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暗殺者の刃で喉を斬られたが、薄皮一枚切れずに相手が絶望した ~助けた双子に「お父さん」と呼ばれたが、隠し子疑惑が出るので『親分』と呼ばせる~

 健康なガキはアホみたいに活発だ。

 例外もいるんだろうが、シロもクロもよく走る。


「このっ、こっちは斧運んでんだぞ!」


 だから、バトルアックス使いは徐々に引き離されている。

 俺みたいに、酒なんて飲まずに健康的な生活と訓練を続けていないからこうなる。

 まあ、俺には前世の知識というチートっぽいものがあるからな。

 煽ったりはしないさ。


「少し休むか?」


 俺は気遣いのつもりで声をかけたのに、バトルアックス冒険者は目を血走らせて速度を上げた。


「あう?」


 クロが上半身をひねって振り返る。

 街道のあちこちにある凹みを見もせずに躱している。


「奇襲を警戒しろ。いつも通り、モンスターも人間もそれ以外も、全部警戒しろ」


「あう!」


 クロは元気に、バトルアックス使いを指さした。


「今日はそいつは警戒対象から外せ」


「あう?」


 クロは『いいのかなぁ』という表情で小首をかしげる。

 この状況で襲ってくるほどこいつは馬鹿じゃないぞ。多分な。


 シロは基本的に正面を見て、不規則に左右や上へ視線を向けている。

 俺に話しかけるときも俺に視線を向けない。


「きづいたこと、てき、しらせていい、お?」


「シロ、その考えはすごくいいぞ」


 正直、感動した。

 こっちが気付いたことを敵に気づかせないってのは、狩りでも戦闘でも極めて重要だ。


「あい!」


 白い犬尻尾がぱたぱたと振られる。

 白い犬耳がへにゃりとする。

 年齢の割に立派とはいえシロもまだガキだ。

 全面的に任せるのはまだ早いな。


「そういうのは、味方にこっそり伝える方法ができてからだ」


「……クロ」


「あう?」


 クロは分かっていないか。

 そして、そろそろバトルアックス使いの顔色が悪い。


「そろそろ目的地だろう。一度停止してからシロとクロに探らせる。いいな!」


「お、おうっ」


 今にも吐き出しそうな雰囲気で、冒険者が返事をした。

 俺がゆっくりと速度を落とすと、シロはクロは速度を緩めずに俺の周囲をぐるぐるまわる。

 バトルアックス使いは、へたり込むようにその場に膝をついた。


「あっち!」


「あうっ!? ううー!」


 地平線の一点を指差すシロと、突然驚いて直後に歯を剥き出しにするクロ。

 シロはクロの様子にはっとして、クロほど露骨ではないが目に強い警戒と……色濃い恐怖を浮かべた。


「死体目当てでにモンスターでも寄ってきたか」


「ちがう! むれ、こわいひと、いるお!」


 群れ、ね。

 あの街に流れつくまでに、シロとクロが属していた集団かもしれん。


「やれるか? そこのは計算に入れなくていい」


 荒い呼吸をしているバトルアックスの野郎をちらりと見る。

 シロもクロも、俺の言葉ではなく俺のいつもと変わらない態度に安心したらしい。

 犬耳と尻尾に現れていた緊張が消えて、良く言えば理知的な、悪くいえば酷薄で打算的な表情と雰囲気になった。


「うげっ。こいつらお前と血が繋がっているのかよ。そっくりな顔しやがって」


 顔じゃなくて表情だぞ。

 しかし、親子か。


「こいつらの顔なら母親はかなりの美形と思うが」


 つい本音が出てしまった。

 男が『確かに』という顔になり、シロとクロが妙に嬉しそうな顔になる。

 いや、今のは俺が無神経だったと思うんだが。


「人間と犬獣人で揉めている状況で手を出すほど馬鹿じゃないさ。それにこいつらが俺の実の子供なら、俺はガキの頃に犬獣人に手を出したことになるぞ」


「……ガキだから考えなしにやっちまうんじゃないか?」


「……否定できん」


 前世の記憶に目覚めてからは、それまでの記憶が雑になっている。

 この世界の倫理観は緩いし性的なあれこれも緩くて早い。

 昔の俺が手を出している可能性は、ゼロではない。

 そんな、普段なら街の外では考えないことを考えたのがまずかった。


「とうさん!」


 シロの言葉に甘さはなく、敵に対する恐怖と俺を失うことへの恐怖だけがあった。

 街道の脇、小さな草むらに伏せて隠れていた大人の犬獣人が、ぬらりと光る刃を手に俺に襲いかかった。


 犬が人間の言葉で笑ったような嘲笑と、鋭い刃による一閃。

 それが俺の喉に到達する。

 成人の犬獣人による斬撃は、無防備な人間の首を斬り飛ばす程度簡単だ。

 俺は例外だがな!


