シーン31 医者と注射器とアタシ
シーン31 医者と注射器とアタシ
ドッグ星に戻ってきたのは、これで何度目だろう。
戻ってきた、っていう感覚が、当たり前に思えてきた。
その位、宇宙の不法・・・もとい自由生活者であるアタシ達にとって、この星が存在してくれている意味は大きい。
最近では馴染みの店も増えてきて、統制局のある中央ブロックの地下第二層の歓楽エリアには、お気に入りのカフェも見つけた。
バロンとは何気に2回ほど、買い物ついでにデートまがいの寄り道をして、宇宙クジラパフェという、巨大な塩味パフェにチャレンジした。
結果は二回とも途中でギブアップしたが、今回はエルザもいるので、完食できるかもしれない。
とはいえ、まずは本題だ。
喧噪という言葉が似合う街並みを抜け、モランの診療所がある郊外エリアに向かう。
重力制御の車、Gランナーを運転するのはいつものようにシャーリィで、後部座席にアタシとエルザが乗った。
バロンは買い出しを頼まれた。
ドクターモランは、遺伝子研究の権威の一人だったが、過度な人体実験を繰り返し、医学界のタブーに触れてしまった事が原因で、医師の免許をはく奪されたと聞いている。
石のような肌をした、顔の極端に長い混血テアードで、マッドサイエンティストには思えない、温厚な雰囲気だ。
白亜の建物に入ると、見覚えのある機械人形が待っていた。連絡が届いていたらしく、名前を言っただけで、すぐにアタシ達を奥へと通してくれた。
おそらく、何かしらのセンサーで、本人確認はしちゃってるんだろうけど。
久し振りに会ったモランは、アタシの記憶以上に顔が長かった。
また、伸びたんじゃない。
余計な事を言いそうになった。危ない危ない。
「久しぶりだね。どうやら元気みたいで安心したよ」
モランは温和な笑みを浮かべながらアタシを見た。
この優しい眼差しの下に、この男は、もう一つの顔を持っているのだ。
「で、彼女がエルザさんか。じゃあまず、彼女の身体検査をしようか」
ぴくっと、エルザが緊張したようにアタシのかげに隠れた。
「大丈夫、検査をするのはメアリーだ。彼女はとっても優しいよ」
モランは、さっきの機械人形を呼んだ。
それでもエルザは不安そうにアタシの服をつかんで離さなかった。
「仕方ないな。エルザにはあたしがつき合うよ」
シャーリィに手を引かれ、ようやくエルザは観念した。
二人が部屋を出て行くと、モランはアタシに向き直った。
アタシは診察用の椅子に座った。
「さて。実際のところ、体の調子はどうかな。あれから、特に何ともない?」
「ええ、特別異常もありませんし、まあ、元気そのものですけど」
「それは良かった」
本心のように彼は言った。
「それより、聞きたいことがあって来たんです。エルザのエレスシードの事についてなんですが・・・エレスシードが高いと、暴走して大変な事になるって、本当なんですか?」
彼は、その質問を予期していた様子だった。
「まあ、・・・事実ではある」
モランは言った。
「全てが危険というわけじゃない。まず、エレスシードにも〈質〉がある。我々は純度が高い、という表現をするが・・・そういったエレスシードを持つ者は、全人類の約5%に満たない」
「はあ・・」
「次にその量だな。一般的な濃度に比べ、2倍から5倍の内包者が確認されている。一般的なエレスシードなら、少しくらい多く内包していても、何も問題がない。危険なのは、純度の高いエレスシードを、大量に内包している場合だ」
モランは言葉を区切って、一度アタシをまじまじと見た。
ん。
それって、もしかして。
アタシの事じゃないのか。
なんか前回、そんな事をモランが口走っていたような気がする。
「エレスシードは、自然発生したものではない」
モランは続けた。
「人間が、これ程多様な惑星で適合した進化を遂げた背景には、人為的な進化プログラムが過去に存在していたからだという事は、もはや星系内でも共通の事実だ。その進化プログラムの鍵を握るのが、エレスシードになる」
モランはモニターを出して、何らかの映像を出した。
エレスシードの構造図らしいが、アタシには理解できる筈も無い。
「エレスシードの研究がタブー化される理由の一つが、このエレスシードに対する人為的な操作性の高さだ。簡単に言うと、エレスシードを刺激して変質させることで、人の成長をコントロールする事が出来る」
「つまり、どういう事なんですか?」
「赤ん坊を、一週間で老人にすることも出来るって事だよ」
「・・・!!」
「その逆も、また可能だがね」
