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決闘裁判1

 特に問題なく日々の学園生活は過ぎていった。

 いきなり魔獣や幻獣に襲われたりするようなこともなく、授業が終わり、平和な夕暮れが訪れる。


 気をつけてはいるけど、こう順調だと気が緩んでしまいそうだ。

 学舎の回廊を歩きながら、中庭をぼーっと眺める。

 中庭は、私と同じく早めに授業が終わった生徒たちの憩いの場になっていた。

 小型竜と戯れて遊んでいる集団、飛行魔法の練習をしている集団、お菓子を持ち寄って談笑している集団。


 お菓子か、それもありかな。

 寮に帰る前に、ちょっとお茶していくのもいいかもしれない。

 大食堂なら、誰か知り合いがいるかな。


 おおまかに放課後の過ごし方を決定し、私はくるりと踵を返す。

 そのとき、近くの教室にいた生徒たちの話し声が耳に入ってきた。


「どうしましょう……見当たりません。大事な護符(タリスマン)が……」

「護符? 君の叔母上から頂いたという、例のあれのことか?」


 なんだか妙に騒がしい。

 中を覗くと、ハーファン出身らしい黒髪の生徒が多いクラスだった。

 ついさっき授業が終わったらしく、みんな片付けて帰り支度をしている。

 そんな中、三、四人くらいの生徒が探し物をしているようだった。


「誰か、金貨ほどの大きさのメダリオン状の護符を見た者はいないか?」

「大丈夫。きっとすぐ見付かりますわよ」


 一人の男子が帰ろうとする生徒たちに呼びかけて引き止めている。

 大事なものを失くしたらしい女子生徒を、他の女子たちが慰めていた。

 可哀想に。


 そう言えば、私が拾ったあの日誌、どうなったんだろう。

 結局、拾遺物として中央寮の職員に渡しちゃったけど、その後のことが少し気になるかも。

 私は呑気にそんなことを考えながら、その場を立ち去ろうとしていた。

 しかし、それに続いて聞こえてきた言葉に私は足を止めた。


「もしかして、誰かが盗んだんじゃないのか?」

「そんな、まさか」

「この部屋に最後まで残っていたのは……グラウさん、あなたよね?」


 部屋の中を見ていないのに、そのシーンがイメージできた。

 このセリフ、知ってる。

 私の脳裏に、唐突にゲームの一シーンが蘇ってきた。

 これはベアトリス・グラウの冤罪イベントだ。


 それは原作ゲームのサードシナリオでの出来事だった。

 ハーファンの貴族令嬢が持っていた高価な護符が盗まれるという事件が起こる。

 犯人はベアトリスだと生徒たちが騒ぎ立てる。

 たまたま通りすがったクロエがベアトリスを庇い、見かねたハロルドが割り込んで解決するというイベントだったはずだ。


「は、はい。教室を出たのは私が最後でした」

「この教室の中で、お前だけが誰にも見られていない時間があったわけだな」

「もしかして、あなたが盗んだんじゃないの?」

「ち、ちがいます」


 ベアトリスはか細い声で否定する。

 彼女の性格を考えても、窃盗なんてするようには思えない。


「……ティル」


 教室の窓から中を窺いながら、小声で呟く。

 しばらくすると、私の手の甲に堅い鱗が触れた。


「この事件の犯人を知ってる?」

『いや、俺が居ないときに盗まれたのだろうな。だが少なくとも、あのベアトリスという娘は関与していない』

「分かったわ。ありがとう」


 これで確証は取れた。

 とは言え、ティルナノグの証言をそのまま伝えるわけにはいかないのが難しいところだ。

 前世知識で死の危険を予測していたので、アウレリアの禁忌に関わる太古の幻獣にストーキングさせていました……なんて、突っ込みどころの塊すぎる。


「あなた、いまさら言い逃れするつもり?」

「素直に白状したほうが身のためよ」

「私はやっていません。やってもいない罪を、どうして白状できるというんですか」


 ベアトリスは生徒たちに詰め寄られていた。

 身を竦ませ、怯えたように声を震わせながらも、しっかりと反駁している。

 私が同じ立場なら萎縮してしまいそうだ。

 気弱に見えるが、案外ベアトリスは気丈な性格なのだろう。


 フィクションならまだしも実際目の前で起こると非常に心苦しい。

 早くクロエが駆けつけて、ハロルドを巻き込みつつサクッと解決してくれるといいんだけれど。

 あれ、でも、ハロルドは王の学徒じゃなくなっているから、接点もないし、カリキュラムも違うよね。

 どうやって解決するんだ?


