決闘裁判2
ハロルドに私が決闘裁判を行うことになった経緯を伝えると、彼は頭を抱えた。
「あんたって人は、どうしてそんな物騒な事件に関わっちまうの? 少しは深窓の令嬢らしくしようとか思わないわけ?」
「その場の勢いよ。女の子の手を踏みにじる男子ってどう思う?」
「まあ、うん、そういう性分だってのは知ってるけどさ」
私の言い訳に、ハロルドは呆れ顔で溜め息をついた。
せめてクロエがあの場にいたら踏み止まれたんだけれど、過ぎてしまったことはしょうがない。
「それで、本題なんだけど、戦い方について知恵を借りようと思って」
「俺に? クラウス様と模擬戦やってるんだから、あんたのほうが詳しいんじゃないの?」
「それが問題なのよ。クラウス様以外の人間と戦ったことがないから、普通の対人戦がイメージできないの」
「へ……!?」
「こんな相談を出来るのは、ハロルド、あなたしかいないのよ」
「あ〜も〜、そこまで言われちゃしょうがないね」
私の考えを聞いて、ハロルドは眉毛を八の字にしながら笑った。
私は友人がそれほど多くない。
その中で、もっとも短杖に造詣が深く、魔法の知識も持ち合わせているハロルドなら、一番頼りになるはずだ。
「とりあえず、クラウス様とはどんな模擬戦やってるわけ?」
「そうね。最近やったのは……」
私は学園に入学する半月ほど前のクラウスとの戦闘を思い出す。
遮蔽物の多い迷宮での出会い頭の遭遇戦という想定で、事前準備不可、落盤が発生する攻撃は禁止という縛りだった。
土魔法で擬似的な迷宮のハリボテを作って、相手の姿が見えたところで戦闘開始だ。
初手はクラウスの遅延結界から始まった。
私は予め後方に生成していた小型ゴーレムと場所替えのコンボでなんとか回避。
退避と同時に、私はクラウスの直上に掘削、結界自体には解呪をまとめ打つ。
天井と結界が消失すると同時に水晶塊を叩き込んだけれど、クラウスは防護陣を全力展開して防御。
そこからは双方、防護陣と水晶塊を中心に攻防一体の戦法をとった。
この辺りで千日手と判断して、模擬戦を終了した。
目新しかったことと言えば、クラウスが空間魔法を組み込んだ魔法剣をお披露目したことぐらいか。
「あとは去年の冬にやったのが、クラウス様が解読した古文書に載ってた古代魔法の試し撃ちで……」
「いや、もういい、分かった。あんたらが恐ろしい模擬戦しているのは充分に分かった」
ハロルドはどこか胸焼けしたような様子で私を制止する。
恐ろしいのはクラウスで、私はそれに合わせているだけなのに、酷い扱いだ。
「普通の魔法使いは、気軽に時間魔法とか空間魔法使ったり、個人の趣味で古代魔法なんて試射しないからな」
「やっぱり、そうよね……」
私が深く溜め息をつくと、ハロルドも溜め息をついた。
「なんだか、対戦相手が可哀想な気がしてきたんだけどさー……」
どうにも私の方が加害者みたいな扱いを受けている気がする。
そもそも、決闘に持ち込んだのは相手だと言うのに。
「まあ、そうさね。俺が知ってる範囲で魔法を使った対人戦の定石ってのを挙げてみるかな」
「お願い」
「まず注意すべきなのは武装解除の呪文だろうな。対人戦で切り札になりうる呪文だ」
武装解除は、武器を弾き飛ばす対人戦特化の呪文だ。
エドアルトお兄様が武装解除の杖を使ったのを見たことがある。
六年前の降臨祭の日、ルイの手から弾け飛んでいった剣を思い出す。
射程は短いが、発生は速い、とても強力な魔法だったという印象だ。
「あれってホルダーや収納の手袋の短杖も弾き飛ばされるの?」
「ああ、錬金術師が食らえば、一発で逆転されるわけだ。だから、まずは呪文の挙動を知っておくべきかな」
私は対幻獣や対魔獣、遺跡などの探索を想定した装備を優先しているので、武装解除の杖を持っていない。
しかし、ハロルドは修理や充填の際に扱ったことがあるので、内部の挙動にも詳しいようだ。
「武装解除の呪文の特徴はざっくりまとめるとこんな感じかな」
ハロルドは一つ一つ挙げながら、羊皮紙に箇条書きにしていく。
距離による威力の減衰率が高いこと。