「そんな事出来たら、社会がめちゃくちゃになっちゃうじゃないですか」
「もちろん、実際にやったら、変化に耐えきれなくて死んじゃうさ」
さらりと、モランは言った。
「ところが、純度の高いエレスシードは、この変化を勝手に起こしてしまう。ある程度の年齢になって、分泌される成長ホルモンが変化すると、エレスシードが進化を促されたと勘違いを起こすんだ。これを防ぐには、エレスシードが変質した後に発生する、変質済みの遺伝子、通称エレスバードを注入してやる必要がある」
「それって、難しいんですか?」
「手法は簡単だ。近縁者、つまり血液の適合する者で、すでにエレスバードを体内に持つ者がいれば、少量の輸血を行うだけで済む」
それが、マティルダだったのか。
リカルドの話は、どうやら真実だったようだ。
「もし、近縁者がいなければ?」
「大変難しいだろうね。この研究をしている者自体が少ないし、そういったエレスバードを持った者を見つけ出すのは、困難の極みだ」
「探そうと思えばいくらかかる?」
「見当もつかないね」
「他に方法は?」
「今、それを研究している所さ」
モランの眼が、きらんと光った。
おや。これは、怪しい輝きですぞ。
「この間、君の遺伝子が特殊だという話をしたね」
「そーですね。なんとなく、ちょっと気になってたりしたんですよねー」
「君が特別なのは、まさにその点なんだ」
彼が身を乗り出してきた。
「君のエレスシードは、非常に高純度だ。しかも、通常の三倍は内包されている、それなのに、変質の兆しも無ければ、あまりにも安定しすぎている。自然にそうなったとは思えないくらいだ。もしかしたら、人為的にそうなったとさえ、思ってしまうくらいにね」
「そ、そうなんですか!?」
だったら、心配ない、という事なのか。
安堵しかけたが、モランは言葉を続けた。
「そうだ、だが、本当にこれが安定し続けるものなのか、それとも単純に遅れているだけなのか、しっかりと見極めなければならない」
「遅れて・・・るだけ?」
「何らかの原因で、エレスシードに刺激が加わっていなかったと仮定すれば、これから変質が始まってもおかしくはない」
「ってことは、アタシも肉体が暴走しちゃうなんて事」
「可能性だけであれば、十分にあり得る!」
がーん。
なんてことだ。
エルザも心配だが、もしかしてアタシ自身がそれ以上に危険な状態なのでは。
嫌だー。
こんな若い身空で、遺伝子の暴走なんかで死んでたまるかー。
まだまだ、色んなことしてみたいのにー。
「先生、アタシ、どうすればいいんですか!」
「うむ、よく聞きたまえ・・・」
思わず、縋り付いてしまった。
そして。
・・・。
・・・・・。
「結局、こーなるんですかー!!」
アタシは手術台の上に、悪の組織に囚われて、改造手術を受ける直前、といった状況でくくりつけられていた。
手術用の衣装に身を纏ったドクターモランが、アタシの横に立って、謎の精神集中を行っていた。
「なに、ラライ君。痛いのはほんの一瞬だ。すぐに、薬が効いて、気持ちよくなる。気を、楽にしたまえ」
楽になんか、なるもんですか。
「だったら、なんで拘束する必要があるんですか~」
「不慮の事故を防止するためだ。では、覚悟は良いかね」
モランが何かを手にした。
なんじゃ、ありゃ。
人の腕の太さもある様な・・・注射器?
「いやー、アタシ注射キライ~、うそ~、やーめーてー」
アタシは泣き叫んだが。容赦などしてくれる筈も無く。
ぶっ・・・す。
うっぎゃー。
強烈な痛みに、アタシは声すらも失った。
「さあ、次に行くよ!」
モラン、なんでそんなに嬉しそうなの!
って、今度は何をする気・・・
えっ、ドリル?
そんなもの、人間に向けて使うもんじゃないでしょ。
「さあ、お口を開けて~」
いや、人間に使うものだったようだ。
きゅいいいいいん。
ふぎゃあああああああああああああああああああ。
お星さまが飛んだ。
川の向こうから、やさしく手を振る人がいて。
きれいなお花畑が見えた。
気持ちが良くなるって・・・こういう事か。
目を覚ました時、アタシは病室の待合室にいた。
シャーリィがモランと何かを話していた。
「シャーリィ、お姉ちゃんが目を覚ましたよ」
アタシの隣で、エルザが声をあげた。
「お、やっと起きたか」
「アタシ、どーしちゃったんでしたっけ?」
「診療中に、気持ちよくなって寝ちゃったんだろ。まったく呑気な奴だな」
モランがにこにこしながら立っていた。
「今日の結果は、明後日には出るからね。また、おいでね」
聖人のような微笑みを浮かべて、モランはアタシにそう言った。




