双子のために『特注装備』を作ったら職人が目の色を変えた ~冒険者殺しの犯人が判明したので、報復(物理)の準備を始める~
いろいろあったが、俺たちの生活に変化はない。
装備と体調を整えながら次の獲物を探す。
街でやるのは基本これだけだ。
「あんたたち、なにしてんだい」
おかみさんが困惑している。
俺とシロとクロが一斉に横に倒れて中庭の地面を手で打つ光景は、客観的に見て意味不明だろう。
下がクッション性のある畳なら、前世の柔道場でよくある光景なんだがな。
「受け身の練習ですよ」
「れんしゅうですお!」
「あうっ!」
シロは言葉が上達したのにクロは変わらない。
シロに対する劣等感がないことはいいんだが、言葉についての向上心もなさそうなのがな……。
俺は、練習とはいえ地面に倒れたのに転倒時の衝撃を受け流したクロを見て、なんとも言えない気持ちになった。
「冒険者と獣人の習性かい? まあいいけど、洗濯物を干しているときはよしとくれよ」
おかみさんは掃除道具を持ったまま宿の建物へ引っ込む。
そろそろ昼飯の準備を始める時間だ。
俺も、やるべきことをしなくちゃな。
「そろそろ出かけるぞ。おいクロ」
駆け出そうとしたクロの首根っこを掴もうとしたが、クロは横移動で器用に躱してから俺を振り返る。
ちょっと得意げな表情が、少し腹が立つと同時に頼もしい。
「服についた土ぼこりは払ってから移動しろ。敵ではない相手に迷惑をかけていると、いつの間にか敵が増えちまうぞ」
「そうだおクロ」
シロは既に土ぼこりを手で払った後だ。
定期的に洗濯はしているので着ている服に不潔感はないが、いい加減限界だ。
「……そういえば忘れてた。お前らの名前はシロとクロでいいのか?」
名前を間違われるってのは腹が立つもんだ。
言葉が通じるようになったんだから、早めに改めておくべきだった。
反省しないとな。
「あたしはシロだお!」
「クロ!」
シロとクロが真剣な表情で主張する。
「俺に気を使う必要はないぞ。そりゃ、人間風じゃない名前なら、普段はシロとクロと名乗れと言うかもしれんが」
「シロだもん!」
「クロ!」
「ちょっとアリタ! 子供を泣かすんじゃないよ!」
湯を沸かし始めた気配と一緒に、おかみさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
実際、シロとクロは薄っすらとではあるが涙を浮かべていた。
「分かった。お前らの事情は俺からは聞かないが、話したいなら暇なときにでも話せ。行くぞ、シロ、クロ」
「はい!」
「あう!」
シロとクロが元気に答える。
クロは、もうちょっとだけ頑張って欲しいと思った。
※
「注文の品だ」
リックの同僚二人が革製の上着とズボンを運んでくる。
平凡な作業着だ。
「何度見てもすごいっす!」
「わん!」
「あう!」
平凡な作業着と思ったのは俺だけのようだ。
シロとクロだけでなくリックまで興奮で目をきらきらさせている。
「アリタの注文通りに作ったつもりだが、なあ」
「肘や膝に補強はしてるが基本は柔らかい革だ。防具じゃないぞ」
顔も体もいかついのに自信がなさそうだ。
皮なめし職人としての自信はあってもそれ以外ではないってことなのかね?
「作業着として機能すれば十分だ。倒れても肌が傷つかないとか、木の枝や尖った石に引っかかっても破れないとかな」
「そうか」
「これが売り物になればなあ」
「絶対に売れるっすよ!」
リックが熱烈に説き、同僚二人も徐々にやる気になっていく。
「着てみてくれ」
職人に言われたシロとクロはちらりと俺を見る。
俺が小さく頷く。
「はい!」
「あう!」
元気よく返事をして、早速服を着る。
特にシロが上機嫌で、勢いよく振られる尻尾が邪魔でなかなかズボン(尻尾用の穴は開いている)がはけない。
最初に着替え終わったのはクロだ。
筋肉で厚みを増した腕と胸と、この歳で既に引き締まった腰の細さの対比がすごい。
俺も筋肉はついているんだが、筋肉の上に贅肉が、な。
「あう?」
クロは途惑っている。
腕をぐるぐる回しては止め、そのたびに首を傾げている。
「余裕をもたせたつもりなんだが」
「短期間でかなり育ったな。獣人だからか?」
皮なめし職人たちは、革製作業服に直接触れて状態を確かめている。
「きがえた!」
シロは着替えてから真っ先に俺に見せに来た。
シロとクロをまじまじと見比べることなどほとんどないが、こうして見ると性別の差があるな。
筋肉がついてもまだ細いシロとクロの手足を見て、もっと食べさせねばと強く思った。
「それでモンスター討伐に行くことになるが、行けそうか?」
「うん!」
シロの犬尻尾が上機嫌に高速で振られている。
少しうるさいくらいだ。
「街の中……宿の中ではその服でいけるか? 頑丈すぎるとか、分厚すぎるとか感じるようなら、二着目を発注せずに部屋用の服を買うが」