「この程度で切れるかよ」


 切れない。

 倒せない。

 突き飛ばせない。


 純粋な腕力では犬獣人が上かもしれない。

 しかし俺の異様な耐久力は、薄皮一枚切られただけで肉に到達させない。

 また、体に装備した鎧という名の重りは正常に機能して、刃ではなく鉄の棒として俺へ当たった刃では俺を揺らすことすらできない。


「お返しだ」


 指を揃えて、爪を突き込むようにして犬獣人の顔面を狙う。

 一瞬前までは斬撃に失敗して体勢を崩しかけていた犬獣人が体勢を立て直し、顔に嘲笑を浮かべて俺の腕を斬り飛ばそうとする。


「クロより馬鹿かよ」


 刃が鉄鎧の腕パーツを切断する。

 もちろん俺の腕は無傷のままだ。

 薄い革鎧に包まれた犬獣人の胸へ、俺の揃えた指が当たり、止まらず数ミリ突き刺さった。


「がうっ!?」


「おらよっ」


 重心を落とし、地面という最強の踏み台を使って、全身の力で爪を押し込む。

 ナイフで切ろうとしてもナイフを砕くのが俺の指だ。

 この犬獣人が頑丈でも、この犬獣人がレベルアップで強くなっていたとしても、俺の指に集中した力は今度こそ完全に革鎧を貫く。


「何をぼうっとしてやがる! 背後から断ち割れ!」


 俺が向けた視線に犬獣人がつられて動く。

 だがそこにはバトルアックス使いはいない。

 いるのは犬獣人の斜め後ろだ。


「おうよ! 『背後』からなあ!」


 バトルアックスは重く、威力を十分に発揮するのは切れる角度で当てる必要がある、異様に扱いづらい武器だ。

 だが威力はある。

 全力で振り回された巨大な刃が、受け流そうとした刃物を弾いてそのまま犬獣人の肩に当たって、通り抜ける。

 生きた肉と骨が絶たれる不気味な音と、断末魔に等しい犬獣人の叫びが重なって聞こえた。


「シロ! クロ! 警戒を怠るな。単独で襲ってくるアホとは思えん! 戦場全体を警戒しろ!」


 それから数分後。

 敵増援が一人も現れず、単独で襲ってきたアホだと判明した。


「あう!」


 元気づけるように俺の背中をぽふぽふ叩いてくるクロに、俺は褒美が半分で黙らせるためが半分で飴玉を渡してやる。


「あーう!」


 早速ころころ言わせ始めたクロから離れ、既にうめくだけの力もなくした犬獣人に近付いて見下ろす。

 なお、止血は俺が担当した。


「まだ生きてるのか」


「こいつはモンスターを倒したことのある獣人だな。殺すか?」


 バトルアックス使いは乱暴ではあるが冷静だ。


「可能なら情報を得たい」


「あの」


 シロがおずおずと話しかけてくる。

 バトルアックス使いの表情が厳しさを増す。


「お前、スパイと疑われることになるの、分かってんのか」


 バトルアックス使いに厳しく言われ、シロの肩が震えた。


「だから、シロとクロの疑いを晴らすためにも、こいつを神殿に持っていきたいんだよ。俺たちだけで拷問……んんっ、情報収集した内容を信じてもらえるかどうか分からん。だが神殿ならどうだ」


「癒やしながら尋問するのも慣れてるだろうし、獣人の言葉が分かるやつもいるだろうな。ったく、アリタの命令に従ってるみたいで気に入らん」


 バトルアックス使いは唾を地面に吐き捨てた。


「あの……あのっ」


 シロが俺を見上げる。

 他に何かあったか?


「父さんって、よんで、いいですか?」


「んんっ! んー!」


 真剣なシロの表情と、飴玉に夢中のついでにシロに賛同しているクロの落差がひどい。

 内弟子と親父という関係を知っているから、俺は父と呼ばれても違和感はない。

 だが問題は他にある。


「……人間の街で犬獣人から父と呼ばれる人間ってのは、どういう扱いになるんだ?」


「知るか! 俺は魔法使いの死体回収へ行く!」


 バトルアックス使いは憤然として、出発してしまった。

 俺は少し考えて、安全策を採用する。


「街で暮らし続けたいなら、街の有力者と揉めないことを優先しろ。だから父さんも親父もなしだ。いいな」


「はい」


 シロはさみしげに納得する。

 クロは『そっかー』という感じで軽く考えている。


「どうしても呼びたいなら親分にしとけ。シロやクロが地位と武力を手に入れるまではな」


 レベルアップなんてゲームじみた法則が実在するのがこの世界だ。

 レベルアップによる自己強化を繰り返し、個人や組織ではなく人類という社会がシロやクロに利用価値を見い出すほど強くなれば、無理を通すことだってできるだろう。


「はい」


 シロの返事は静かで、しかし生き方を決めたかのような覚悟を感じさせた。

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