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運河の都3

 イクテュエス大陸には二つの大河がある。

 (ハーファン)の湖を源流とし、リーンデースを経由して(ルーカンラント)西アウレリアの境界を西に向かって流れながら西北(ノットリード)に注ぐ、ヴァルナリス河。

 東と西の境目にある湖を源流として、リーンデースを経由して南西に向かって蛇行しながら(イグニシア)の領海に流れ込む、アルレスカ河。

 どちらも高低差が少なく、大型船舶で内陸部まで入り込むことができる。

 また、それぞれ二十以上に分かれた支流は大陸の大部分をカバーし、連合王国における流通の大動脈を形成している。


 アウレリア来航後の西北部での小競り合いの後、ヴァルナリス河の最も大きな支流の河口にはアウレリアからの移住者によって(ダム)が築かれた。

 これがノットリードの始まりである。


 水運の要であるヴァルナリス河にはあらゆる物が流れる。

 故にその河口に作られたノットリードの港には、あらゆる物が集まるのである。

 そして、それらを運ぶための造船業も、アウレリアとの融和によって爆発的に発展することとなった。


 都市に設けられた造船所エリアでは、商船や漁船のみならず軍用の艦艇も造られている。

 多数の錬金炉(アタノール)砲を備えたアウレリア用の戦艦(バトルシップ)

 ハーファンの魔法使い専用の巨大な呪符(スペルカード)とも言える魔法装甲を搭載した巡洋艦(クルーザー)

 竜騎士の国イグニシアのためには、十メートル級の竜を洋上で運用するための空母(エアキャリア)


「今回建造されたのは、動力部に最新式の機構を組み込んだ新型の空母だ。

 元々ノットリードに駐留していた旧型空母の竜騎士たちは、進水式を境に新型に乗り換えるのだよ」

「どれが空母なんですか?」

「旧型空母は進水式で行うデモンストレーションの訓練のために、洋上に出ているのだそうだ。

 心配しなくとも、進水式が始まれば新旧両方の空母が見られるよ」


 そう言って、お父様は私の頭を撫でる。

 彼の指す方向には、一際巨大な造船所の姿があった。

 どれだけ大きな船を造っているのか興味があるが、それは進水式までのお楽しみということになりそうだ。


 そうこうするうちに、商船が港に着いた。

 しかし、船旅はここで終わりではない。

 私達は数人の使用人とともに、小型の手漕ぎ舟に乗り替える。

 ちょうどゴンドラのような片櫂のボートだ。

 運河の街ノットリードでは、どこに行くのにも運河経由のほうが速いのだそうだ。


 小舟に乗って運河を移動しながら街を眺める。


 河口付近にはたくさんの船舶が行き交い、とても賑やかだ。

 さまざまな荷物を積んだ貨物船、私達の小舟よりやや大きな遊覧船。

 乗っている人々の出自や職業も多種多様である。


 少し遡ると、小舟は運河沿いに大聖堂などの大きめな建物が並ぶエリアに入った。

 宗教関連の建物は灰色の屋根に白い壁だ。

 落ち着いた色彩だが、装飾には手が込んでおり、豪奢な雰囲気を感じる。

 ちょうど小舟に乗って移動しようとしていた修道女の集団に出くわし、私達は手を振って挨拶した。


 道路で言う交差点にあたる場所を通り過ぎるとき、私はその向こうを見て目眩のような感覚を覚えた。

 まるで合わせ鏡の無限ループのように、同じような風景が繰り返されている。


「お父様、どこまでも運河が続いているように見えます」

「大きな運河は環状に二十ほどだ。小さな運河を含めると、その数倍だね。

 ノットリードは運河で隔てられた百の島と二千の橋で構成されているんだよ」

「すごい規模ですね」

「ああ、古くから交易のために開発された土地だからね」

 