「にちゃくめ? ふくが、にちゃく?」
シロが動揺する。
ずっと一着の服で過ごしてきたシロにとって、服が二着というのは想像の埒外なのかもしれない。
「夏服と冬服とそれぞれの予備で最低四セット、仕事用とできれば予備で二セット、全部で六セットはいるだろ」
人材は大事に育てて大事に使うもんだ。
倫理とかそういうのではなく、効率優先で考えれば結局は大事にするのが得に繋がる。
「がんばります!」
「おう、頑張れ。とりあえずその服できつい所とか固すぎるところがないか教えろ。モンスターの討伐中に気付いても直せないからな」
「はい!」
シロはやる気満々で、しかし容赦なく着心地の悪さと動きづらさを指摘する。
脇がきついとか、しゃがみづらいとかな。
クロはシロの説明を聞いて初めて気付き、皮なめし職人たちは内心会心のできだと思っていたものに駄目出しされてショックを受けている。
「二着目の前に一枚目の作り直しかね。リック、作り直し費用はいくらだ」
「結構時間がかかってるっす」
「技術開発の成果は俺じゃなくお前らのもんだろうが。材料も俺の持ち込みだぞ」
「それを加工して使ってるのはこっちっす!」
新人冒険者の頃と比べて、リックの口はうまくなった。
取り引き相手として心強くはあるが、俺の要求を通すのは簡単ではなく、結構な額が必要になった。
☆
しぶしぶ元の服に着替えたシロと、何も考えずに元の服に着替えたクロを連れて、いつもの宿へ戻る。
「遅いよ! コレットちゃんがもう席についてるから早く行きな!」
おかみさん、おれたちが宿の住人で客だってことを忘れかけてないか?
元気に返事をして食堂へ向かったシロとクロに続いて、俺も食堂に入って着席する。
今日の昼は甘辛く煮た肉料理に、いつものパンか。
訓練でも移動でも体を動かしているので、匂いも味も素晴らしいものに感じる。
「シロ、クロ、しっかり噛んで食え。ここは野外でもモンスターの近くでもないんだ。ゆっくり味わって食べないと損だぞ」
シロとクロは勢いよく首を上下に振りはするが、口を空にしようとはしない。
長期間食うのに困るとこうなるのかもしれないな。
俺はよく噛みはするが食べるのは速いので、適量を食べ終え、保存用に少しアルコール分がある水を飲む。
「アリタさん、今、お時間いただけますか」
「はい」
俺は丁寧な言葉遣いと態度を意識して、コレットへ向き直る。
コレットのそばかすは薄くなって灰色の髪も少し艶が出てはいるが、服装は最初にあったときと変わらない。
商売がうまくいっていないのかね?
「あの子たちに仕事を与えて下さりありがとうございます。……皮なめし職人の方たちが服を作っておられるのは、アリタさんの影響でしょうか」
「まずかったですかね? なめして革ができたなら、それを加工して売るところまでやれば儲けが増えるかもって話を持ちかけただけなんですが」
「いいえ、傘下の方々が繁栄するのは神殿にとって喜ばしいことです。服飾ギルドと対抗可能な商品ができるかもしれないと、神殿内にも注目されている方がおられます」
「あー、最悪、服飾ギルドが敵対するかもしれないと。俺も巻き込まれます?」
コレットは困ったような表情でうなずいた。
これは一度、老シスターに相談に行くべきだろうな。
俺が水のお代わりを勝手に注いでいると、宿の玄関のドアが強い力で何度も叩かれた。
「アリタ! いるか! ちっ、ここじゃないのか!?」
バトルアックス使いの冒険者の声だ。
受付に聞けば俺の住所を知ることは可能だが、わざわざ来るような用件があったのか?
おかみさんは直接応対する気はないようなので、俺が一人でドアを開く。
「俺だ」
「魔法使いがやられた! いつもギルドで詠唱していた、自己強化魔法を使える奴だ!」
冒険者は周囲に聞かれないよう小声で、しかし恐ろしく真剣な表情で俺に伝えた。
あの、長い詠唱を間違わずに唱えていた奴が、やられたのか。
「報復だな」
報復をする理由は友情でも義侠心でもない。
有力な冒険者が殺されたのに報復もできないなら、この街の冒険者全体が舐められ、冒険者にまわってくる仕事や報酬が減ることになるからだ。
「場所は」
「街道、北の村との中間。護衛中だった隊商も含めて生き残りはいねえ。見つけた新米冒険者が少し前に冒険者ギルドに駆け込んできた」
「シロとクロを連れて向かう。冒険者を集めて人海戦術を使うより、あいつらの鼻と耳に頼る方が効率がいい。……来るか?」
「当たり前だ! 舐められたらこの稼業は終わりだ。やった奴は必ずぶっ殺してやる!」
「同感だ」
モンスターか、冒険者ギルドの敵対者か、あるいはこの街の敵か。
どれが相手でも放置すれば舐められて不利な立場に追いやられるなら、報復は必須だ。
「シロ、クロ、悪いが急いで食え」
「はい!」
「んんっ……あう!」
今まさに食事が終わったガキどもが、闘志に満ちた表情で返事をした。




