オスヴァルト・ボルツの冒険4
魔法学園・幻獣博物館。
ここは各地の魔獣・幻獣の貴重な剥製や標本が蒐集されている場所だ。
なんでも噂ではいわく付きのヤバい標本もあって、今回の改装だか工事だかもそのせいだとか。
どんなヤバさなんだろな。
俺はオスヴァルトに続いて、博物館に侵入する。
施錠も短杖でこともなく開き、あっけないほど簡単に館内に入り込めてしまった。
「さて、まずはあちらへ行こう。最初に調べておきたい場所があるんだ」
「おう」
オスヴァルトに連れられて辿りついた場所は、廊下の突き当たりだった。
俺から見たら何の変哲もない壁だが、地下階段へ繋がる仕掛けがあるらしい。
「多重結界が敷かれていて、虫一匹通す気配はない。地下への道が閉じているなら、そこまで大ごとにはならないかな」
オスヴァルトは目に何かの魔法を宿しながら言った。
働いている呪文を可視化する魔法か。
「へえ、地下にその何かヤバいのがあるの?」
「世界を揺るがす怪物がいるって」
オスヴァルトはバケモノぶって驚かすようなポーズをとった。
「マジで?」
「あくまでも噂ではね。じゃあ別のところを見回ろうか」
さっきの場所とはうってかわって、通常展示エリアは俺たちが手ぶらで簡単に侵入できるほどだ。
オスヴァルトは一回も短杖を使わなかった。
からっぽの博物館を走り回って上部の最上階へ。
そこは、なにか大きな展示をするための円形ホール状の場所だった。
左右に通路がある。
「手分けしていこうか、ジェレミー」
「おうよ」
オスヴァルトと俺が左右に分かれようとした瞬間、前方の暗闇の中に小さな光が現れた。
手持ちのランプの明かりだ。その光に浮かび上がった顔が見える。
「ああっ、いた! ジェレミー先輩、オスヴァルト先輩!」
ヴェルナーは俺たちに手を振ってきた。
「おお、ヴェルナー。体の具合よくなった?」
「元気そうで安心したよ」
俺とオスヴァルトはヴェルナーに向かって歩きながら、声をかけた。
「ええっ、元気なさそうに見えました? ヤダなあ、僕は元気潑剌ですよ! 生きてるって感じ!」
ヴェルナーはガッツポーズをとる。
たしかに昨日の図書館での様子とちがって、ピンピンしている。
「それで、あなたたち二人が僕をここへ呼び出した用事は何ですか? あんなメモで呼び出すなんて意味深すぎます」
「メモってこれだろ? あんたの机の上にあった」
俺は上着のポケットから紙片を引き出して、ヴェルナーに見せる。
「これはオスヴァルトの筆跡でも、俺の筆跡でもないぜ。俺たちは呼び出してない」
「ええっ!? じゃ、じゃあ、誰がこんなものを?」
ヴェルナーがランプをかざしながら辺りを見回す。
暗い館内が照らし出されると、ひたすら空っぽの博物館が広がっている。
「オスヴァルト先輩でもジェレミー先輩でもないとしたら、他の誰かの悪戯でしょうか?」
「なら良いんだけどね。迷惑な話だよ」
そう言って、オスヴァルトが俺をちらりと見る。
きっとオスヴァルトも、俺の祖国から来た刺客の可能性を考えたんだろうな。
「でもまあ、幻獣博物館への呼び出しは僕としても非常に好都合でしたので、迷惑ではありませんね。ここには素敵な謎が多いですから」
ヴェルナーが目を伏せて微笑んだ。
なんだか、十代前半とは思えないような、もっとずっと年上のような老いた老人のような老獪さを俺は感じた。
「さてさて、ここで静かに待つにしても、多少は刺激を与えないと長い時間待つことになりそうですからね。まずは……」
ヴェルナーはそこまでで言葉を止めて、あたりを見回した。
「おかしいな? 僕ら以外に、この場所に何かがいませんか? おそらく上ですね?」
ヴェルナーが視線を上げた。
俺も同じ場所に視線を移す。
そこには奇怪な、巨大な人影が見えた。大人の男の二倍ほどの身の丈の何かが天井に張り付いていた。
いつのまに、あんな物が?
