ダイヤエレファントの牙を『無傷』で持ち帰った結果 ~聖女の握力で粉砕されたが、俺の体は砕けないので問題ない~
今日の獲物はダイヤエレファントだ。
ダイヤといっても牙だけで、しかもその外見は美しくカットされる前の原石だ。
「きれいだお!」
シロが目をきらきらさせている。
原石とはいえ宝石だ。
シロはまだ幼いが女性。
宝飾品として魅力を感じているのかもしれない。
「おおきい! もろそう!」
「その通りだクロ。お前が石をぶつけたら壊れてしまうかもしれんから、今回お前は攻撃するな」
「あうっ!?」
抗議しても無駄だぞクロ。
無傷で手に入れたら高値で売り飛ばすことができるし、『徹甲弾』開発のための素材としても使いたい。
前世とは違って魔法なんてものがあるんだ。
馬鹿正直に前世の技術再現なんてせず、魔法の専門家を巻き込んで作ってしまうつもりだ。
「シロ、コボルトどもはどうだ」
「五人で一隊を作らせて、五つの隊で周辺警戒をさせているお。それとは別に三つの隊で街と定期連絡中だお!」
「いいぞシロ。誰がしていたやり方だろうが有用なものは有用なんだ。洗練させて、お前の武器にしていけ」
「はい!」
このコボルト運用法は、シロとクロの実父である負け犬のやり方だ。
シロとクロがコボルトどもから聞き出し、クロは理解できなかったが、シロは俺に相談しながら俺からも助言を受けて今の形にした。
コボルトの首輪で鳴る鈴の音が、逃げ隠れする弱者の象徴になるか、全てを蹂躙する強者の象徴になるかは、これからの戦い次第だ。
「しかし象か」
力でも重さでも上の相手は厳しい。
だから、今回の主役はシロになる。
「頼りにしてるぞ、シロ」
「親分、そう言われても初見の相手だお?」
「どうしようもなくなったら、俺が粘っている間にクロに鉄つぶてを使わせる。なかなか見つからんモンスターだから牙は確保したいが命優先だ」
「命優先だお!」
同時ににやりと笑って、俺たちは駆け出した。
とはいえ速度は全く違う。
文字通り『瞬く間に』ダイヤエレファントの足元に到着したシロが、踊るようなステップでダイヤエレファントを挑発する。
鎧込みの俺を軽々持ち上げることが可能な『鼻』も、接触するだけでシロの全身の骨が折れかねない『体当たり』も、当たらなければモンスターの体力を浪費するだけの行動だ。
「おらっ」
俺はモンスターに対する殺意を剥き出しにする。
もっともこれは、モンスターに対する威嚇よりもシロへの合図が主目的だ。
ダイヤエレファントが血走った目を俺へ向ける。
シロは「きゃー」と楽しげに笑いながら俺の背後へ回り込んでダイヤエレファントの視界から隠れる。
モンスターの巨体が迫り、俺と接触する。
俺自身は無事だが鉄鎧が衝撃で変形し、衝撃を受け止めるのに使った地面に俺の足が数十センチ埋まった。
ダイヤエレファントが前足を振り上げる。
力と重さで俺をぶっ壊すつもりだ。
俺の筋肉も骨も壊れないかもしれないが内臓は別だ。
何十回も繰り返されたら、俺は地獄の苦しみを長時間味わった後に死ぬことになったかもしれない。
「隙だらけだお」
俺の肩を足場に跳躍したシロが、ダイヤエレファントの頭上に『ふわり』と着地する。
着地の際、両手で構えたナイフをモンスターの目玉に深々と突き刺している。
「あっ」
柄の先まで埋まった。
シロを振り落とすためではなく、眼窩を貫かれて脳の一部を破壊され、痛みに狂ったモンスターが滅茶苦茶に暴れ出す。
「あう!」
「クロ、ステイ! 俺が止める!」
「おやぶん! ほっとけば死ぬお!」
「ほっといたらダイヤの牙もぶっ壊れるだろうが! 同格のモンスターをダース単位で狩るより無傷の牙一本の方が金になるんだぞ!」
「ダイヤ!」
シロのテンションが上がる。
宝飾品には興味のないクロが『親子揃ってアホなとこあるよなー』というツラをしていた気がした。
☆
かつてないほど酷い戦いだった。
俺はダイヤエレファントに何度も吹き飛ばされ、シロとクロが騒ぎを聞きつけて漁夫の利狙いで来たビッグボアを何度も撃退し、夕日が見えるようになってようやくダイヤエレファントが絶命した。
結局一つはぶっ壊れて破片の山だけが残り、もう一本も先端に少し傷がついてしまった。