「こんな押し問答してるだけじゃ、らちが明かない。荷物を改めさせてもらうぞ」

「そんな、やめてください……!」


 私が悩んでいるうちに、事態は進んでいた。

 焦れた男子生徒が、ベアトリスから力任せに鞄を取り上げる。

 その拍子にベアトリスは尻餅をつき、鞄の中身は床にぶちまけられてしまった。


 床に散らばった教科書やノートに混じって、きらりと光るものがあった。

 凝った意匠の施されたメダリオンだ。

 おそらく、紛失物の護符だろう。


「見つけたぞ、護符だ!」

「やっぱりあなたが犯人だったのね!」

「ど、どうして、私の鞄に……、ち、ちがいます。これは何かのまちがいです」

「証拠が見つかったのに、まだ言い逃れできると思っているの?」

「誰か、先生を呼んでこい! こんな手癖の悪い平民、退学にするべきだろう!」


 ベアトリスを取り囲んでいた集団から離れた場所で、動きがあった。

 紛失物のことを最初に呼びかけていた男子生徒だ。

 先ほどまで護符の持ち主に寄り添い、成り行きを静観していたその生徒は、怒りをあらわにしてベアトリスに近づいていく。


「間違いない。シャーロットの叔母上の護符だ」


 護符を受け取って確認すると、彼はベアトリスを強く睨んだ。

 その怒気に気圧されて、先ほどまではやし立てていた生徒たちが一斉に数歩下がって道をあける。


 確か、原作ではこの後、クロエが教室にやってくるはずだ。

 そして、ハロルドが代理人となって決闘裁判に持ち込む。


 決闘裁判とは、戦って勝つことによって身の潔白を示すというもめ事の解決法だ。

 元々はルーカンラントの風習なのだが、リーンデースにもその伝統が残っているのだという。


 クロエから距離を置いていたハロルドの態度が変わるきっかけになるイベントの一つだ。

 でも、ハロルドはベアトリスともクロエとも接点がない。

 だとすると、例えばハロルドの代わりに王の学徒になったヤンが行うのだろうか。


 私は周囲を見回した。

 クロエもヤンも、当然この教室にはいない。


『どうした、エーリカ。顔色が悪いぞ。必要ならば、俺があいつらを薙ぎ払って来ようか』

「それはダメよ。根本的な解決にはならないから」


 しかし、このままだと、ベアトリスが濡れ衣を着せられてしまう。

 他の生徒達の顔には、様々な表情が浮かんでいた。

 困惑、不快感、居心地の悪さ、怒り、笑い、無関心。

 その中のどれも、ベアトリスの側に立ってくれそうな表情ではない。


 いっそ私が割り込むか。

 いや、でも、あまり過度に干渉すると、クロエが本来行うはずのイベントを変化させてしまうかも。

 その結果クロエの幸せを奪う形になってしまったらと思うと、踏ん切りがつかない。


「グラウ、君はシャーロットに何か怨みでもあるのか? それとも嫉妬か? 金のためか?」

「ちがいます。もう一度ちゃんと調べれば……」