「ギガンティアの巨人……? ちがう、これは一体なんだ……?」
俺は呆然として呟く。
聖釘の騎士はこんな大きさにならないし、巨大化歩兵はこんなに身が軽くない。
「ジェレミー、ヴェルナー、あれから出来るだけ離れて! できれば身を隠して!」
そう叫んで、オスヴァルトが短杖を振ると同時にあたりに何かを振りまいた。
投げたのは、明るく光る小さな何か。
周りが一気にぱあっと明るくなった。
光に照らし出されて、異形の詳細が剥き出しになる。
結い上げた漆黒の髪・真っ青な瞳・漆黒の肌をした白いソバカスの浮かぶ少女の顔。
しかしその綺麗な顔には、異様な身体がついていた。
関節はすべて球体関節で、左腕の肘の関節から二本の腕が分岐している、三本腕の人形だ。
右手には巨大で禍々しい星球のついた鎖。
それなのに衣装はどこかの令嬢めいた美しい水色のドレスときている。
「なんて、なんて優美なんだ、君は。素晴らしい」
オスヴァルトは声を上げた。
めちゃくちゃ喜んでいる。
恐怖の「き」の字も含まれない歓声だ。
「この状況で言うことそれ!?」
ホールの右手に繋がる廊下へ逃げかけていた俺は振り返ってオスヴァルトの発言に突っ込んだ。
自分のこと普通とか平凡っていうならもっと安牌な反応してくれ。
「っていうかさ、これなんなんだよっ!?」
「これは見ての通りゴーレムで、長時間の自律起動が可能な殺人自動人形だろうね。そう、これはこんな美しい造形なのに殺人自動人形なんだよ。追跡対象を世界の果てまで追ってきて殺すためだけの道具!」
「殺人自動人形? ていうかあんた喜びすぎじゃない?」
逃げるのを忘れて俺はオスヴァルトの発言に突っ込んでしまった。
マズい。
いつの間にかヴェルナーは視界からいなくなっているというのに。
『呪われた人殺しには苦痛に満ちた死を! 薄汚い盗人には速やかな死を!』
その人形は人間と全く同じ声を出して宣言した。
詩の朗読みたいな感情の乗った声だ。
「ジェレミー、これは僕らへの刺客だね。動作の感じからすると狙っているのは、僕か小箱の持ち主」
「もしかして、俺も追跡対象ってあんた言ってる?」
例の箱は制服のポケットに放り込んである。
オスヴァルトにとって重要そうだから、一応肌身離さず持っていたわけだが、それが裏目った。
「こんな力作がぶち込まれてくるとは想定してなくて。気を引き締めなくちゃ」
オスヴァルトはうっとりとした様子で呟いた。
ダメだ、こいつ。
『人殺しは、盗人はどこだ? お前か? お前か? お前か? お前か?』
人形は俺とオスヴァルトを交互に見比べ始めた。
尋ねるたびに俺たち二人の顔をじっくり見て、星球を振り子のように揺らす。
「こいつ人殺しって言ってるけど、あんた殺したのかよ?」
「殺してないけど、殺したことになっているんだ。ちょっと事情が難解なので弁明はあとでいいかい? じゃあ、今からこの博物館から全力で逃げて。僕は他人を守りながら戦えない」
俺が走りだすと、俺の目の前に自動人形が落ちてきた。
音がしない。
どう言う作りだよ。
自動人形は鎖の端を右手に、中間地点と星球に近い部分の鎖を左側の二本の左手で握り、星球をグルグルと回し始めた。
重い金属が空を切る音が響く。
『お前か? お前か? お前か……? そうか、お前だな、罪深い人殺しめ!』
自動人形と目があったと思った瞬間に、俺はホールの後ろ側の壁にぶっ飛ばされて尻餅をついていた。
とんでもない強風に吹き飛ばされた?