魔法使いが呪文を詠唱した場合、魔力消費が多いこと。
剣や弓などを形状で判定したり、魔法抵抗の貫通や魔力増幅機構の有無で判定していること。
「他に定番な呪文は、霊視の魔眼、拘束、解呪。これらはあんたも詳しいよね?」
「ええ。馴染みの呪文だわ」
どれも定番の手法だ。
拘束には呪符が必要なので短杖には充塡出来ない呪文だが、クラウスが使ってくるので、よく知っている。
「あとは、魔法使いだったら、適性というか得意な分野の偏りに気をつけておくことかな」
「例の資料に、何かヒントが書かれてたりしないかしら?」
「ああ、あれがあったか」
ハロルドはぽんと手を打ち、部屋の一角にある大きな書棚に向う。
この魔法仕掛けの書棚は、ハロルドだけが取り出せるような仕掛けが組み込まれている。
私にも反応するようにしたらどうかと提案されたけれど、固辞した。
プライバシーの問題もあるし、自制心の強そうなハロルドに任せておくのがいいと思ったのだ。
ハロルドは一冊の黒革ばりの本を引出して、パラパラと黒革本をめくっていく。
「そう言えば、対戦相手の名前は?」
「エヴァン・ハイアルンだったと思うわ」
私はティルナノグが教えてくれた名前をハロルドに伝える。
ハロルドはすぐに分厚い本の中から該当のページを見つけ、読み上げる。
「エヴァン・ハイアルン。
東寮の第二学年。魔法使いの名門、ハイアルン伯爵家の次男。
愛用している長杖は凍れる大地の杖。
これは、おもに冷気や大地に関わる魔法を強化するための杖だね」
長杖は、魔法の増強装置だ。
得意な魔法を強化するための長杖を誂えるのが基本なので、ハイアルンが得意な系統は冷気や大地の魔法ということになる。
今日は寝る前に、冷気系と大地系の魔法について学習しておこう。
「ふうん。呪符のための素材の購入回数が極端に少ないな」
「呪符をあまり作らない派ってことかしら?」
「拘束に回せるほど、たくさんの呪符は用意していないだろうね」
これはいい情報だ。
魔力と呪符を大量に消費する代わりに絶大な防御力を持つ防護陣なども、まず使わないと見ていいだろう。
それが分かったのは大収穫だ。
他にも、ハロルドは呪符を使わない場合の魔力効率の微細な低下などのデメリットを教えてくれた。
「特定の商会から、定期的に巻物が納品されてるね。この商会は霊視の魔眼などに定評がある店だ」
「不得意な魔法を巻物で用意するのが定番だったわね。つまり、霊視の魔眼が苦手な可能性がある、と」
「可哀想に、購入履歴だけで、ここまで能力が筒抜けになるなんてなあ……」
魔法使いには、得意不得意、体質の差が大きく影響する。
個人の保持できる魔力には限りがあるので、それらの個性は長所にも短所にもなりうる。
戦いを有利に進めるためには、それらの短所を上手く突く必要があるだろう。
「ハイアルンが実家にいた頃の家庭教師が、引退した元魔法騎士だな。次男坊だし、将来は魔法騎士を志望してるのかもね」
「確かに、そういう性格だったわ」
血気盛んで、正義漢の少年だった。
おそらく、対人戦にも自信があるのだろう。
そうじゃなきゃ、あの場で決闘なんて申し込まないだろうし。
拘束などの搦め手よりも、正々堂々の真っ向勝負を挑んでくる可能性が高い。
とはいえ、念のため対策は怠らないほうがいいだろうけれど。
「護符の持ち主って、シャーロット・プラディル?」
「そんなことまで分かるの?」
「護符については調べてないよ。エヴァン・ハイアルンの幼馴染と言えば、その子みたいだから。あーあ、好きな子に関わることだから、頭に血が上っちまったかー」
ハロルドは苦笑いしながら、黒革本の頁をこちらに見せる。
そこに書かれていたのは、エヴァン・ハイアルン個人の情報だけではなかった。
両親や兄弟姉妹、親戚、本人の交友関係、伯爵の交友関係、その他の人脈。
領地の特産物や鉱山の産出量、経済事情などがびっしりと書かれていた。
なぜ、姉の嫁ぎ先や、その家の経済事情、果ては商売相手や融資元まで調べ尽くされているのだろう。
まさか、これが全生徒分あるの?