 中央を流れる河を中心にして、同心円状に運河が張り巡らされているのだと言う。

 この環状運河と呼ばれる地形のお陰で、運搬にかかるコストが圧倒的に低いのだそうだ。


 灰色屋根のエリアを過ぎると、赤っぽいオレンジ色の屋根のエリアに入った。

 種々の専門店が軒を連ねており、遠目には意匠を凝らした看板が美しいアクセサリーのように陽光を浴びて輝いていた。

 商店が客を呼び込む声が、こんなところまで聞こえてくる。

 人通りも圧倒的に多く、活気にあふれた一帯だ。


「ここはノットリードの名所、〈百貨の街〉だよ。

 百貨の名前の通り、商人達はこの街で揃わないものはないと豪語しているそうだ」

「それは興味深いです」

「申し訳ないが、しばらくは立ち寄る余裕がなさそうだ。

 進水式が終わったら、私の仕事の合間にでも見て回ろうじゃないか」

「はい、楽しみにしておきます」


 本当は抜け出して〈百貨の街〉を回る気満々なんだけど。

 軽い罪悪感を覚えながら、私はお父様に笑顔で返事をした。


 小舟が大きな橋のかかった水路を横切る。

 視界がぱっと開けると、目の前に突然巨大な建物が現れた。

 宗教系の建物に似ていて荘厳だけれど、随所に世俗の建築らしい装飾がなされている。

 ここが今回の宿泊先、〈水の宮殿〉である。

 私達アウレリアの一行は宮殿前の小広場で小舟から降り、待っていた宮殿側の使用人によって内部へと案内された。


 〈水の宮殿〉の内部は、白と金を基調にした精緻な装飾が施されていた。

 アウレリア様式とハーファン様式の融和した、豪奢でありながら清らかな印象を与える高度な職人の技だ。


 広大な宮殿には五百もの部屋があり、迷宮宮殿とも呼ばれているという。

 下手に出歩くと迷子になってしまいそうだ。

 部屋の多い宮殿だからなのか、私一人で一部屋を与えられてしまった。

 まあ、コソコソと隠れた行動しやすくて助かるからいいけどね。


 私達は与えられた部屋で旅装からフォーマルな衣装に手早く着替え、先に到着した他の貴族達の集まる大広間(ホール)へと向かう。



       ☆



 〈水の宮殿〉の所有者はトゥルム家だ。

 彼らの祖は、ハーファン出身の石工にして魔法使いだった。

 しかし、ノットリードの造船や水運に心惹かれ、何代か前に移住したのだそうだ。


 彼らはまず、空間魔法で内部を拡張した商船を開発し、それを売りさばいて資金を得た。

 豪商へと成り上がったのは、交易商への海上保険で大儲けしたときだと言う。


 おおよそ二十年ほど前、トゥルム一族の先代当主は副伯位を買い、貴族になった。

 〈来航者の一族〉は身分制度に頓着しないので、西地方には彼らのような爵位を買っただけの領地を持たない貴族もいる。

 トゥルム家の場合、領地の代わりに複数の商会による巨大ネットワークと数多くの船を統治しているという見方もあるけれど。


 トゥルム副伯への挨拶がてら、私はトゥルム家の起こりについて教えてもらっていた。

 現在の当主は話し好きそうな禿頭の中年男性で、驚くべきことに十三人兄弟の長男なのだという。

 宮殿や彼の身なりから推測するに、爵位を買ったという先代のトゥルム老は相当なやり手だったのだろう。


 〈水の宮殿〉の大広間では昼食会が行われており、ちょっとした社交の場になっていた。

 進水式への出席のために、近隣の貴族やイグニシアから訪れた貴族が集まっていたためだ。

 昼食会そのものは気軽な立食形式で、貴族達はそこかしこでグループを作って話し込んでいる。


 私はお父様に連れられて何人かの貴族に挨拶しながら、目的の人物を捜し出していた。


(うん、おそらく、彼だ)


 長く延ばした赤毛、深緑の瞳、がっしりとして大柄。

 典型的な西北部人の特徴に加え、童顔で温和だが、どことなく神経質そうな雰囲気。

 その男性はお父様を見ると、手を振って近付いて来た。

 どことなく、内向的なタイプの人が初対面の人々に囲まれていた中で数少ない知人を見つけたときの様子に似ている。


(ハロルドに良く似ている。性格はだいぶ違いそうだけど)


 彼は、現在のニーベルハイム伯爵、ハロルド二世だ。

 サードシナリオの攻略対象ハロルド──ハロルド・ニーベルハイム三世の父親である。


「この度はお会いできて光栄です、アウレリア公爵!」

「あなたの噂はかねがね伺っておりますよ、ニーベルハイム伯」

「いえいえいえ、僕などは貴方の足元にも及びません。

 貴方の、ハーファンの精霊理論を礎にした『雷の精霊による精錬』!

 あれこそ正に革新的!