顔を上げると、俺がいたはずの場所には星球がめり込んでいる。
「雑に扱ってごめん、ジェレミー!!」
振り返らずにオスヴァルトはそう叫んで、自動人形の前に立ちはだかった。
自動人形は、床にめり込んだ重そうな星球を軽々と引き戻し、再び頭上で回し始めた。
「ジェレミー先輩! こっちにきてください! 見物するには危険すぎます!」
どこかからヴェルナーの声がする。
俺は、薄暗い空間を壁伝いで移動して、声のする方に向かう。
「こっちですよ。まったくあなたは世話が焼けますね」
ぐいっと腕を引っ張られた。
ホールの壁に隙間がある? 俺はその空間に引き込まれた。
大きめの窓から月明かりが差し込むおかげで、周りが見える。
意外と広いそこには、展示用の機材などが整然と並んでいるようだった。
「ここは展示物を仮に置いたりする場所みたいですよ」
「そうか。それにしてもヴェルナー、よくあの一瞬でここに逃げ込めたな。手際がいい」
「お褒めに預かり光栄です。この建物については、少々用事がありまして前から調べていましたからね」
「へえ」
錬金術師は、いろんな魔獣や幻獣を素材に使うっていうからな。
博物学って言うより素材の見繕いみたいな感覚なんだろうか。
「さて、のんびりしてないでここは逃げておいた方が良さそうだな?」
「はい」
俺とヴェルナーは窓から飛び出した。
四階建ての高さだったが、あの自動人形に捕まるくらいなら両足折ったほうがマシだ。
「……っ!」
窓から飛び降りたタイミングで、後ろから閃光と衝撃を同時に受けた。
「ひっ、な、なんだ、これっ!」
ヴェルナーが叫んだ。
俺は空中でバランスを崩しかけたが、なんとか芝生の生えた地面に着地する。
足は痛むが、大丈夫。
すぐさま振り返って、後ろの建造物を仰ぎ見る。
そこには、幻獣博物館の四階の一角が破壊されて竜巻状に吹き上げられている光景が広がっていた。
これが例の突風の短杖とかいう奴のせいか。
「……オスヴァルト、あんた本当にやることがメチャメチャだな」
俺はうっかり笑ってしまった。
ちょっと不謹慎すぎか。
希少な標本がここになくて心底良かったと思える。
「オスヴァルト先輩、あの自動人形を倒すために自爆みたいなことをしやがったんでしょうか?」
ヴェルナーは呆然とした表情で呟いた。
「オスヴァルトがこんなことで死を選ぶはずがなくないか?」
「はは。ジェレミー先輩の言う通りですね。あれは殺したくても殺せない。不沈艦めいている。まったく、どうしましょうかね」
ヴェルナーは疲れはてた声で物騒なことを言ってから、へたり込んだ。
体力が限界だったのだろう、オスヴァルトへの悪意がダダ漏れだ。
そんな風にヴェルナーとだべっていたら、いつの間にか頭上からなにか煌めくものが降ってきた。
魔法で羽根の形を模したものか。
見上げると、破壊された幻獣博物館を背景にして、空からオスヴァルトがゆっくりと降ってきた。
俺とヴェルナーの前に優雅な身振りで着陸する。
あの破壊のただ中にいたと言うのに、オスヴァルトは傷一つなく衣類の乱れすらもない。
ただ戦闘の興奮のせいか頬が紅潮している。
「いやはや、素晴らしいゴーレムだったね」
オスヴァルトの第一声はこんな有り様だった。
「博物館ぶっこわしといてそれ?」
「皆んなが無事でよかった! 僕らの友情は永遠だね!」
「取ってつけたように言ったじゃん!!!」
俺のツッコミに、オスヴァルトはとても幸せそうな笑顔を浮かべた。