「勝つだけなら簡単だったお」
シロがじっとりした目で俺を見上げる。
戦場に散らばったダイヤの破片を拾い上げるのはシロだけだ。
コボルトはくすねる可能性大。
クロだと真剣に探しているのに見落として踏み潰すことがあり、今ではコボルトの監督に専念している。
「そうは言うがな。ただでさえ高価なものが、加工したらもっと高価になるんだぞ」
原石と加工済みのダイヤでは、見た目の迫力が違うのは俺でも知っている。
「加工できるお?」
シロも俺の『前世』については知っている。
知っているというか、俺が普段から活用しているから自然に伝わってしまった。
だから、記憶にある通りにいかないことが多いのもよく知っている。
「光が屈折するのは確実だから、効果はあると思うぞ」
「親分は得意分野で勝負した方がいいと思うお……」
シロは複数の布とダイヤの欠片を重ねてから、大きな袋へ入れる。
そして、俺に渡そうとしたので、俺はそのまま運ぶように伝える。
シロが持ち逃げする理由なんてないからな。
「結構重いから親分が持って欲しいお」
「そりゃそうか。象の牙一つ分だしな」
速度と身軽さで戦うシロに言われると断れない。
俺にとっては重くはないが、形が邪魔だった。
しかも衝撃を与えると中身が傷ついて価値が下がる。
「クロ! でかい方の牙を持て」
「やだ!」
「お前は最近遠距離攻撃専門だろうが。石や鉄を投げるときには俺が持ってやるから、ほらこっち来い」
「や!」
これは『おれは戦士だから荷運びなんてしないっ』という態度か。
我儘な奴め。
「こいつは壊れやすい。傷がつけば一気に値が下がる。一度揺らせば飴玉が何個も買える額が消えるぞ」
「あめ? なんこも!?」
クロが真顔になる。
ダイヤエレファントの牙の値段について散々説明したのに、今の今まで理解できていなかったようだ。
「はこぶ!」
「丁寧にな。いや俺が持つ。離せ!」
俺から勢いよく袋を奪おうとしたクロを手で押し留める。
クロがレベルアップする前から訓練に付き合っている俺だから動きを予想して防ぐこともできるが、俺じゃなければ瞬時に奪われていたはずだ。
「はこぶ! あめ!」
「飴を基準に考えるのをやめろ。生活費や教育費や装備に金を使った残りの一部しか嗜好品には使えんぞ。シロの新しい武器が最優先だ」
「しこーひん?」
「飴とか酒とかそういうのだ。シロ! すまんが肉や皮はお前の判断でコボルトどもに回収させろ。回収より『日没前に街へ戻る』のを優先で頼む」
「はい! クロも真面目に仕事した方がいいお」
新装備について言及されたシロは、上機嫌でコボルトの伝令を呼び寄せる。
元冒険者の皮なめし職人からもらったナイフは、修理すれば使えるかもしれんが今のシロには力不足だ。
負け犬や、その傘下が使っていた刀でも正直性能は不足だ。
「強いモンスターにも通用する武器が必要だ。いや、クロはまだ鉄つぶてでいいだろ。強力だし金もかかってるぞ、あれは」
「うー!」
俺はクロを宥めながらふと思う。
途中から育ててる俺でもすらこんなに苦労してるんだ。
前世でも今世でも、ガキを真っ当に育て上げた親ってのはマジで偉大だ、と。
☆
日没から少しして街にたどり着いたとき、俺もシロもクロも『やべえ』という焦り顔になっていた。
なぜなら、飼い主が不在であることに気付いて狼狽する大型犬じみたマリーが、いつもより激しく光りながら門(全壊済み。瓦礫は除去完了)をうろうろしているのが見えたからだ。
「心配させた詫びに贈るべきかねえ」
俺は、ダイヤの残骸(小さな欠片でも何カラットもある)が入った袋と、保護用の毛布に包んだ一本の牙を見比べる。
「おやぶん、女のあつかい、へた?」
「クロ、めっ!」
最近、親分としての威厳が低下傾向にあると感じる。
「アリタさま!」
まだかなり距離があるのに、凄まじい勢いで金の光と金の髪と輝くような笑顔(ただし目は除く)が近付いていく。
とんでもなく分厚い鎧を着ているのに、シロと同じように速い。
「ただいま戻りました、マリーさん」
好みの女に好意を向けられるのは嬉しい。
手を出せない相手(おそらく神殿の最高戦力)なので手を出すわけにはいかず、我慢でストレスはたまるがな!
