかったっけ?」
職員のタマキが尋ねる。
「うん、バイト無いんだけど、友達のアオノと遊びに行く約束してて」
タマキは数回うなずく。
「ああ、そういうことね。門限までには帰っておいで」
ツバサはうなずく。
「あ、あの、カナさん」
続いてサユキが口を開く。
「ん? どした、サユキ」
返事をしたのは、職員のカナ。
「今日、買い物に付いてきてほしいです。今度、イチカさんが遊びに来てくれるから、その時に出すお菓子買いにいきたくて」
カナはうなずく。
「おう、わかった。後で行こうな」
その後、朝食を終えた子どもたちは、それぞれ学校へ行く。
「いってきまーす」
アンナは元気にそう言うと、施設を出た。
紺色のジャンパースカートの制服。胸元では、赤いリボンが揺れる。
しばらく歩いたところで足を止めた。
リュックサックのポケットに入れていたスマートフォンが震えていたのだ。
スマートフォンを取りだして、画面を確認する。友達のミナミからのメッセージだった。
夏休みの間、アンナとミナミは二人でファッション系のお店や、雑貨店が立ち並ぶ地域に遊びにいった。その時の写真が添付されていた。
『楽しかったね』
そんなメッセージが添付されている。
『うん。また遊ぼうね』
アンナはそう返信を打つと、鼻歌交じりに学校への道を歩いていった。
一方、マナとナオカも小学校への道を歩いていた。
「夏休みの宿題、終わったか?」
歩きながらマナが尋ねる。
「当たり前でしょ。もしかしてマナ、まだ終わってないの?」
ナオカが尋ねると、マナは頬を膨らます。
「ちゃんと終わったぞ。昨日の夜、サユキに手伝ってもらって」
そのとき、むこうから誰かが走ってくるのが見えた。
マナのクラスメイト、セリナだった。
「マナちゃん、マナちゃん!」
セリナは興奮した様子で駆け寄ると、早口で言った。
「聞いて聞いて。夏休みの間に、弟が産まれたんだよ!」
セリナは興奮気味に語った。
「おー。赤ちゃんって、どんなのなんだ?」
マナが尋ねると、セリナは少し考えてこたえる。
「ちっちゃくてね、とってもかわいいんだよ」
それからセリナは、早口で弟についてあれこれ話し続ける。マナは途中で飽きたようだが、それでも相づちをうちながら聞いていた。
マナとナオカ、それからセリナも加えて、小学校にやってきた。
「ナオカちゃん、おはよう」
校門の前で声をかけてきたのは、ナオカのクラスメイト、コハルだった。
「おはよ」
ナオカも短く返事をする。
「ナオカちゃんは、読書感想文書けた?」
コハルがおっとりとした口調で尋ねる。
「うん。書けた。『小公女』面白かった」
ナオカは短くこたえる。
四人は他の児童に混ざり、昇降口に入っていった。
さらに数日後。
第3ホームの子どもたち全員が広間に集まっていた。
皆一様に、期待と不安が混ざった視線を一点にむける。
視線の先にいたのは、小学校高学年くらいの少女だった。
少女の横にいたタマキが口を開く。
「話していた通り、このホームに新たに一人、入所することになりました。それがこちらの、神谷ミコトちゃん」
ミコトと紹介された少女は、ペコリと頭を下げる。
「神谷ミコトです。十一歳で小五。よろしくおねがいします」
子どもたちは、それぞれに拍手した。
幸せのアンナ ~きっと、いつか~ おわり
【参考文献】
「児童養護施設 鹿深の家の「ふつう」の子育て ――人が育つために大切なこと」
綱島庸祐・川畑隆 編 鹿深の家(代表 春田真樹) 著 株式会社明石書店 2023年発行
「児童養護施設の子どもへの精神分析的心理療法」
平井正三・西村理晃 編 認定NPO法人 子どもの心理療法支援会 著
株式会社誠信書房 2018年発行
「児童養護施設の日常とこころ 施設内心理療法家の観点から」
森田喜治 著 株式会社創元社 2013年発行
「児童福祉と心理臨床 児童養護施設・児童相談所などにおける心理援助の実際」
前田研史 編著 福村出版株式会社 2009年発行
「施設で暮らす子どもの生活と育ちを支えるケアワーカー 子どものケアとセルフケアのために」
村松健司 坪井裕子 編著 福村出版株式会社 2025年発行
「第3版 子ども福祉論」
西尾祐吾 監修 小崎恭弘 藤井薫 編著 株式会社晃洋書房 2017年発行
「児童養護施設職員からあなたへ 児童養護施設を知りたい方 これから働く方へ」
CANSAWA 著 https://amzn.asia/d/06zfJjoP
「児童養護施設という私のおうち 知ることからはじめる子どものためのフェアスタート」
田中れいか 著 株式会社旬報社 2021年発行
「児童福祉司になろう!」
川松亮 著 株式会社青弓社 2025年発行
「小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子どもの性被害」
今西洋介 著 株式会社 集英社インターナショナル 2024年発行
「マイステップ[改訂版] ――性被害を受けた子どもと支援者のための心理教育」
野坂祐子 浅野恭子 著 株式会社誠信書房 2024年発行
こども家庭庁ホームページからの参考文献
「社会的養護の施設等について」
https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo/shisetsu-gaiyou
「教育・保育等を提供する事業者による児童対象性暴力等の防止等の取組を横断的に促進するための指針(横断指針)」
https://www.cfa.go.jp/policies/child-safety/efforts/koseibouhou/odanshishin
「児童養護施設運営ハンドブック」
https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo




