金のスライムに鼻と口を塞がれて窒息しかけた結果 ~シロが俺ごと斬って助けてくれたが、宿ではマリーがコレットを威嚇していた~
「んぐっ」
鼻から入り込もうとする金のスライムに対し、自分自身の指を鼻に突っ込むことで耐える。
非常に間抜けな姿だが背に腹は代えられない。
肺にスライムが入り込めば俺でも死ぬ。
今日の獲物はゴールドブラッドだ。
ブラッド(血)なんて名前がついているが実際はスライムの一種で、別のモンスターに寄生して栄養を吸い取る習性を持つ。
なお、ゴールドというだけあって体積の数割が金だ。
ダイヤエレファントと違って、雑に倒しても価値が下がらないモンスターでもある。
「あう!」
クロの声が聞こえるより少しだけ早く、俺とゴールドブラッドを衝撃が襲う。
鉄つぶての速度は音の速度を超えている。
威力も当然凄まじく、俺の鉄鎧は歪み、ゴールドブラッドは激しく波打ち、しかし俺の肌も無精髭もびくともしない。
「んんあっ(クソがっ)」
口も開けない。
当然呼吸もできないので、俺の体は急速に酸素不足に陥ろうとしていた。
「おやぶんっ!?」
馬鹿野郎なにを焦ってやがる。
一度で駄目なら二度三度と繰り返すんだよ!
鉄つぶてでは俺にダメージはないんだから……いかん意識が。
「借りるお」
シロがコボルトから武器を奪ってこちらに駆け出した。
なんとなく形が刀に似ているような気もするが、俺は意識が薄れていく状態でゴールドブラッドを防ぐので精一杯だ。
「たしか、こう」
シロは負け犬の構えではなく、俺が教えた『うろ覚えの剣道の型』から刃を振り下ろす。
風切り音というには威圧的すぎる音が響く。
傷一つなかったゴールドブラッドが、左右に綺麗に『ズレ』た。
まるで上から下まで両断されたよう……って実際に切断されててやがる。
その下にあった俺の肌にも、今世では感じたことのない独特の感覚がある。
これはまさか、切り傷か?
「たす、かった」
ゴールドブラッドが俺の鼻と口を諦めて『ぴょんぴょん』地面を跳ねて逃走に移る。
もう半分は、地面へ落ちたまま動かない。
「親分。予定外のモンスターとの戦闘は避けた方がいいお」
シロは俺を追い抜いて、まだ生きているゴールドブラッドに追いつく。
跳ねる方向がシロがいる方向へいきなり変わるが、シロは最初から予想していたかのように横へ移動しながらゴールドブラッドをさらに半分に切断する。
「金に目が眩んだ馬鹿な親分かもしれんが、金は重要だぞ」
「親分の命は金を積んでも買えないお」
濃厚な呆れと心配が混じった声を出しながら、シロは淡々と斬撃を繰り返す。
シロになら直接ダメージを与えられるとでも考えたのだろう。
不用意に体を伸ばしたゴールドブラッドは、先端から何度も何度も切り取られては『生きている』体積を減らされていく。
「マリーさんに報告するから」
刀の速度が上がる。
陽光を浴びて輝くスライムが慈悲を求めるかのように震え、直後に縦横四つに切り分けられて絶命した。
「……うっす」
被保護者であっても正論は正論だ。
俺は素直に同意して、思考を戦場に集中させる。
ゴールドブラッドは動かないし気配も感じられない。
この戦場で、現時点で確認できるモンスターは、最初に俺たちが狙った獲物である『六本足の馬型モンスター』だけだ。
この見慣れない馬モンスターは、ゴールドブラッドが這い出たときに腹に大穴が開いているのに、痛みも感じていない様子で『ぼんやり』立ったままだ。
「速度の差でこいつからは逃げられないと判断したんだ」
「うん……」
シロは納得して『親分の方が正しいのかな』という雰囲気になる。
が、すぐに思い直したようだ。
「でも、金色のスライムがこのモンスターの中から出た後は逃げてもよかったお。馬は動かなくなったし!」
「そうだな」
「親分って、真面目なふりをして誤魔化すこと多くない?」
「そういうときもある。シロ、まだ安全と確定したわけではない。集中力を切らせるな」
俺は全神経をシロとの会話に集中してはいない。
『ぼんやり』立ったままの『六本足の馬型モンスター』だけでなく、戦場(城塞都市から徒歩数時間の荒野だ)全体にも注意を向けている。
シロははっとして、真剣な表情になった。
なお、クロは適度に緊張が抜けた態度で、俺の目に見える範囲だけで二十はいるコボルトどもを指揮している。
「こいつはもともとこういう種類なのかね」
「群れにいたときも見たことないお」
「ってことはどこからか入り込んだか? 家畜化できるなら有用かもしれんが」
鞍や轡をつけた跡は、俺の目では見つけられない。
シロは、ゴールドブラッドを何度も切ったことでぼろぼろになった刃をモンスターに近づける。
全く反応がない。
モンスターにはおかしな奴もいるが奴らも生き物だ。
明らかにおかしい。
「連れて帰るのは……危険か?」
「でも、馬として使えるならすごく助かるお。あたしもクロも、荷物運ぶの苦手だし」
シロは、このモンスターに騎馬としてではなく荷馬として価値を見いだしているようだ。
短距離走でも長距離走でもとんでもなく早いから、馬は移動目的では必要ないってことか。
「将来偉くなったとき用の移動手段としては使えるかもしれんぞ」
「あたしの将来を考えるなら父さん……んんっ、親分はしっかりマリーさんを満足させるのを優先すべきだお!」
「なんばーつー、じゅうよう!」
クロも熱心に同意している。
クロの奴、俺がぽろっと口にしてしまった前世の単語を積極的に使っている。
いわゆる『中二病』みたいなものかもしれん。
「分かった分かった。神殿からマリーを奪うことになるんだから一筋縄じゃいかないんだぞ」
「それが雄の甲斐性だお!」
「かいしょう!」
俺(親分)ならできると信じ切った目で見てシロとクロに、俺のプライドが刺激される。
あれほどの女を諦められるか?
