シーン32 女心はわからない
シーン32 女心はわからない
検査の結果が出るまで、あと二日か。
とりあえずはドッグ星での滞在を楽しんで、と思ったが、なんだか気が晴れなかった。
あんな不安を煽るような事ばかり聞かせられて、楽しめって方が無理だ。
アタシが沈んでいる顔をしていたせいか、バロンが不安がった。
アタシとエルザを無理やりに町につれ出して、いつものゲームセンターや屋内の遊技場に案内してくれた。
エルザは初めての施設に大興奮して、落ちたら冗談じゃ済まないくらい、高さのある遊具に立ち向かっていった。
アタシはママ友らしい集団から占拠されないうちに、とにかく座れるところを探して、陣取った。
ふう。
こんなところに来たのは、生まれて初めてだ。
バロンが飲み物を持って、隣に座った。
「ラライさんは、本当にエルザちゃんの事、心配なんでやんすね」
バロンが、遊具のてっぺんまで登ろうとするエルザを見上げて言った。
そうね。
心配は心配だけど、まさか自分の事でふさぎ込んでいるとは言いにくい。
「エルザちゃんの体。なんとも無ければ良いでやんすが・・・」
「モランの話だと、彼女のエレスシードの〈質〉によるらしいわね」
「初めて聞いた話でやんす」
「アタシもよ」
「学校で習った記憶もないでやんすもね」
「そう・・・ね」
アタシはぼんやりと考えた。
学校か・・・。
そういえば、その頃の記憶って、あんまり残ってないな。
アタシが「蒼翼」を名乗り始めたのが、まだハイスクールに入ったばかりの年で。
長期休みで実家に帰ってきたところで、両親の殺害という現実に直面した。
そこをリンに助けられて・・・。
幾年となく続く、海賊生活に突入したわけだ。
あまり気にした事は無かったが。
結局、ハイスクールは中退扱いになったのだろう。
最終学歴、高校中退か。
経歴が残っていても、ぱっとしないわね。
でも。
あれ、なんだかおかしいな。
それ以前のスクールの記憶が・・・あんまり、というか全然ないわ。
どこのジュニアスクールに行ってたんだっけ。
ずっと、家にいたんだっけ?
考えたけど、なんだかはっきりとは思い出せなかった。
まあ、・・・どうでもいいか。
「ラライおねーちゃん、タコにーちゃん、見て―」
エルザの声が聞こえた。
遊具の一番高い所から、彼女は嬉しそうに手を振っていた。
「すごいでやんすね~。よく登ったでやんす~」
バロンが長めの触手をぶるぶると振った。
彼は、もしかしたら良いパパになりそうだ。
なんとなくそんな事を思った。
遊んだらお腹が空くのは当然で、アタシ達はバロンが事前に探したという、穴場的なレストランに行ってみる事にした。
穴場というだけの事はあって、繁華街の少し奥にその店はあるらしい。
多少、周りが怪しい雰囲気になっていた。
男性向けのサービスを行う特殊なお店やら、いかにもぼったくられそうな雰囲気のバー。雑然とした街角では、平然と不法ドラッグが売られ、どう考えても子供連れのファミリーが歩く界隈ではなかった。
「確かにこの辺なんでやんすよ~。本格的なザンタ料理のお店でやんす」
バロンはウロウロと路地を覗き込んでいた。
うーむ。
エルザの教育には悪そうな場所だ。
こんな界隈を連れまわしたことがバレたら、リカルドに怒られそうだ。
「もしかして、あそこじゃない?」
アタシは路地の突き当りに、ザンタ星の星旗を掲げた小さな看板を見つけた。
薄汚い階段が地下へ続いていて、暗い照明が灯っていた。
「ザンタ料理カパティーニョ。確かにそこでやんす! さすがラライさんでやんす~!」
わーい。
アタシ達は大喜びで走った。
むこうから、階段を上がってくる男女の姿が見えた。
随分と仲良さそうに、腕を組んでいる。
ん。
待てよ、あの男は。
「バロンさんっ!」
咄嗟に彼の触手を引いて、路地に身を隠した。
黒いカールした髪。
スリムで長身な体型。
そして、無駄に美形。
間違いない。
あれは、宇宙一の情報屋(自称)にして、宇宙一の探し屋(自称)、別名「黒の道化師」こと、シェード・エルクスだ。
見た目こそ黒髪の美形男子だが、中身は女好きの変態で、アタシ達とはお互いに利用したり、されたりと、微妙な関係を保っている。
で、また、女連れか。
相変わらず懲りない・・・や、つ?
アタシはその女にくぎ付けになった。
小柄な女性だった。
帽子を目深にかぶって、更にサングラス。
カジュアルな服装が似合っていて、結構若く見える。
ちょっと変わっているのは、その背中に見える透明な羽根。
あれって、ワスブ人。
この星で、ワスブ人の女性って言えば・・・。
もしかして、いや、まさか、でも、そうだ。
女が、くるっと横を向いて。
サングラス越しだけど、目があった。
「あーっ!」
アタシは声に出してしまった。
「み・み・み・み・・・・!?」
「あなた、ら・ら・ら・・・・!?」
女もアタシを覚えていた。
「ミリアさん!?」
「ラライさんっ!?」
それは確かに、ドッグ星の統括長官、ミリアだった。
なんで、ミリアさんが、よりによってシェードと・・・。
ってーか。
ミリアさん、あなた、シェードをドッグ星出禁にしていたぐらい、彼の事を毛嫌いしてなかったっけ!?