「っ……はい!」
尻尾が振られる音が、俺の耳にも聞こえる。
凄まじい上機嫌だ。
「親分。狩りから帰った雄を最初に出迎えるのは雌の役目だお」
「雄雌ではなく男女と言え。……これが理由で神殿と手切れってのは嫌だぞ、俺は」
俺は無意識に緊張して、大きな方の牙を少し動かしてしまった。
マリーの視線が吸い寄せられるようにして牙へ向いて、毛布から覗く光沢に気付いてしまう。
マリーの表情が固まる。
耳も尻尾も、強い緊張で強張っている。
「おやぶん、かいしょう、だいじ!」
「親分。ううん父さん。期待を酷い形で裏切られたら、愛情が反転しちゃうお」
そんなにシリアスでクリティカルな状況なのか!?
俺は、全身にじっとりと嫌な汗が浮かぶのを自覚しながら、必死に考える。
俺にとって一番大事なのは何だ?
それを守るために必要不可欠なのは何だ?
時間はない。
よく考えろ。
大事なのは健康で文化的な生活だ。
そのために必須なのは武力と権力と金。
レベルアップを繰り返した俺の力と、シロとクロとの信頼関係があれば……。
なんだ、もう答えは出ているじゃないか。
シロとクロがいれば、どこだって再起はできる。
「マリーさん。いえ、マリーゴールド」
つま先立ちしても目は合わせられないが、顔の向きを調節することで真正面から目を見ることはできる。
『どろどろ』した目の奥にある何かに焦点をあわせて、紳士の態度を維持したまま気合いを入れる。
「俺の気持ちです。受け取って欲しい」
毛布をどけて、牙の形をしたダイヤの原石を差し出す。
マリーと神殿との関係については口にしない。
全部まとめて引き受ける覚悟を決めて、行動へ移した。
『ひゅっ』とマリーの口から悲鳴じみた息が漏れた。
助けを求めるよう周囲を見ても、神殿の人間は一人もおらず、シロとクロの配下であるコボルトたちが『圧倒的強者』としてマリーを仰ぎ見ているだけだ。
「今すぐに答えが欲しいとは言いません。今はこれを受け取ってほしい。それだけです」
無理やり押し付けはしない。
好意を抱いた相手からの誘いとはいえ、己の人生を左右する選択を突きつけられているのだ。
慌てて決めてもろくなことにはならない。
マリーの体がぶるぶると震える。
そして、おそるおそる手が伸ばされ、ダイヤの牙に触れた瞬間、緊張しすぎて力が入りすぎた指によって牙の一部が砕けた。
破壊はそれで終わらず、小さな亀裂が牙の半分ほどまで広がる。
「あ、あぁ……」
絶望的な表情で瞳孔が完全に開いたマリーを見て、俺は誤魔化すように咳払いをした。
マリーが『びくり』と震える。
シロは興味津々。
クロはどうでも良さそうで、コボルトどもはマリーから撒き散らされる金の光に怯えている。
「頑丈さが足りませんでしたね」
俺の配慮不足だった。
俺のように雑な奴なら気にもしないだろうが、マリーはおそらく神殿で純粋培養された聖女だ。
うっかりで求婚を粉砕したら、とんでもないショックだろう。
「モンスターの牙は砕けても俺は砕けません」
マリーの手を強引に引き寄せて、俺の手を握らせる。
無意識にすがりついてくる手は痛……くはない。
確かにマリーの力は非常識に強いが、頑丈さについては俺も人のことは言えない。
少しくすぐったいくらいだ。
「ね?」
「は……い」
『どろどろ』としたままの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
俺がマリーの背に腕をまわして優しく背中を撫でると、マリーは最初はおずおずと、すぐに文字通りの全力で俺に抱きついてくる。
「あ」
巻き込まれたダイヤの牙が派手に砕けたが、まあ、この程度なら必要経費だ。
マリーから吹き出す黄金の光がダイヤの破片に反射して、あたりは神々しい光に包まれていた。