この機会を逃せば会うことすらできなくなる高嶺の花だぞ?
「雄ではなく男だ」
自然に答えは出た。
性欲ももちろんあるが、そんなものを無視しても『欲しい』。
「金はあたしが回収するお!」
「うまは、こぼると!」
シロもクロも、自分たちが快適にすごせる群れを維持するため、全力を尽くしていた。
☆
街の門まで戻って来ても、相変わらず門の再建工事は準備も始まっていない。
街のお偉方はどれだけ揉めてるんだ?
「アリター! これを見やがれー!」
バトルアックス使いが吠えている。
奴の背後では、非常識に大きな木が、大勢の成人男性とコボルトたちにより引きずられている。
「大物を仕留めたぜー!」
『ガハハ』と心底楽しげな笑い声が響いている。
木のモンスターか。
アイアンベアと戦ったときにシロが気配に気付いたアレかな。
「やるじゃないか。いくらで売れそうなんだ」
モンスター素材は基本的に高性能だ。
武器でも防具でも木を使う装備はいくらでもある。
高く売れるし、職人に持ち込んで自分の装備を強化することも可能な、実に見事な狩りの成果だ。
「あー」
バトルアックスの野郎のテンションが一気に落ちた。
「冒険者ギルドがな。規定の値段しか出さないとか言いやがってよ。赤字にはならねーんだが」
俺に対して露骨に期待の目を向けてくる。
「なあアリタ。なんとかならねえか? 手下どもにも結構無理をさせてよ。金がいるんだよ」
「先に冒険者ギルドに報告したのかよ」
「仕方ねえだろ。俺はお前みたいに冒険者ギルドに喧嘩を売る度胸はねえよ」
「俺は最初から冒険者ギルドに喧嘩を売られてるんだよ」
受付嬢ってのはギルドの顔だ
そんなのが俺に表立って敵対的ってことは、ギルドの上層も黙認か命令してるってことだ。
「なあ、頼むよ」
「やめろ。猫なで声出しても気持ち悪いだけだ」
本当に気持ち悪いが、木モンスターの素材は魅力的だ。
石弩、投石機、槍など、強力な武器はいくらでも欲しい。
特に、ドラゴンに有効な武器はな。
「……獲物はここにある奴だけか?」
俺は意図して表情を変えず、バトルアックス使いにだけ聞こえる小声で言う。
俺の意図を察したバトルアックス使いは、にやりと笑って遠くの森を指差し、指を二本立てた。
「今、森にある分は俺がなんとかする。ここにある分は諦めて冒険者ギルドへ持っていけ」
「さすが『ギルド長』! 頼りにしてるぜ!」
この野郎、街の中まで聞こえる大声で言いやがった!
冒険者ギルドからの敵意を俺に集中させて自分は楽をするつもりだな!
「いやいや、頼りにしてるのはこっちだぜ。次からもどんどん『ここ』へ運んで来てくれよ!」
ここまで派手にやってるんだから、冒険者ギルドとの対立は避けられない。
だからお前も一蓮托生だぞバトルアックス野郎!
「がはは!」
「はっはっは」
俺も野郎も、全く目が笑っていない状態で握手を交わすのだった。
☆
「わたくしが一番ですからね!」
宿に戻ると、体も武力も大きなマリーが、まるで『怯えた子犬』のようにコレットを威嚇していた。
……何が起きてるんだ?
コレットが、明らかに助けを求める目を俺に向けた。
「わたくしが、一番ですからねっ!」
マリーが涙目になる。
殺意は皆無とはいえ隔絶した武力の持ち主に威嚇されたコレットも涙目になっている。
なお、おかみさんは『最高の見世物』を見る観客の態度でふたりを見守っていた。
「おかみさん、これは」
「女の争いにきまってるだろ。あんたが争いをおさめるんだよ、アリタ!」
心底楽しげにしやがって。
マリーが俺が帰ってきたのに気付いて『主人に怒られるのを恐れる大型犬』の態度になる。
「父さん。犬獣人って一夫多妻だお」
「どうぞく、ゆうせん、おおい」
今回はシロだけでなくクロも真剣な態度だ。
マリーは、俺と同族であるコレットが第一夫人になると思い込んでいる、ってことか?
参ったな。
ハーレム展開を喜べるほど、俺は若くもないし情熱的でもないぞ。
「ただいま戻りました、マリーさん」
まず最初にマリーに挨拶する。
社会的地位を考えても、男女的な意味での好意の強さとしても、マリーが一番なのは当然だ。
マリーの機嫌が急上昇する。
コレットが純粋に安堵する。
おかみさんが露骨に舌打ちし、シロとクロは元気にマリー(ナンバーツー)に挨拶をしていた。