「君には失望したよ、グラウ。真面目で優秀な魔法使いだと思っていたのに」


 先ほどの男子生徒が怒りをあらわに詰め寄っていく。

 激昂しているため、周りが見えなくなっているようだ。

 床に散らばったベアトリスの持ち物をいくつか踏みつけていたが、気づいてもいない。


「それは、それだけはやめて下さいっ!」


 男子生徒が一冊の本を踏みつけようとした時、ベアトリスが悲痛な声を上げた。

 古びた初等呪文集(スペルブック)だ。


 ベアトリスは飛び出し、今にも踏まれそうな本を庇う。

 結果的に、男子生徒の靴はベアトリスの手の甲に振り下ろされてしまった。

 ベアトリスは苦痛に顔を歪めながら、それでも歯を食いしばって悲鳴をこらえる。

 男子生徒は慌ててベアトリスの手から足を除けた。


「き、君がいきなり飛び出してくるから──」

「そこまでにしませんか?」


 私は思わず教室のドアを開け、声をあげてしまっていた。

 生徒たちの視線が、入り口に立つ私に集まる。


 ああ、やっちゃった。

 だって、原作ゲーム通りの展開になるのを待っていて目の前の人を見捨てるなんて出来ないよ。


 私はわずかに後悔やためらいの残る内面を覆い隠すように、笑顔を浮かべた。

 教室の中に踏み込み、驚愕の表情を浮かべるベアトリスを庇うように立つ。


「君は確か……ああ、噂に聞くアウレリア公爵家のご令嬢か。何のつもり?」

「グラウさんは盗みを行うような人ではありません。普段の彼女を見ていたら分かるでしょう?」


 その男子生徒は私やベアトリスから目を逸らす。

 今までベアトリスを認めていたようだから、思い当たるふしがあるのだろう。

 ベアトリスの手を踏んでしまったせいで、少し怒りが薄れているのかもしれない。


 男子生徒はちらりと護符の持ち主を振り返り、顔を怒りの表情で覆って再び私と向き合った。

 今更引っ込みなどつかない、という心の動きがよく分かる。

 私は一応、礼儀のために微笑みで返した。

 ここ数年で鍛えられたせいか、すっかり面の皮は厚くなっている。


「部外者である君に何が分かると言うんだ?」

「傍目から見ても、調査が不十分です。鞄に護符を入れるくらいなら、誰にでもできたのではないですか?」

「他に犯人がいるとでも?」

「ええ。彼女に濡れ衣を着せて、安全なところから笑っている誰かが」


 教室の中の生徒たちを見回す。

 この男子生徒の正義感も、真犯人にとっては嘲笑の対象なのだろうか。


「その主張は間違ってはいない。しかし、だからと言ってグラウの容疑が晴れたわけではない。証拠を破棄されないように、彼女を拘束し、監視しておくべきだ」

「無実の人間を拘束するのが、本当に正しいと思っているのですか?」

「エーリカ・アウレリア。いくら君が特別でも、真実を曲げることはできない。どうしても君が生徒会や公爵家の特権をもって干渉しようというのなら、俺はこの件を決闘裁判に委ねる覚悟がある」