「お前、ラライにバロン、何でこんなとこにっ!」
シェードが頓狂な声をあげた。
ミリアが慌てて組んでいた腕を離した。
「ラライさん、これは、違うんです。たまたまさっきお会いしただけで・・・」
いや。
苦しいよね。
たまたまで腕なんか組まないし。
ばっちり顔隠してるしさ。
「・・・・」
「・・・・」
とつぜん。
ミリアは逃げた。
ワスブ人が、本気で飛ぶのを、アタシは初めて見た。
あの透明な羽根って、飾りじゃなかったんだ。
にしても・・。
嘘でしょう・・・。
ミリアとシェードは、お付き合いをしていたのか!?
だとしたら、アタシにはもう訳が分からないぞ。
女ごころは複雑だって、よく聞くけど、二人の過去のやり取りを思い出す限り、同じ女のアタシにも、理解が出来ない。
「ら~ら~い~!」
恨みがましい男の声がした。
「お前って奴は、、いっつも俺の恋路の邪魔ばかりしやがって、一体俺に何の恨みがあるんだ~!」
「ごめん。シェード。そんなつもりは・・・」
ないのですよ。
ただ、ちょっと間が悪いだけ。
「ったく。ミリアは超多忙なんだぞ。このデートに誘い出すのに、どんだけ苦労したと思ってるんだ・・・。アイツの用事が無くなるように裏工作をするだけで、結構金だってかかったんだぞ・・・」
「いや、そういうの別に知りたくもないし」
「でやんすね~」
「っとによ~。これからがお楽しみだったってのに~」
がっくしと、シェードが肩を落とした。
「ねえ、おねえちゃん、もう行こうよー。お腹減ったよー」
エルザがアタシの袖を引いた。
シェードが彼女に気付いた。
「なんだお前、いつの間に産ん・・・」
アタシ渾身のラリアットがシェードに決まった。
「こんな大きい娘がいるわけないでしょ! それに今、おねえちゃん、って呼んでたでしょうよ」
「いつもながら懲りないダンナでやんすね~」
まったくだ。
「もういいわ、行きましょ、エルザ」
「はーい」
「エルザ? リカルドの娘か・・・」
「え!?」
シェードは失言に気付いたように口を押えた。
「シェード。なんで、この子の事、知ってるの?」
「あ、いや、違う。俺、そんな事言ったかな」
「言ったわよ、何とぼけてんのよ!」
「さあてな、記憶にない・・・なっ」
シェードは脱兎のごとく逃げた。
なんなんだ、一体。
アタシは追いかけようと思ったが、あの逃げ足の早さは半端じゃない。
それに、アタシもお腹が減っていた。
仕方ない。
あの様子だと、シェードはまだドッグ星にいるようだし、あとで探して問い詰めよう。
「おねーちゃん、まだー?」
いい加減うんざりしたように、エルザが小さな溜息をついた。
ザンタ料理は、なかなか変わっていた。
はじめて食べたが、殆どが果物を調理した料理ばかりで、程よく甘いものが多かった。
説明書きを見る限り、ヘルシーな料理として有名らしく、意外に女性客も多かった。
食事を終え、アタシとエルザは、デザートを頼んだ。
ベリーのような甘酸っぱいフルーツソースがたっぷりかかったアイスクリームは胃にも優しく、ようやく心からの満足を覚えた。
二人並んで、仲良く膨らんだお腹を撫でていると。
「そうしていると、ホントに家族みたいでやんすね~」
しみじみとバロンが言った。
アタシとエルザは顔を見合わせて、なんとなく、くすくすと笑った。
船に戻り、エルザを寝かしつけてから、バロンの部屋に向かった。
まだ夜も時間もあるし、少しくらい話をしてから寝るのも良いだろう。
と思ってドアを開けると。
先客がいた。
シャーリィだ。
彼女はアタシを待っていたようだった。
顔を見るなり。
「アンタ達さー、ミリアに何かしたのか~」
「ど。どうしてですか?」
アタシは口ごもった。
シェードとデートしていたところを見たなんて、幾ら相手がシャーリィだろうと言っても良いものだろうか。
いや、でも言いたい。
できれば、っていうか、話すならむしろシャーリィしかいないではないか。
お口がムズムズする。
バロンと目を合わせた。
彼は「いや、駄目でやんす」という顔をした。
でも、・・・言いたい。
同じ宇宙船の仲間にぐらい・・・。
「なんだかさ~。ミリアの奴から、お菓子のセットが送られてきたんだよね。それも、アンタとバロンにって」
シャーリィは、そう言ってお菓子の箱を既に開けていた・
これは、なかなかの高級菓子ではないか。
そうか。
アタシは納得した。
これは、口止め料のつもりね。
なら、ありがたくいただこう。
アタシは一つ口の中に放り込んだ。
素晴らしい味がした。
「ホントに、何もしてないのか」
シャーリィが疑うような目でアタシを見た。
何もしてないよ。
ただ、見ちゃっただけ―。
「シャーリィさん、誰にも言っちゃだめですよ・・・」
「ラライさんっ 駄目でやんすっ!」
バロンが慌ててアタシの口を押える。
「ほほう。バロン、その手を離しな」
シャーリィの眼がきらんと光った。