「あの……家族と師弟関係くらいで充分っていうか、それすらもやり過ぎなんじゃないかと思うんだけど……」
「詳しく調べろって言ったのはあんたでしょ?」
ハロルドは不思議そうな顔で肩をすくめた。
私の動揺に気がつかないまま、ハロルドは話を続ける。
「さて、あんたはこいつとどう戦うつもり?」
「そうね。真犯人も気になって観戦しに来るはずだから、牽制の意味も込めて圧勝したいし……」
そう言えば、原作の決闘裁判では、ハロルドが一瞬で対戦相手を倒していたんだよね。
スチル一枚だったし、どうやって勝ったのかは描写されていなかった。
八歳以降の人生が違うから、今のハロルドに聞いても仕方ないか。
楽しようとせず、自分で考えよう。
「収納の手袋を二双用意して、二十本の短杖で物量戦に持ち込んでみるわ」
「一本に千回分は充填してあるから、二万回分か……」
「解呪対策のつもりだったけど、過剰かしら?」
「いいんじゃない? 派手にやっておけば、コレ以降あんたに喧嘩売る犠牲者はいなくなるだろう。良い虫除けさ」
ハロルドはそう言って、この物量作戦を肯定してくれた。
物量を支えてくれているのはハロルドだ。
ハロルドの充填能力があったとしても、千回の呪文構築には一時間を要する。
今回使用予定の二万回は、一日七時間労働したとして、三日弱ほどかかる計算だ。
いくら感謝しても足りません。
「それで、どの短杖使うつもりなのさ?」
「メインの攻撃用には、たくさん作り置きしてある水晶塊を使うつもりよ。遅延や条件を仕込むことを考えれば、呪文の種類を絞ったほうがいいと思うの」
「おお、いいんじゃない? 見た目も派手だし」
「搦め手に金縛りも持っていくとして、問題は武装解除への対策よね……」
私は大まかに頭の中で戦法を組み立てる。
魔法抵抗への貫通能力が施されていない、非攻撃用の杖を主軸とした戦い方。
それが最後の切り札になることを考えると、回避不能の必殺攻撃たりうる杖が望ましい。
「掘削と場所替えで悩んでいるんだけど、ハロルドはどちらがいいと思う?」
「相手は大地系の魔法が得意だから、掘削は対抗呪文で無効化されやすいだろうね」
「じゃあ、場所替えを使う方針で」
場所替えは味方相手に使うのが基本だ。本来は迷宮探索用だからね。
普通ならば、使用者への敵対的な意志があるだけで、どんなに弱い魔法抵抗にも防がれてしまう非攻撃用の杖だ。
しかし、百回ほどまとめて撃ったら、当時盗賊だった魔法使いのロブにも有効だった前例がある。
「一回成功出来ればいいから、短杖拡張で千回分まとめて使ってみたらどうかしら」
「一本丸ごとか……戦闘に特化した魔法使いの魔法抵抗を貫通するには、何かもう一工夫が必要じゃないかな」
「もう一工夫って……?」
「うーん、不意打ちとか、予め魔力を消耗させておくとか、射程を犠牲にするとかすれば大丈夫かな」
ハロルドは算盤に似た計算器を片手に試算しながら、その辺にある羊皮紙の切れ端にメモをする。
不意打ち。魔力を消費させる。射程の短縮。
いっそ全部を盛り込んでしまうのもいいかもしれない。
「あとは、気休めだけど、明日の朝にでも魔法抵抗強化の巻物を使っておくわ。防御しそこねた時が怖いから」
「そんなに不安なの? 俺としちゃ、あんたが負けるなんて想像できないんだけどさあ」
ハロルドの謎の信頼に、私は苦笑いで返す。
クラウスみたいな規格外を除いて、対人戦経験のない私としては、相手を侮る余裕なんてありません。
そして私はもう一つの思案事項を思い出した。
この黒革本の調査力から考えれば、ハロルドが適任だろう。
「そういえば、あなたに真犯人らしき人物の捜査もお願いしたいのだけど」
「へ? 俺が?」
ハロルドは埴輪みたいにぽかんとした表情で自分自身を指差した。
私は微笑みながら話を進める。
「決闘なんて申し込まれたせいで、私が動くと目立つでしょう? 幸いにも全生徒は身辺調査済みだし、情報網もあなたが一番広いし」
「まあ、そうだけどさ。うーん、でも、そのグラウ嬢ってほんとに冤罪なの?」
「人格と状況からして無罪よ。立場から考えても割に合わないし」
「立場って言うと……」
「ベアトリス・グラウは学園を無事に卒業すれば、ウィント伯爵家の後継者になれるのよ」
「ああ、なるほどね。そりゃあ護符一個なんかじゃ釣り合わないな」
相槌を打ちながら、ハロルドは黒革本のベアトリスの頁を眺める。
ウィント伯爵家は未来視と過去視に特化した、古くからハーファンの要職を務める名門だ。
チェスで例えるならば、ベアトリスはクイーンへの昇格が約束されたポーンのようなものなのである。
「じゃあグラウ嬢が無罪だとすると、真犯人にあてはあるわけ?」
「ハロルドなら、仮に自分が誰かに冤罪を被せる計画を立てたとして、計画を実行する瞬間どこにいる?」
「直接は手を下さないわけだろ? それでも、とりあえず見えるところにいるかな。思い通りの展開になるかどうか気になるし」
私はハロルドの答えに頷き、一枚の羊皮紙を渡す。
ティルナノグに教えてもらった生徒のリストである。
「私も同じことを考えたの。たぶん、この中に真犯人がいるはずよ」
「なるほど、用意がいいね」
「こちらが冤罪を起こしてしまったら本末転倒だから、丁寧に因果関係の洗い出しをして欲しいの」
「うーん、わかった。そういうことなら任せてよ」
ハロルドに事件の調査を依頼し、私は寮に戻ることにした。
さて、頭を切り替えて、決闘裁判のことを考えなければ。