 おっと、相手のほうから決闘裁判の話を持ち出してくるとは。

 どう転んでも決闘裁判がつきまとうのだろうか。


「分かりました。受けて立ちましょう」

「ほぼ犯人だと決定している平民に味方をする者が現れるとは思えないが、かけずり回って代理人を探すことだな」

「代理人なんて必要ありません。私が戦います」


 私がそう言うと、ぴくりと男子生徒の頬が引き攣った。


「君が? 〈深淵殺し〉などと呼ばれて、いささか調子に乗ってしまっているようだな」

「な、なんですって……!」


 まさか、そんな恥ずかしい悪名を学園内で呼ばれるなんて。

 想像もしていなかった不意打ちに、私は絶句する。

 男子生徒は私の苛立ちを察したらしく、唇の片端だけを上げて笑った。


「しかるべき舞台を用意させてもらう。明朝あらためて、監督生から正式な決闘裁判の通達が届くはずだ」

「ええ、どうぞご自由に」

「少しでも瑕が浅くなるように、せいぜい小細工を弄しておくことだな」

「そうですね。お言葉に甘えて、万全な準備をさせていただきます」


 男子生徒の捨て台詞に合わせて、できるかぎり優雅にお辞儀して教室を出る。

 回廊に誰もいないことを確かめると、私はため息をついた。

 見えない何かに、袖口を引っ張られる感覚。

 どうやら、ティルナノグはまだ回廊で待っていたらしい。


「まさか、私が決闘をやるハメになるとは思わなかったわ……」

『あの程度のやつが相手なら、間違ってもお前が負けることはないと思うぞ。いつも訓練の相手をしている黒髪の侏儒のほうが強いはずだ』

「だといいけど、能力の相性とかもあるし」

『ふむ。どんな格下相手にも油断せず全力で挑むのは、それはそれで良いことだ』


 良いことなのかなあ。

 いや、そもそもため息が出ちゃった理由は、勝負が心配だからじゃない。

 あんまり目立ちたくないのに、また悪目立ちしそうなことが原因だ。


「そう言えばティル。あの場にいた人たちの名前とか分かる?」

『任せろ。全員覚えているぞ』

「さすがティル、賢い! すごい!」

『ふふ、俺はどこぞの男の名前ばかり覚えている猫とは違うからな』


 ティルナノグに生徒たちの名前を聞き、手早くメモしていく。

 ハロルドの持つ生徒のリストと照合すれば、真犯人を探す手助けになるだろうか。


「じゃあ、ティル……ベアトリスの方はよろしくね」

『うむ、任せろ』


 わずかに空気が動いたような気配がして、ティルナノグが去ったのが分かった。

 さて、私はこのままハロルドのところにでも行こうかな。

 決闘で使う杖の相談もしたいし、生徒のリストも確認したいし。


 決闘や真犯人について考えながら、錬金術工房棟に向かって歩いていく。

 ちょうど学舎を出たところで、後ろから誰かが走ってきた。


「あのっ、エーリカ様! ありがとうございます!」


 その人物はベアトリスだった。

 ずっと私を探して走っていたのだろう。息を切らして辛そうにしている。

 私はなるべく彼女を威嚇しないように笑みを浮かべて応える。


「気にしないで。見過ごせなかっただけだから」

「で、でも、エーリカ様のお手を煩わせるなんて……」

「こういう荒事には慣れているの。心配しないでいいわ」

「いえ、その、でも……、戦闘用の短杖って、すごく高価なのではないですか?」


 そう言うと、ベアトリスは申し訳無さそうに俯いた。

 勝敗の心配じゃなくて費用の心配か。

 たしかにハーファンの価値観からすると短杖はみな途方もなく高価だ。

 平民として育った彼女なら、躊躇するのも無理はないか。


「それも大丈夫。たまたま使い切れないくらい素材が余ってるから」

「でも……」

「どうしても気になるなら、真犯人に作成者の人件費くらいは請求しましょうか」

「なるほど! それなら安心ですね……!」


 冗談めかして言うと、ベアトリスは目をキラキラさせて納得していた。


 実際のところ、私の場合、お高くつくのはハロルドの人件費のほうだ。

 それすらも恩とか義理とか、モルモット料とかでタダ同然にしてもらっている。

 そう言えば、ハロルドの人件費って一本いくらぐらいなのだろう。

 天才錬金術師として人気が高まっているし、過剰充填などの特殊技術を使っているし、下手な貴族なら破産してしまうレベルなのでは?


「本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」


 ベアトリスは深々と頭を下げると、来た時と同じように走って去って行った。


 そんなに重く考えなくていいのに、真面目な人なんだな。

 私が負けることなんて微塵も考えていないところが、おっちょこちょいと言うか何と言うか。

 ベアトリスの後ろ姿を見送りながら、私はそんなことを考えた。


 さて、ここまで信頼されているのだから、絶対に負けるわけにはいかないよね。

 決意を新たに、私はハロルドの工房へと向かったのだった。

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