 もし貴方に会えたら、ずっとこの話をしようと思っていたのですよ」


 ニーベルハイム伯はお父様に挨拶するやいなや、がっしりと握手を交わす。

 そのままお父様が返事をする間もなく、早口で冶金用錬金術の専門的な話を展開し始めた。


 アウレリアで予習しておいた範囲では、ニーベルハイム領の財政は安定しているはずだ。


 彼の統治するニーベルハイム領は歴史が古い豊かな土地である。

 ヴァルナリス河の支流の沿岸部には工業地帯、山岳部には鉱山を抱えている。

 主要な特産物は質の高い地銀と、それを加工した美麗な銀器。


 十年ほど前に、その銀鉱脈が一度に枯れてしまったことがあるらしい。

 しかし、ハロルド二世は新たな精錬技術を開発。

 財政破綻寸前だったニーベルハイムの産業は奇跡的なV字回復を遂げたのだそうだ。


 ニーベルハイム伯の長広舌はまさにその新技術に関する話に移り変わっていた。

 何でも低質な銀に含まれる不純物を精錬物(スメルト)として分離してしまう方法なのだとか。

 お父様の技術を応用すると、銀産業のみならず大陸全土の精錬効率が更に数パーセント向上するとか何とか。

 専門用語だらけの中で、何とかそれだけ聞き取ることが出来た。


 ニーベルハイム伯が話し終わった後、やっと彼と目が合った。


「あっ……すみません、お嬢さんもご一緒だったのですね。これは失礼を」

「ええ。エーリカ、ご挨拶を」

「お会いできて光栄です、ニーベルハイム伯爵。どうかお気になさらず」


 我に返ったらしいニーベルハイム伯に、私はスカートをつまんで挨拶をした。


 集中力があり、熱心。

 研究者肌の優秀な錬金術師で、来歴からすると問題解決能力は高い。

 しかし、注意力には問題がある。

 興味のある物事に没頭しやすい代わりに、視野狭窄に陥りやすそうな印象だ。


 錬金術師としては優秀でも、貴族としては致命的かもしれない。

 下手に優秀だからこそ、狡猾な詐欺師から見れば、彼の領地はまるまる太った無防備な鴨に見えていることだろう。

 故郷が栄えるようにと尽力した挙げ句に騙されて没落するなんて、酷い話である。


 ニーベルハイム伯は軽い雑談の後、他の有力者のもとへ移動していった。


「とても研究熱心な方でしたね。

 お父様やお兄様の理論の研究までなさっていたなんて」

「ああ、彼はとても優秀な錬金術師だからね」


 お父様と話しながら、ついでとばかりにニーベルハイム伯の情報を引き出す。

 経済状況や近隣貴族との関係などは良好。

 遠回しに探ってみた感触では、まだ詐欺事件は発生していないようだ。

 これが一番ありがたい情報だ。


 私はほっと一息をついた。

 今のうちに手を打っておけば、ニーベルハイム家の没落フラグも折る事ができるかも知れない。


 昼食会が終わり、私とお父様は一旦客室(ゲストルーム)へと戻った。


 小休憩の後は、本来ならば視察や会談の予定が組まれている。

 進水式が始まるまで、新たに到着した貴族を顔触れに加え、連日同じようなスケジュールが続く。

 本来ならば私は、父の横で微笑んでいる必要がある。


 私はドレスを手早く脱ぎ捨て、街娘が秋に着込むようなケープ付きの濃紺の衣装に着替えた。

 ドレスの中に仔猫姿のパリューグが潜り込むと、次の瞬間には私とそっくりな姿になって起き上がる。


「じゃあ、お願いね。パリューグ」

「うふふ、あなた以上に貴族令嬢らしくしてあげるわよ、エーリカ」

「ほどほどにしてね。私の知らないうちに変な事はやめてね?」

「冗談冗談。大人しくお人形さんみたいにお行儀よくしておくわ」


 にんまりとパリューグが笑う。

 本質的に悪戯好きな(ヒト)なので、そこはかとなく不安が残るけど、まあ、彼女を信じよう。


 私はパリューグに手を振ると、窓から身を乗り出した。

 窓の外には既にティルナノグが控えていて、すぐさま私を受け止める。

 ティルナノグが跳躍し、私達は〈水の宮殿〉の庭に植えられた茂みの中に着地した。


 さあ、探索のはじまりである。

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